第7話 暗殺者の貫禄
金細工の施された大きな石像、過剰に設置された外灯、シアンの倍はある道。
エルムの大通りはまるで小さな都のように派手な景観を見せていた。
商店街の中央に構えた武器商店。
ガラス越しに見える「閉店」と書かれた看板を無視して、外套を着た一人の男が扉を叩く。
どん、どん、と木の扉が揺れる。
まったく反応がなく、出る気配はない。
しかし男は諦める事なく扉を拳で叩き、店主を呼び続ける。
二階の窓に浮かぶ明かりが、在宅中である事を示していた。
しばらくすると一階の部屋に明かりが灯り、ドアが少し開く。
隙間から店主と思わしき中年の男が姿を見せ、怪訝そうな声を出した。
「お前さん、あの文字は読めるか?今日はもうやってない」
男は、ぽつりとつぶやく。
「騎士の使いさ」
男が取り出した一枚の紋様が刻まれた金属。
エルムの騎士だと示す勲章だ。
店主にとって夜分遅くに店に入れるには十分に信用たる物証だった。
「なんだよ……」
店主は扉から頭だけ覗かせ、左右に人がいないか確認し始める。
顎で店内を指し、男を招き入れる…
店主は慣れた動きで、カウンターへと座り込む。
「裏口のベルを四回鳴らすのが決まりだろう」
「すいません、新入りなもんで」
「新入り?また下っ端か、最近多いな」
店主は男が新入りだと分かると見栄を張り、饒舌に語りだした。
「俺なんてこの道始めて三年の熟練者だ」
その様子は普段、他人にどれだけ劣等感を抱いているかよく分かる。
「昔は盗品の横流しなんて足の付く商売はやめろなんて言われたもんだが……」
言い慣れた口上は暇さえあれば、誰にでも言っているのだろう。
自慢げに語る店主は壁に掛かった絵画を斜めに傾けた。
すると武器が掛かった壁が回転し、裏側に掛けられていた武器が現れる。
「今までの苦労が馬鹿みたいに儲かるもんで、やめらんねえよ!」
「これは……随分と多い」
「エルムは最高の町さ。おたくらの騎士団に金を払えば、ぜーんぶ目を瞑ってくれる」
男は探し物をするように武器を眺めると目当ての剣を見つけ、手に取る。
刃こぼれが一切見当たらない一振りの剣。
色物ばかりに見える周りの剣と違う、飾らない無骨さに別の気品を感じる。
「最近手に入った品だ。なんでも『絶対に折れない剣』だとよ」
新入り相手に調子が良いのか、聞いてもない事をべらべらと語りだす。
「それを作った鍛冶師が首を縦に振らないもんだからな」
店主の目つきが変わった。
「殺してやったよ。おたくの騎士団がもみ消してくれて助かった」
店主は当時の事を嘲笑うかのような笑みを浮かべる。
「その剣と一緒で頑固な親父だったなあ……」
武勇伝と言わんばかりに語り続ける店主。
男が剣を触るたびに、いかにして手に入れたか品物の感想を語る。
「この名剣グラムなんかもどうだ、眉唾物だが……」
男は小煩い店主を他所にローブを脱ぎ、右目の眼帯をずらすと剣を凝視する。
「……」
灰色の髪と厳めしい顔つきが露わになる。
「この二つは本物だな、あとは全部イカれた値段の玩具だなァ」
自分の商才に自信を持っていた店主は煽られた事に腹を立て、怒鳴り散らす。
「てめえ、俺の目が節穴だって言いたいのか!お前この世界はいって何年――」
響き渡っていた怒声が突然止まる。
遅れて店主の胸に激痛が走る。
傷ついたのは小さな自尊心だけではなかった。
「だっ……あ……?」
無意識に痛みの元へと触れる……
手は赤く血に濡れ、胸には短剣が深く突き刺さっている。
唇が震え、声も出ず、店主は床に倒れ動かなくなる。
「俺は十五年目だ」
ドレッドはそういうと風を切るような歩みで店を出て行った。
住宅街の外れ、木陰の下。
大通りとは違い人の気配もしない家が並んでいる。
そんな中で、ドレッドの帰りをルークは待っていた。
フードを深く被り、黒い姿は完全に夜の世界へ溶け込んでいる。
傍には意識を失くして横たわる騎士。
ドレッドが分け前を多少譲る事を条件に、哨戒中の騎士から勲章を盗んだ。
