第8話 良心の呵責
翌日、街の正門には複数の馬車が列をなしていた。
多くはエルムッドの親族関係者の者だが、その中に招かれざる者が二人。
一人の男が白光の鎧に金色のマントをなびかせ正門へと向かう。
門番が男を引き止める。
「通行証を見せろ」
鎧姿の男は一枚の紙を見せるが、見たこと無い文字に目を丸くする。
「白光の国『聖騎士』アルフレッド……?」
続けて馬車から出てきた白と青のローブを着た女が騒がしく声を上げる。
「『輝神将』の一人も知らないの!とんだ田舎ねここ。信じられない」
「なんだ、この煩い小娘は……」
感じの悪い少女に門番は舌打ちし、強い不快感を示す。
慌ててアルフレッドはその場を取り成していく。
「やめないかエステル。ここは外国なんだ、知らない人がいてもおかしくない」
エステルの非礼にアルフレッドが頭を下げる。
門番も溜飲を下げたのか、満更でもないという表情で紙を返した。
「……身分はなんだか知らないが、一応通行証は本物だな。通れ」
門番は声音を低くし念を押す。
「ここの騎士には喧嘩を売らないほうが身のためだ、そこの小娘にもよく言っておけ」
「気をつけます。それにしても随分厳重な警備ですね?」
派手な見た目と違い
そんな彼を見て門番は気分を良くしたのか、小話を始める。
「ああ……別に珍しい事じゃないんだけどな……」
昨晩、武器商人が殺された事で人の行き来に検問を掛けているのだと言う。
門番の言う『珍しい事じゃない』といった点と矛盾が生じる。
エルム領では行方不明者や急死を遂げている人物の話も堪えない。
そんな中、一人の商人が殺されたら今更腰を上げるものなのだろうか。
「それに今日は領主の館でパーティを開くせいで、余計忙しくてな」
「……まったく、どうせ殺すなら別の日にしてほしいもんだぜ」
愚痴をこぼす門番は暗い顔つきになると、次の馬車を引き止めにその場を後にした。
宿を探しに街中を歩く二人。
納得がいかない様子のエステル。
「フレッドはいつも腰が低すぎるわ、そんなんだから前の町の酒場でも……」
白光の国の『輝神将』という肩書きが通じない事に不服のようだった。
この青の国に宗教という文化はなく、聖職者に特別な権限はない。
「聖女様の威光が届かないところだってあるさ」
「でも『聖司祭』や『聖戦士』なんてこう…もっと偉そうだし」
もっと自信を持てというエステルにアルフレッドは一言で返す。
「傲慢は剣を腐らせる」
いきなり口調が変わるアルフレッド。
普段のやりとりに慣れているエステルには大体の見当が付く。
「また『剣聖』の教え?天啓詩にも書いてないわよ、そんなの」
聞き飽きたという顔で悪態を付くエステル。
「……ましてや裏切り者の言葉を信じるなんてどうかしてる」
裏切り者と聞き悲しげな顔を見せるアルフレッド。
「僕は……何か理由があると思ってるよ」
宿に着き、一室を借りた二人は荷物を降ろす。
白光の国を出てそろそろ一週間が経つ。
今のところ、目的の手がかりは見付かっていない。
苛立ちを見せるエステルの不満はとどまることを知らない。
「目的はそいつじゃなくて“宝刀”なのを忘れてないわよね?」
「……いい?剣聖はもう国賊なの!輝神将の黒歴史よ!」
「きっと伝説だってその刀が凄かっただけで、インチキしたのよ」
剣聖と謳われたその人物は白光の国では知らないものはいない。
しかし、一つの過ちを犯した事により今までの功績は一変して罪歴に変わった。
長旅の中でエステルの文句はいまに始まったことではない。
聞き慣れた様子のアルフレッドは特に返す言葉もなく荷物を整理していた。
「パーティへの招待状は貰ったし、話くらいは聞けそうだね」
「随分と手馴れてない?親族のパーティじゃないの?」
「僕達の事を知ってて、わざわざ歓迎してくれたんだろう」
展開の早さに不信を抱くエステルにアルフレッドは別の事を口にする。
「それより、この領の雰囲気の悪さは一体なんだろう」
先ほどの門番とのやり取りを思い出すアルフレッド。
「……人が死んだ事にぼやく人なんて初めて見たよ」
カーテンを開けると、窓には煌びやかな領主の館が映る。
