第4話 黒霧の魔女
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呪術・魔術・妖術・幻術・巫術
『魔』を極めた女性の呼称。
ありとあらゆる超常現象を起す事ができる彼女達をこう呼ぶ。
ある国では奇跡を呼ぶ者として。
ある国では災禍を成す者として。
魔女は迫害や祝福と様々な扱いを受けてきた。
その影響力は『魔女の足跡、歴史を濁す』と言われたほどである。
黒と赤のドレスを着た若い女はルークを睨んだままこちらに歩み寄ってくる。
(同じ髪色…だけど性別が違うな…)
ルークは取り乱しはしたものの、ドレッドに耳打ちした。
「ドレッド、あいつは知り合いか?」
「もちろんさ、仕事仲間だ」
ドレッドは察しのついた様子で女に話しかける。
「レイチェル、お前さんだろ?聖職者の人骨を操るなんてバカげた事をしたのは…」
「あら、ただの骨格標本じゃなかったのアレ」
レイチェルと呼ばれた女は素っ気無く返事した。
歴史的価値より物質的価値を見ている様子は、まさに文献に残る魔女らしい。
「ハァー…これだから魔女は…後で親父に説教されてもしらねェぞ」
レイチェルは人骨を魔法で動かした理由を話し始めた。
「私は対魔法技術が見たかったの。剣の腕は酒場の前で見たし…ね?」
長椅子に腰を掛けると、ルークの方を向く。
「あなた、黒い霧の事は覚えてる?」
「あの時の霧は…君の仕業だったのか」
酒場で起きた自然現象とは思えない黒い霧に合点がいく。
納得した様子のルークに対し、レイチェルは眉をひそめる。
「年上に『君』は失礼じゃなくて?」
「同い年じゃないのか、いくつなんだ?」
次は呆れた顔を見せ、レイチェルの声音が低くなった。
「女性に『歳』を聞くのも失礼じゃなくて?」
「え、?あー…ごめん…」
ルークは頭を掻いて動揺する。
(なんだこいつ面倒だな…)
「こ、今回の新入りは面白い奴だな本当に、腹が痛いわ、ハハハ!ハハハハ!」
向き合う両者をよそにして、講堂はドレッドの笑い声だけが響く。
「魔断をたった一回しか使えないのに、それでレイスが務まるの?」
「暗殺者とか、幽霊だとか、正直どうでもいい」
そもそもルークは確固たる意思があって幽霊を引き継ぎに来たわけではない。
ハーディの話は全て初耳だったし、信じがたいものだった。
「…オレは赤髪の男の情報を聞きだしたいだけだ」
レイチェルはきょとんとした顔で自分の髪の毛を指でとかした。
「赤い髪?…帽子を降ろした途端目付きが変わったのはソレか」
自身の動揺を見抜かれていた事に、ルークは驚きを隠せなかった。
「別に、極端に毛嫌いしている訳じゃあ…」
「構わないよ、嫌われたりするの慣れてるから」
レイチェルは椅子から立つと、自嘲するように儚げな笑みを見せる。
「私、魔女だから」
事態を把握し終えたハーディが戻ってきた。
「ひでぇもんだった…おや?役者が揃ってるな」
ハーディは顔ぶれを見るとそれぞれ二つ名で呼び始めた。
「『幽霊』に『魔女』それと……『遊び人』」
「おい違うだろ」
少し間をおいて思い出す仕草をするハーディ。
手を叩くと明るい表情で訂正した。
「そうだ『横着者』だった」
「だから違うだろクソ親父!…俺は
からかわれたドレッドは胸を手に当てて大きく誇張する。
幽霊、魔女と来て何が飛び出すかルークは少し楽しみだったが…
「意外と普通なんだな…」
「職業柄、名が売れたら困るでしょ…勇者サマや英雄サマとは訳が違うの」
「有名になっちまったら目立って仕事はできねえのよ」
言われてみれば有名な暗殺者など聞いたことが無い。
実力と名声を知られてはいけない世界なのだとルークは知るのだった。
「……幽霊と魔女は有名を通り越して、おとぎ話になってるけどな」
「周りがひ弱すぎて、現実を受け入れられないんでしょ」
「あのなァ、これだからウィッチは…ハァ…」
魔女独特の価値観にドレッドは困った顔を見せていた。