騎士は簡単に気絶して、あっけなく事が進んだ。
最近は苦戦を強いられてばかりだった事もあり、ルークは肩透かしをくらう。
(こんなだらしない連中にオレは負けたのか……)
住宅街は質素な見た目とはいえ、規則的に並んだ家の景観は多少の風情を感じる。
…人の姿が少しは見えてもおかしくないと思うのだが。
「悪い、待たせたな」
木の陰からドレッドが姿を現せる。
ルークは毎度の事思うが、彼が近づいてくる気配を感じ取った事がない。
こんな静かな街中に足音もしなければ、木の葉が揺れもしなかった。
鐘塔では謙遜していたが、剣技とはまた違う熟練された強さがあるはずだ。
「もう終わったのか……?あとはオレとレイチェルか」
レイチェルは領主館の下見に行ったままだ。
ルーク達も今すぐにでも乗り込もうと思ったが、駐屯所には騎士が流れるように行き来しており、今晩の奇襲は諦めざるをえなかった。
噂では翌日の晩には領主館で懇親会が開かれると耳にした。
予想ではこの時に領主を狙える。
ブルースはこれを想定して期日を設けたに違いない。
計算高い男だ、とルークは心の中でつぶやく。
「そら、分け前やるよ」
ドレッドはルークに一振りの剣を渡す。
「金でもいいと思ったが、その短剣で本気だせるか?」
ルークの今の装備は即席でレイチェルから貰った短剣が二本。
奇襲、逃走、緊急に使えと言われ渡された黒霧を閉じ込めた小さい玉が三個。
剣技を主に扱うルークにはとても嬉しい報酬だ。
「ありがたく受け取っておくよ」
群青色に塗装された鞘から剣を引き抜くと、白銀の剣身に見たことのない紋様が波打つように刻まれている。
今まで扱ったことのない細身の剣にルークは少し不安を感じる。
「これ儀式用とかじゃないのか」
「いいや、俺の眼は確かだ」
ルークは試しに軽く木に向かって剣を横に浅く斬り付ける。
剣はしなやかに木に食い込む、ルークは力を抜いて手を止める。
ところが剣の勢いは止まる様子を見せず、空を裂くように木を通り抜ける。
…当たった感触がしなかった。
本当に斬れたのか分からずルークは首を傾げた。
ドレッドは気絶した騎士に勲章を戻し、証拠を消していた。
起きた頃には『幽霊』に襲われたと勘違いする程度で済む。
立ち去る準備を整え、ルークに声を掛ける。
「ルーク、行くぞ」
「あ、ああ」
二人はその場を後にしようとした時、木から一羽の鳥が飛び立った。
すると次の瞬間木は轟音を立てて横に倒れる。
美しい断面の切り株が残る。
「……」
「な、なんじゃこりゃあ…」
二人は口を開けたまま硬直する。
「…これ説明書とかないの?」
「今頃地獄の底だろうよ……」
ドレッドはモーガンがどんな教育をしたのか気になって仕方がなかった。
町の北側に建ち広い庭園の奥に領主館はある。
庭園の東側には騎士の宿舎があり、建物の入り口は多くの鎧姿の男達が出入りしていた。
遥か上空から杖に乗ったレイチェルが偵察を始めていた。
「これで四人目…」
拘束された人影が馬車から降ろされ、領主館へと運ばれていく。
この町では行方不明が絶えないという噂は事実のようだ。
人身売買の痕跡も無い所から察するに、何かの被検体にされている可能性が高い。
「薬の生成場所はここで間違いなさそう」
レイチェルは建物の進入と脱出の経路を図り、記憶する。
窓から室内の様子を探ろうとするが思いのほか警備の数が多く、迂闊に近寄ることができない。
「問題の騎士団長はどこなの…」
宿舎から出入りした様子が見えない。
レイチェルはとある策を思いつき、庭園の木々の中へと姿を消した。
領主の館 会議室
「どういう事だ、懇親会にエフラムが出席できないだと?」
「黒い霧を纏った『幽霊』に出くわしまして……」
エルムッドは白髪交じりの髪の毛を手でくしゃくしゃに掻き回した。
「貴様らは馬鹿か!?そんなもの居る訳が無いだろう!!」
会議室に張り詰めた空気が漂う。
西のシアン領に息子のエフラムを派遣後、様子がおかしいと聞く。