「なんだか嫌な予感がするな…」
日は暮れて領主の館には、ごったがえすような人の群れ。
入り口では招待状を受付に渡し、次々と入っていく。
その中に貴族らしい格好に身を扮したルークとレイチェルの姿も見える。
「おい……これで本当に上手くいくのか」
「嫌なら、館に大穴でも開けて入る?」
「魔断の事、まだ根に持ってるのか」
二人はエルムッドの親族と偽り館に入ることを計画していた。
ドレッドは逃走路の確保の為に庭園のどこかに待機している。
「招待状無しでどうやって入るんだ」
「まあ見てなさいよ」
列は進み、ルーク達の番になる。
受付を担当しているのはエルムの騎士のようだ。
当然、身分に関して質問をされる。
「お名前は?」
「エリス・エルムダートよ。祖母の兄の息子のいとこに当たりますわ」
「…こちらは弟のクレス」
続けて招待状の提示を求められる、が当然持ち合わせていない。
「……落としてしまったみたいで」
「それではここはお通しできません」
レイチェルは一歩前に出ると騎士に顔を近づけ、色気づいた声で騎士に懇願する。
本当に招待されたのかと騎士の問いにレイチェルが続けて言う。
「嘘はついておりません……どうか私の“眼”を見てください」
騎士は顔の近さに狼狽してレイチェルと眼を合わせる。
レイチェルの瞳が妖しく光り、ゆっくりと騎士の耳元へ囁く。
「招待状はさっき渡された?」
まるで魂が抜けたように呆けた表情になった騎士。
上の空でレイチェルに聞かれた事を復唱して答える。
「招待状はさっき渡された」
「通ってもよろしい?」
「通ってもよろしい」
まるで言葉を覚えたての赤子のように繰り返す。
騎士が道を開け、二人はあっさりと領主館の中へ入れてしまった。
「……今の魔法か?」
「ただのおまじない。嘘の記憶を植えつけた」
精神まで操る魔女の際限がない魔法にルークは冷や汗をかく。
「オレにはやった事ないだろうな?」
レイチェルは清々しい笑顔を向ける。
「秘密にしとく」
「……」
二人はパーティ会場へとは向かわず館の奥へと向かう。
「そういや祖母の、兄の、息子の…ってほとんど他人じゃないのか?」
「ただの暇つぶしよ」
服装を変え、二人は計画を確認する。
「ここから先は別行動、私は地下室」
「オレは領主の部屋」
お互い目を合わせ、頷くと二手に分かれた。
レイチェルは去り際に一言。
「どんな事があっても冥府へ送る事を優先して頂戴」
ルークは灯りの少ない廊下を足音を立てずに進む。
ここからはパーティ会場の騒音が聞こえてこない。
親族全員が集まるまでは領主は会場に姿を現さないはずだ。
昨日のドレッドの報告によれば騎士達の魔剣は殆どが贋作で気に留める事もない。
レイチェルの偵察の件も含めれば、気をつけるのは『聖血清』だ。
「妙な言い方だったな」
次の廊下の角を曲がり、ホールに出る。
話では奥の部屋に領主の部屋があると聞いたがどうやら当たりだ。
扉の付近で警護する二人の騎士が目印になっている。
ルークはフードを深くかぶり、暗闇に溶け込む。
近くの空き部屋に目を着け、中に入ると強く扉を閉める。
騎士二人は当然、音に気を引かれ辺りを警戒する。
一人が音の根源を辿って空き部屋の前に立つ。
周囲が無人だったはずと、眉をひそめてゆっくりと部屋の扉を開く……
「誰かいるのか」
扉の隙間にゆらりと揺れる人影らしき姿が映る。
「何者―」
声を荒げよるよりも前に、胸倉を影につかまれる感覚。
一瞬で視界がぐるんと回る。
仰向けに倒れる騎士、続けて剣の柄が腹部へ深くのめりこむ。
騎士は強い痛みに意識を失う。
「おい、どうした……」
帰ってこない騎士を心配して二人目が開いた扉の前に立つ。
部屋の中で倒れた騎士を目にして、不穏を感じてうろたえる。
そのわずかな隙を縫うように、ルークが背後から鞘でこめかみを強くたたく。
二人目の騎士も、突然の激痛に昏倒して重なるように倒れる。
「ずいぶんと手薄な警備だ」
領主の部屋の扉をゆっくり少しだけ開く…
僅かな隙間から部屋の様子を伺う。
部屋の奥ではエルムッドらしき人物が椅子に腰を掛け、女の使用人に怒鳴り散らしていた。