「何でオレが幽霊を継ぐ流れになってるんだ。ドレッドと同じやつでいい」
「お前さん、ここに来る途中で文書を見なかったのか?マジメな奴だのう」
ハーディは文書を開くとルークに差出した。
『モーガン・ウェイン。従業員規定第四項に従い、暗器を返還し上記の者を退職とする。尚、引継ぎとしてルーク・レイ・シルヴェストルを推薦する。』
「…あのクソジジイ何考えてんだ!」
恐らく、モーガンは最初から旅をさせるつもりがなかった。
この仕事への勧誘も、モーガンの差し金だったということだ。
「名字が二つ?あなた白の国出身だったの」
「ほぉー…随分と高貴なお名前だ」
「今は名前なんてどうでもいいだろ!」
半生をこの青碧の国で過ごしたルークにとっては家名などに意味はなかった。
白光の国に同じ苗字の人物はもういないのだから。
「さて、横槍は入ったがテストは終わりにしとこうかの」
「戦力評価は文句なし…結果は合格だ」
本来の試験はよく分からないまま終えたが、ルークはこれで手がかりが追えると思えば安堵した。
「よし!」
「嘘でしょ…」
「よかったなルーク、歓迎するぜ」
「細かい事は明日の夜に酒場に来てくれんか、もう夜が明ける」
ハーディは扉の外へと歩きだしたが、急に踵を返して振り向いた。
「あ、それと外壁の修理代はお前さん達に弁償してもらうからな」
「ですよね…」
「嘘…でしょ…」
ルークとレイチェルは低くうなだれた。
「それじゃ、オレは寝るとすっかね。また明日にな」
ドレッドとハーディは墓地の方へと帰っていった。
「金も無くなっちまったし…帰るか、クソジジイに文句もあるしな」
「私も色々と聞きたいことがあるわ」
二人は墓地を抜け、森の夜道を一緒に歩いていた。
空は未だに暗いが、満月は傾き夜明けも近づいている。
そんな中、ルークはレイチェルから質問攻めされていた。
「へぇ…モーガンに剣技を教わったならどうしてあんな中途半端な魔断なの?」
「そもそもオレは魔法が苦手で、基礎すら扱えなかった」
先ほどの魔断で発動した反動を思い出し、暗い表情になるルーク。
「やっぱり白の国は変わってる人が多いね」
「国だけで“人”を決めるなよ」
まだお互いの事を詳しく知らないうちに、出身で人を決めつけるレイチェル。
無神経な物言いにルークは少し苛立ちながら話を続ける。
「オレは人種で“人”を決め付けるほど子供じゃない」
復讐の事も、赤い髪の人間が全員憎い訳ではない。
ルークの中では復讐するのはあくまで個人、一人だ。
「子供がかっこつけちゃって。それもレイスの教えのおかげかな?」
「オレはもう二十歳だぞ」
「まだまだ子供」
「…」
町の中はすでに店も閉まり、人通りもない。
石床を歩く二人の足音だけが聞こえていた。
「オレからも聞いていいか?」
「常識の範囲内でなら」
恐らく歳を聞いたことをまだ根に持っているのであろう。
ルークは少し言葉選びに悩みながらゆっくりと質問した。
「酒場で出したあの黒い霧、なんの意味があるんだ?」
「あの
黒い霧なんて普通は起こらない。
あの背筋の立つような気味の悪さはなんだったのか。
「効果は、簡単に言えば幻覚や軽度の記憶障害」
「そんなの使って一般人や仲間は平気なのか?」
とんでもない事をさらっというレイチェルに困惑する。
毒物をばら撒いているようなものではないのか。
「副作用は聞いたことがない。まやかしやトリックも武器になる」
魔女は後先考えないのだろうか、物騒な性格が垣間見える。
二人は町の北側の門をくぐり、モーガンの家へと近づいていた。
「あれ…そういえば、あなたは…」
「ちょっと待て」
ルークはレイチェルの言葉を遮りモーガンの家へと視線を向ける。
「その黒い霧、本当に効いてるのか…?」
視線の先には複数の騎士が家を取り囲んでいた。
派手な緑色の鎧を着た男達。
酒場で対峙したエルム領の騎士達だ。
家の中からあの時の男が出てくる。
「エフラム団長!周囲には見当たりません」
「…誰もおらんではないか!あの女、何のためにこのような…」
