第3話 骸骨と踊れ

 ――スケルトン。

 ルークの脳裏に五つの文字が浮かぶ。

 供養されなかった死人の成れの果て。

 骨だけの姿となった彼らは血肉を求めて、生者を襲う。


「も…もしかしてあんたが息子さん?」

 問いに返事はなく、骸骨は無言のまま剣を振り下ろす。

 ルークはとっさに鞘で受け止め、反射的にスケルトンの腹部を蹴りあげる。

 しかし生身の人間と同じようにはいかず、蹴りあげた足はそのまま背骨を弾き飛ばした。

 体を支える背骨が地面に落ちる。同時に、ルークはスケルトンの後ろへと回り込む。

 鞘から剣を引き抜こうとするが…

 スケルトンは支柱を失っても崩れることなく、上半身を真後ろに捻る。

「うおっ!」

 ルークはとっさに後ろに飛び退く。


「人ができる動きじゃない…!」

 当たり前のことを口走るほど、ルークは狼狽していた。

 頭のなかで先ほどの起こった事を整理する。

(背骨が落ちているのに…上半身が浮いてる…)

 そもそも筋肉がない状態で立っている事すら不思議だ。

 どう立ち回ればよいのかわからず、ルークは今までモーガンに教わったことを片っ端から思い返した。


『とにかく急所を狙え、戦いに情けは必要無い』

(急所どころかそもそも骨しかないじゃないか)


『先手必勝、背後を取れ』

(上半身が自由に動くのに背後もクソもあるか!)


『相手の眼を見ろ、思考を盗むんだ』

(…教えてくれモーガン、こいつの眼はどこについてる)


 首を振り雑念を払う。

(だめだ、どの教えも役に立たない…)

 対人に心得があっても、“対死人”の心得など持っていない。

「こういうのは祓魔師ふつましの仕事だろ!」

 そう吐き捨てるとルークはゆっくり剣を引き抜いた。


 地面に落ちた背骨が震え、吸い寄せられるように持ち主の体へ戻っていく。

 眼無き頭蓋骨がこちらを見つめ、血肉を求め動きだす。

(宙に浮ける癖に下半身をくっ付けないと動かないのか)

 ルークは相手の不死身ぶりを目にして、戦い方を掴むことにした。

 

 勢いよく懐に飛び込み、剣を交える。

 面接と称した試験の割りに、骸骨の動きは本気で殺しにきている。

 剣を振りぬく速さは、当たれば怪我では済みそうもない。


 一閃、二閃、三閃と斬り結んでいく…

 斬っても、弾き飛ばしても骨片は磁石の様に元に戻る。

 断片は綺麗に結合し、斬り口どころかヒビすら残らない。

 人間であれば、今頃全身ばらばらの出血多量で七回は死んでいる筈だ。


 二者の剣がぶつかり合い、刃を交えたまま互いの動きが止まる…

 ルークは鍔迫り合いから剣の角度をずらし相手の剣をいなして、流れるように懐を斬り抜ける。

 背骨と肋骨が床に落ち、間髪入れずに頭蓋骨を垂直に両断する。


 二つに割れた頭蓋骨はルークを向き、顎骨を上下に揺らし笑っている。

「まだ向かってくるつもりか…?」

 これが死人の執念なのか。

 何度斬り伏せても立ち上がる不死の姿に、ルークは畏怖を覚えはじめる。

「人だったらもう死んでるぞ…」


 長期戦になればなるほど、こちらの体力は削られていく…

 骸骨の動きは一切衰えない。

 一体、原動力はどこからきているのか。

(肉の変わりに何で動かしてるんだ?魔法か何か…魔力…?)


 物理的な攻撃が通じない状況に、何か気づいたのか。

 ルークは別の手段を講じる事にした。

 大きく後ろに下がり、剣を一旦鞘に収める。

「…エクステンド!」

 そう呟くと、瞼を閉じた。

 刹那、埃が舞い上がり空気が変わる…


 そのまま十五秒は経っただろうか。

 隙だらけのルークにスケルトンは好機とふんだのか。

 

 頭部をめがけて剣を投げる!

 寸分の狂いもない投擲。

 目を閉じた闇の中、風を切る音。

 ルークの額に剣先が貫かんと迫る!

 

 その瞬間――

 閃光が走った。


 不快な高音が辺りに鳴り響き、スケルトンの剣が細切れに落ちる。

 

「…待たせたな!」

 構えていた鞘が霧散し、ルークの手には光を纏った一本の剣が出現していた。

 刃からは耳をつんざくような高音を発している。


 ルークは疾風の如く間合いを詰め、斬りかかる。

 横に振り抜き一閃、斜めに切り上げ二閃。


 光の刃が走る。

 その跡は斬るというよりも削るに近い。


「これでお終いだ!!」

 ルークは膂力を振り絞り全力を込めた一撃を放つ。


「インビジブル・サイズ!」


 電閃の一振りが空間を歪ませ、視界を狂わせる。

 剣が纏っていた光がよりいっそうと強く輝き『不可視の衝撃破』が、空中を疾走する!

 衝撃破は轟音を立てて形あるものを全て刈り取っていく。


 スケルトンは文字通り消滅し、跡形もなく消えていた。

 その爪痕は凄まじく、外壁もろとも粉砕していた。


「やりすぎた…」

 ルークは大きく肩で息をすると、元に戻った剣で床に立て片膝をつく。

 左手が感覚を失い、指一つ動かせない。

「やっぱり『魔断』は無理だ…」


 スケルトンの動力が魔力であるという可能性に賭け、ルークが使った技。

『魔断』

 魔力の理は魔力でしか壊せない。

 故にルークは『魔力を込めた剣で魔力を断つ』という手段に出た。

 絶大な威力によりスケルトンを消滅させる事はできたが…


 発動の為に生じる間抜けな隙。

 放つ威力と引き換えに度々起こる謎の代償。

 以上の理由を踏まえてルークは『魔断』を好んで使わない。


「どうすっかな…これ…」

 切り抜かれた複数の壁を越えた先には、美しい星空が広がっていた。



 騒音を聞き駆けつけたハーディが扉を開け、中へ入ってきた。

「な、なんじゃこりゃあ…」

 壊れた歴史的建造物を前に、息子の安否を気に掛ける。

 頭を抱えてハーディが叫ぶ。

「まさかこんなに血も涙も無い奴だったとは!」

「血も涙も無いのはあっちだろ!?」

 骨相手に感傷的になるハーディに、ルークは反論した。

「…あんたの息子であるスケルトンを消し飛ばしたのは謝るけど」

「なんだって?」

 二人の会話に齟齬が生じる。

「スケルトン…?ワシの息子は生きた人間なんだが…」

「は?」

 既に相手は消し飛んでしまっているため、うまく説明する事もできない。

 言葉が見つからず、ルークは頭を掻いた。

「どうなってんだ…」

 この戦いはハーディがけしかけたものではなかったのか。


 すると階段の陰から男の声が聞こえてくる。

「いつになったら来るんだよ新入りは!すげえ音がしたぞ!」

 我慢の限界といった様子で、壮年の男が階段を下りてこちらにやってきた。

「おい親父ィ!いったいなにが…な、なんじゃこりゃあ…」

「ドレッド!生きていたか!」

 ハーディは胸を撫で下ろし、ホッとする。

 会話する二人をまじまじと見るルーク。

(反応がハーディとそっくりだ)

 長身痩躯、灰色の髪、ハーディから皺と垂れた皮を取り払ったような顔つき。

「も、もしかしてあんたが…本物の息子?」

「本物…?なんのこっちゃ。俺はドレッド、よろしくな」

 ドレッドの差し出す右手に、ルークは快く握手した。

「オレはルーク、よろしく」

 つい先ほどの骸骨の『ご挨拶』とは大違いだ。

 

「本当は軽い戦力測定だけだったんじゃよ……」

 予想とは違う結果になってしまい、内心を吐露するハーディ。

 講堂の中は魔断によってひどい有様だ。

 ドレッドの代わりに戦った相手の姿はどこにもない。

「こりゃあ…下手すりゃ俺が消し炭になってたってことか?」

「…どうしてこうなった」

 ハーディは深い溜息を付くと、壊れてた部分を確認してぶつぶつと呟いていた。



 ルークはドレッドに事の経緯を説明した。

 その間ハーディは建物の破損箇所を発見しては、うなだれている。

 遠くから『なんてこった!これもだ!』と悲痛な叫びが聞こえてくる。

「なるほどな…ハハハ、親父もこんな場所選ばなきゃよかったのに」

 ドレッドは腕を組み、悲観の表情で調べ回るハーディを笑う。

「ところで、これはレイスの…斧か?」

 仕事仲間としてモーガンと長年の知り合いだったと言うドレッド。

 魔断が放たれた痕跡に過去のレイスとルークを比べている。

「違う、鎌を使った」

「これが鎌だって!?斧の間違いだろう」

 ドレッドは瞼を閉じ、頭の中に残るレイスの剣技を思い出していた。

「ジジイのは切れ目が見えないくらい薄かったはずだぜ」

「…実は魔力を流すだけでも精一杯なんだ」

 自身の弱点を曝け出したルークは脱力して笑う。

「なるほどねェ……そのうちジジイみたいになれるさ!」

 ドレッドは頷きながらルークの肩を叩いて励ました。

(斧か…他にも種類があるのか…)

 鈍い左手の感触が、ルークを劣っていると認識させる。

「魔法使いが相手だったら確実に勝てないだろうな…」



「ところで…話の骨を折って悪いんだが、スケルトンは不死身じゃねェ。骨は再生しない」

 ドレッドは自分で上手い事を言ったと思い、大笑いしている。

(それを言うなら話の腰だろ)

 何度も再生して起き上がったアレは別の生物だとでも言うのか。

「糸でぶら下がった人形があるだろ?お前さんはアレと戦ったようなもんだ」

「なんだって!?」

 ドレッドは上半分がきれいに削り取られた棺桶を調べ始める。

 何かの痕跡を見つけ、底のほうを指でなぞる。

「見ろ“糸”の代わりに使われた、魔法の媒体だ」

 炭のように真っ黒い粉が、指の腹に付着していた。

「人が造ったアンデッドだっていうのか!?」

 ルークはうろたえ、得体の知れなさに気味が悪くなる。

「死体の意思で動く訳じゃねェから、アンデッドとはちょっと違う」

「こんな芸当をできるのは…この町じゃたった一人だ」

ドレッドは気配を感じ、壊れた天井から覗く空を見やる。

「おっと、噂をすればご登場だ」

「あれは…」


 鳥だろうか?

 …違う、人だ。

 人影が杖に乗ってこちらに向かっていた。

 魔断で開いた穴から建物に入り、舞い散る花びらのようにゆっくりと下降する。

 

 鍔の広い三角帽子、身体の線が浮き出た黒と赤のドレス。

 その姿は夜空を背景にして異様な威圧を放っていた。

魔女ウィッチだ」

 魔女と呼ばれた女は杖から降りて三角帽子を外す。

 長い髪の隙間から、薄緑色の瞳がルークを睨む。


 あるものにルークは驚愕する。

「赤い髪の…女…?」

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