「……誰だ!」
扉の隙間に気づき、エルムッドが立ち上がった瞬間…室内の灯りが消える。
開いた扉から小さい玉が投げ込まれ、あっというまに黒い霧が立ち込める。
「……黒い……霧」
騎士達の報告に上がっていた例の霧の話を思い出す。
エフラムが相手にした幽霊の事と状況が似ている。
使用人は事態について行けず、気絶し床に伏せる。
ルークはドンと音を立てて机の上に着地してエルムッドに迫る。
「は、ははは!まさか本当だったとはな……ひっ!」
エルムッドの喉仏に冷たい金属の刃が当たる。
皮膚に一筋の雫が流れる感触。
痛みを感じなくとも、見ずとも、それが血だと分かる。
無言の殺意にエルムッドの声音が震える。
「な、なにがほしい?金か?地位か?」
「……そ、そうだ!お前を買ってやろう。どうだ?悪くは―」
必死の命乞いは無言のまま斬り捨てられる。
喉を裂き、全力の一振りが机も巻き込んでエルムッドを両断する。
「……ゆ……ゆるさん……ぞ」
喉から腹部まで裂けたエルムッドの体が、力を無くして机に突っ伏す。
まるで体の重みで机が真っ二つに割れたかのように崩れ落ちる。
背を向け、ルークは吐き捨てるように言った。
「それはお前に殺された人達の台詞だろうよ」
エルムッドのうめき声が消える。
うつ伏せの姿、赤く染まっていく絨毯にルークは背を向ける。
今更に初めての殺人に手が自然と震える。
善悪以前に、命を奪うという行為。
自分で置き去りにしたはずの良心の呵責が、体を揺らして訴えている。
心の中に、誰かに言うわけでもない詭弁が溢れ出す。
『殺していい人間だった』
一体誰が殺めていいと定めるのか。
『復讐を望んだ人間が悪い』
自分は依頼をこなしただけで、因果関係はない。
『殺された人達の無念を晴らす為』
人を助ける為、人を殺す矛盾。
自分を言い聞かせる程こじれていく。
道理から外れるということ。
それはどんな理由を無理矢理こじつけても、正当化などできない。
暗殺という、事の重みに気付く。
「こんなんじゃジジイに笑われちまう……」
手を強く握り締め、震えを止める。
ルークは自分の情けなさに乾いた笑いが出る。
こんな所で震えていたら復讐なんて出来る訳が無い。
理性という秩序から外れた事をはっきりと自覚する。
冥府へ送ったか、息の根をまだ確認していない。
ルークは自分の手を汚した現実に向き合う。
しかし、一瞬背を向けたのは命取りになった。
背後から獣のような息遣いが聞こえる。
「フゥー…フゥー…」
後ろを向くまで倒れていたエルムッドが立ち上がる。
胸の大きな斬り口から赤い煙を噴き上げている。
この現象をルークが見るのは二度目。
散乱した床を見る、ルークが両断したと思われる物の中に黄色い小瓶が一つ。
以前、レイチェル達が『聖血清』と呼んでいた物と特徴が一致する。
「まさか、傷口から?…飲まなくても作用するのか!」
エフラムの時と同じ様に体が豹変し、心音が当たりに響く。
「同じ失敗はしない……!」
ルークが剣を構え、斬り掛かろうとした瞬間だった。
突然、炎の渦が巻き起こる。
渦は霧を払いのけ、一筋の炎がエルムッドの首を横に薙ぐ。
ルークの足元にエルムッドの頭部が転がる。
先程まで繋がっていた首の切断面からは血ではなく煙が吹き上げている。
「こうなると首を切り落とさないと面倒なのよねー……まだ失敗作だから」
エルムッドが再び倒れると、その背後から一人の女が現れる。
先程まで気絶していたはずの使用人だ。
服を脱ぎ捨て、ウィッグを外し、長髪を振り乱す。
“赤い服”に“赤い髪”が露になる。
「レイチェル……?」
よく目を凝らすと、切り揃えられた前髪と鋭い目付きが別人だと物語る。
「そんな可愛い名前じゃないわ」
女はフェイスベールの下から妖艶な笑みを浮かべる。
「……私はサラスヴァティ」
真紅の軽装に身を包んだサラスヴァティは双剣を構え、ルークの前に立ちはだかった。
「あの世へ案内してあげるわ、『幽霊』さん」
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