エフラムは右手で合図を送ると騎士達はたいまつを用意し始める。
「焼き払え」
騎士達はランタンから火を点けようとしたが、たちまち消えてしまった。
「……何をしている?早くしろ」
「団長、それが…」
突如周囲が暗くなり、霧が立ち込める。
霧が夜明けの空を真夜中へと巻き戻していく…
「なんだこれは!」
暗闇に二つの人影が揺れ動く。
「やっぱり効いてるんじゃない?反応が随分と新鮮だし」
「ならなんでここが……追い返すぞ」
ルークは黒い霧の中を駆け巡り、次々と騎士の鎧を斬り落としていく。
耳元で剣が通る音に足がすくみ、騎士の一人が姿勢を崩す。
「さっさと失せろ、次は本気で斬る」
のど元に伝わる、冷たい感覚。
「『幽霊』だ!退け…!退けぇ…!!」
「ひ、ひい地獄に連れて行かれるぞ!!」
「…噂は本当だったんだ!!」
騎士達は悲鳴を上げながら散り散りに去っていく。
残ったのは一人、エフラムと呼ばれていたあの時の騎士だ。
「ああ…その声、その剣筋…思い出したぞ!あの時の!」
「しつこいやつだ、騎士様ってのはそんなに暇なのか」
「先程は不覚を取ったが…次は父上より授かったこの剣で細かく刻んでやろう」
エフラムは剣を抜くと朧に映るルークに向かって剣を向ける。
「何を持ってこようが、また折ってやるだけさ」
ルークは剣を構え大きく踏みだすと、エフラムを一閃する。
前回と同じ手応え…からんからんと鉄の剣身が地面に落ちる音が響く。
「……なっ!」
折れたのはエフラムの剣ではない…
ルークの剣だった。
エフラムは直立不動のまま、余裕の構えを見せている。
「そんなバカな…」
驕ったつもりはなく、的確に剣を打ち込んだはず。
折れた自身の剣を見ると、蔦のように縦に入ったヒビが剣に走っている。
(魔断の反動が…剣にまで…!)
「流石の幽霊も“魔剣”には劣るか、拍子抜けだな!フハハ」
得物を失ったルークはエフラムの剣を身をひるがえしながら避けていく。
エフラムの剣は一向に当たる気配を見せない。
(上等な武器みたいだが、使う奴が下手で助かってるな…)
ルークは周囲を見渡すと騎士達が落としていった短剣を見つけ、頭部に向けて投げつける。
霧の中から現れた短剣にエフラムは避ける事をかなわず、左目を突かれる。
痛みをこらえる呻き声が響く。
レイチェルは杖に乗り、空中から状況を見ていた。
「兵士に嘘の通報もしてきたし、そのうち騒ぎを聞いて駆けつけてくるでしょ」
「それにしてもどうやってここを知ったの…?それにモーガンは…」
何かの魔力を察知したレイチェルはエフラムが持つ剣に注目する。
「あれはバルムンク…?なんでエルムの騎士があんな物を」
表情を曇らせるとレイチェルは何かを呟き唱え始めた。
「眼で……追えないなら……追える様に……するまでだ」
エフラムは小瓶を取り出すと中に入った黄色い液体を飲み始める。
心臓の音が体の外にまで響き、肉体の体積が増え、着込んだ鎧が弾け飛ぶ。
左目は赤い煙を噴き上げながら再生していた。
「フゥー…フゥー…」
(何を飲んだんだ?回復薬か?)
瞬きをする間もなくエフラムが接近し、ルークの肩を剣がかすめる
「嘘だろッ!?」
「フゥー…」
エフラムは先程のように言葉を交わす事無く、激しく呼吸をしている。
動揺した隙にルークは勢いよく腹部を蹴り飛ばされ、一瞬意識が飛びかける。
「がッ…ごほっ」
「ジャベリン!」
遠くからレイチェルの声が響。
気温が下がり周囲の霧が白く変化する。
霧が渦巻き収縮すると、氷の槍へと形を変え、勢いよく射出される!
鋭い槍の穂先がエフラムの足を貫き、地面へと縛りつける。
膝をついたルークに、杖に乗ったレイチェルが滑空して手を差し出す。
「捕まって!」
レイチェルはルークの手を掴むと空中へと上昇し、その場から逃走した。
後ろから、エフラムの咆哮がしばらく響いていた。
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