事態の報告にきた騎士達はみな一斉に口をそろえて『幽霊』に襲われたというのだ。
「パールヴァティ殿!一体息子に何を依頼したのだ!」
エルムッドは横に立つ男へ問いかける。
赤い髪を後ろに流し、異国の風貌をした男はこの会議室の中で一際目立っていた。
この国では見たことが無い刺々しい鎧の形状は人を寄せ付けそうにない。
「我々の脅威となる人物を消しに行って貰った」
男は飄々とした態度でエルムッドの質問に答える。
部下の騎士は今にも消えそうな、か細い声で報告を続ける。
「『聖血清』を飲んだ後、狂人化が収まる気配がなく……」
「現在は地下室に……幽閉中です……はい」
エルムッドは腹の虫がおさまらない様子を見せさらに激怒する。
「貴様はクビだー!!今、ワシの手で打ち首だーー!」
エルムッドが剣を抜こうとする。
パールヴァティがすかさず手で押さえ、柄を鞘へ押し戻す。
邪魔をするなと言わんばかりにすさまじい剣幕でパールヴァティを睨み付けた。
「ええい、どけっ!」
「落ち着きたまえ、使用人が見ているぞ」
黒い髪の女が紅茶を載せたトレーを持ったまま硬直していた。
「も、申し訳ありません、失礼しました……」
女はトレーごと卓上に置き、そそくさとその場から退散する。
エルムッドは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
パールヴァティは報告をした騎士に問いかける。
「それで町の兵士どもは黙らせたのであろうな?」
「いえ……情報では『聖騎士』と名乗る異国人の介入が……」
一部の単語に反応したのかパールヴァティの眉間に皺が寄る。
エルムッドの方は息子の事で精一杯といった様子でまったく聞いていない。
「翌日までにはなんとかしておくのだ…よいな」
「はい……かしこまりました」
女が会議室の扉を閉め、肩の力を抜くと髪がみるみるうちに赤く染まった。
目の色も茶色から緑色へ変わり、使用人の服以外は普段のレイチェルの姿に戻った。
(服飾やっててよかった…あの赤い髪の男が裏で手を引いてるのは間違いないね)
レイチェルはカートをとりあえずどこかへ移そうと手を触れた瞬間、後ろから声が掛かる。
「おや、わたくしが運ぶ予定だったんですが…あなたが配ってくれたんですね」
(げっ……やばい)
振り向くと片眼鏡を掛けた初老の男がこちらへ近寄ってくる。
「え、ええと……」
予想外の出来事にレイチェルは動揺する。
万事の自体に備え、布が掛けられたカートの下には杖は置いてあるが…
騎士が何十人も居るこの状況では荒事を起こせば余計に警備は厳しくなってしまう。
震えた声に心配の表情を見せる初老の男は優しく声を掛ける。
「ああ、わたくしは先日この家に勤めさせて頂く事になった者です、お初にお目にかかります」
偽りの立場とはいえ一介の使用人に丁寧すぎる態度に違和感がある。
「おや、大丈夫ですか?お顔の色がすぐれないようですが」
「大丈夫です!」
レイチェルは手早くカートを動かすと早歩きでその場を去る。
初老の男はその後ろ姿を、満面の笑みで見送った。
レイチェルは服を鞄の中に入れると急いで杖を取り出し、上空へと飛び出した。
「ドレッドみたいに上手くはいかないものね……」
聖血清という単語は恐らくエフラムの飲んだ黄色い液体の事だ。
二日経過した今でも後遺症らしき物が残っているような会話は聞こえた。
大事な暗殺対象の位置が分かっただけでも十分見返りはある。
レイチェルの不安はあの『赤い髪の男』とルークが鉢合わせた場合。
以前、レイチェルの赤い髪ですら動揺していたほどだ。
下手をすると『冥府送り』の任務を忘れ、男のほうを追う恐れもある…
「無理に言う必要はないよね……」
思考を巡らせ、最悪の事態になりかねない状況をいくつか想像する。
レイチェルは『赤い髪の男』に関しては沈黙を貫く事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます