第10話 幽霊の介錯

 巨人達は目を赤くし、息を荒げ正気を保っているようには見えない。

 どの姿も『聖血清』を使った者と酷似している。


 彼らが一体何者で、どのような意図があったかは既に確かめる事もできない。

 全てを知るのは当事者のみ。

 ルーク達は目の前の火の粉を振り払うほかに選択肢は無かった。



 ルークはレイチェルに問う。

「こんな姿でも、元は人間なんだろ?魔法で戻せたりしないのか」

「私は魔女。治癒は専門外」


「それに魔法の効き目が妙に薄くてね……ほら」

 雷の斧槍で貫いたはずの巨人達が細かく震え、傷口から煙を噴出しながら立ち上がる。

 並みの人間であれば感電死してもおかしくない威力を、肉体の再生能力が凌駕している。


「黒霧はダメなのか?」

「ええ、全く。煽動できる感情も、とうになさそう」


 床に横たわる、騎士の死体が、彼らの無惨さを物語る。

 首の部分が欠損し、断面からは皮膚が弾けたような、力づくで引きちぎられた跡が見えた。

「既に正気じゃないな…」

「人に危害を加える前に、ここで殺した方がこの人達のためだと思う」

 だてに暗殺している訳ではないのだろう。

 取捨選択に『殺す』という選択肢が真っ先に出てくる事に冷酷さを感じる。

「そう簡単に割り切れたら、楽なんだろうな」


 ルークは戦う術を模索しつつ剣で敵を薙ぎ払う。

 この巨人をいともたやすく戦闘不能にしたサラスヴァティの言葉を思い出す。

『“首”を切り落とさないと面倒なのよねー……まだ失敗作だから』

 巨人達は体躯とは裏腹に虫のように素早く跳躍し、拳から重い一撃を繰り出してくる。

「レイチェル、こいつらの首を切り落としたりはできないのか?」

「……出来たらもうやってるかな」

 どうやらルークのような魔断はレイチェルにできないようだ。

「なら、こいつらをここに閉じ込めて置く事は?」

「数分ならできなくもないけど」


 不安げな表情になるレイチェル。

 いくら剣技で巨人達と渡り合えているとはいえ、止める決定打がない。

 この戦況でルークが思いつく事は一つしかない。


「まさか……あのおぼつかない『魔断』でこの人数を裁くつもり?」

「さっき一度だけ魔力を通したが、それでも四十秒は持ってくれるさ」

「たったの四十秒!?」


 巨人の数は十二人、ルークの言うとおり『魔断』がきっちり作動したとしても約三秒ごとに、あの素早い巨人の首を正確に切り落とす事になる。

 即座の提案とはいえ、無計画さにレイチェルは却下する。

「このまま体力だけ持っていかれる訳にもいかないだろ」

「それとも、オレ達もあの血清飲んで戦うか?」

 ルークのちっとも笑えない冗談はレイチェルの集中力を苛立ちで鈍らせる。

 レイチェルは溜息をつくと杖に乗り、吹き抜けの二階部分へと飛んだ。

「分かった、四十秒だけ信じてあげる」


 レイチェルは目を瞑り、指を鳴らすと魔法を発動させる。

「コフィン!」

 パーティ会場が薄い氷の膜に覆われ、氷の世界が創られる。

 瞬きする間もなく別の光景を生み出すその様は、間違いなく『魔女』の所業。

 レイチェルは杖で壁を叩き強度を確認する。

「注文通り、閉じ込めることはできたから」

 まるで鏡のような氷の板に傷は一つも付かない。

「大穴を塞ぐついでに床下も氷漬けにした、地下へ逃げる事もできないよ」

「魔法っていうのはつくづく恐ろしいな」

 自身の無考えな提案にも対応できてしまう魔法の多彩さにルークは恐怖する。

「それでも死なないあいつらの方がもっと恐ろしいけどね」



 ルークはフードを深く被ると剣の柄を握りしめ、魔力を込める。

「お前ら。どうしてそうなったかは分からないけど」

「……望んでなった姿じゃないんだろ?」


 剣身が薄暗く魔力の光を帯び、周囲に低音が響く。

 青碧の国を彷徨う『幽霊』が振るったとされる、万物を斬り裂き、生命を冥府へ導く断絶の光剣。

 今その風説が顕現し、かつての亡霊が現世へと蘇る。


「全力で来い!オレが介錯してやる」

「グオオオォッ!!」

 巨人は『魔断』を危険と察知したのか叫び声を上げ、一斉にルークへと襲い掛かる。

 一撃でも当たれば致命傷の拳と、一閃で命を奪う『魔断』の駆け引き。


 本能が成せる業か、粗雑な攻撃とは不釣合いにも引き際は妙に優れている。

 ルークの光る剣身が振り上げた腕と首を同時に落とさんと迫りゆく。


「……!」

 だが剣筋が見えるのか、腕を負傷した途端に常人を逸する反射神経で姿勢を仰け反らせ、後ろへ飛び退いていく。

 どの巨人も首元へ剣が向かおうとすると正確に回避行動と取ろうとする。


 剣閃が当たらなければいくら『魔断』とはいえその威力も発揮することはできない。

(攻撃を受けた時点で被害が予測できるのか…?)

 致命傷への危機回避だけは百戦錬磨の傭兵にも引けをとらない。

 逆に言えば、ここまで脅威を理解していれば普通は戦いを挑まず逃げてもおかしくない。

 理性が残っていれば、四十秒間逃げていれば勝ち目があると思うはずだ。

 しかし巨人達は時間を稼ぐ様子もなく、ただひたすらに殴りかかる。

「まるで逃げるときだけ別人だ」

 ルークは戦い方を変え、露骨に首を狙うのを一旦諦める。



 残り二十秒。

 大きな拳を避けながら剣で膝を斬り裂き、一体ずつ機動力を削いでいく。

 思惑通り、首元を狙おうとしなければ過剰な反応は見せようとしない。

 しかし、一向として巨人は活動を止めようとする素振りを見せない。



 残り十秒、巨人の動きは鈍ってきたが数は減らない。

 二階から氷壁の維持に集中していたレイチェルがぽつりと呟く。

「やっぱり未完成の『魔断』じゃ無理だったか……」


 周囲は巨人の自然治癒により発生する赤い煙で満ちていた。

 レイチェルは作戦の失敗を予見し、杖を振りかざす。

 鏡のように一面を覆っていた氷はヒビが入り、徐々に砕けまるで光の雨のように散り始める。


 その時、赤い煙が吹き飛び、中心から白い光が浮かぶ。

「まだ五秒ある!」

 巨人達が見事に全員、片膝をついて動きを止めていた。



 構えた剣が激しい光を放ち、高音を鳴らしながら剣身が煌めく。

 その場で剣を全力で真横に振り、一回転させる。

「サンクション・ソード!!」

 その斬撃は空を薙ぎ、剣を包んでいた光と音が収束する。

 甲高い斬撃の音がした後、静寂が訪れる。


「…これで四十秒だ」


 レイチェルは何が起きたか理解できず、声を上げる。

「……?まさか、不発して…わっ!」


 ルークが剣を鞘に収めると突風が巻き起こり、視界にずれが生じる。

 時間が数秒先送りされたような感覚。

 遅れて、ゆっくりと十二体の巨人の首が転げ落ちる。

「どうか、安らかに眠ってくれ……」

 斬撃はパーティ会場の柱や壁をも斬り抜け、次々と断面見せ滑り落ちていく。

 レイチェルは視界がずれたのではなく、視界に入るものがすべて斬られたのだとようやく理解した。

 まるで“大剣”を一回転して斬ったような、一瞬の出来事だった。


「まさか全員を同時に倒したの……!?」

 呆気にとられているレイチェルをよそにルークが叫ぶ。

「さっさと逃げないとまずいぞ!」

「え、ええ……そうね」


 支柱が斬られたことにより天井が落ち、会場が崩壊し始める。

 窓を突き破り、庭園へと撤退するルークとレイチェル。

 レイチェルは崩れ落ちる領主の館を見ながら

 実験に使われた巨人達に疑問を抱いていた……

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