第2話 墓守の面接

 町の南門を出て、森の奥へと進む人影が一つ。

 整備された道の先には観光地も兼ねているという墓場がある。

 人の気配がしない夜道を、歩いているのはルークだけ…


「これを届けたら、今度こそ隣町で傭兵の登録に行くぞ」

 まるでたらい回しのように使いを頼まれるルーク。

 次に何かを頼まれても、絶対に断ると意思を固めるのであった。


 その様子を鐘塔から見下ろす一人の女がいた。

「…私が霧を出してなかったら、明日には指名手配されてたところだよ」

 そこへ柱の陰から壮年の男がすっと現れ、声を掛ける。

「さっき酒場の店主から幽霊の『カタナ』が返上されたと連絡があった」

「レイスが?!…今後の『冥府送り』はどうなるの?」

「あの兄ちゃん次第かもなァ」




 目的地に着き、すぐ目に付いた家と思われる建物へ向かう。

 少し先を目をやると、並んだ墓石がいくつも見える。

「夜分遅くにすいません、墓守さんいませんか?」

 ルークは家の扉をノックする。

 しばらくすると扉が軋む音を立てながら少し開いた。

 扉の隙間から墓守と思われる老人が顔を見せる。

「嘆きの鐘塔と境界池ならあっちだよ。ふあぁ…」

 眠そうにあくびをする老人。

 ルークを観光客だと思い、立てられた看板に指を差す。

「観光じゃないんだ、この文書を届けにきた」

 見せた文書を気だるそうに受け取る老人。

 隙間越しに見える老人はその場で文書を読み始める。

 眠そうな顔つきが一変、厳しい顔つきになり、扉を開けるとルークに手招きした。

「…入りなさい」

 言われるまま、ルークは老人と共に家の中へと入って行く。

 中は蝋燭の明かりが一つしかない薄暗い部屋だった。

 目を凝らすと壁には町の地図や肖像画など様々な物が掛けられている。


(これは……?)

 薄明かりの中、ルークに見慣れた文字が目に入った。

 

 老人は椅子に腰を掛けるとテーブル越しにどっしりと構える。

「ワシの名前はハーディ。どうだ若いの、ここで働いてみないかね?国営だから保証も―」

「悪いが一つに留まって仕事をする気はないんだ」

 話を遮られたハーディはため息をつき足を組む。

 墓守になってしまっては復讐の手がかりなど到底追えない。


「…ところでこの名前、墓石に刻むのか?」

 ルークは名簿に書かれた『Morgan』の文字を指差す。

 ここに書かれている文字は妙に“古代共通語”が多い。

「この暗さで見えるとは、若いと目が良くて羨ましいのう」

 ハーディが指を鳴らすと他の蝋燭にも火が点き室内が明るくなった。

「だが人の話を最後まで聞かないのは良い癖ではないな。それは従業員名簿」

 名簿の上の部分には『Member List』と書かれてある。

「そこに書かれているのは墓石に刻まれる名ではない。刻む側だ」

 モーガンの脇に書かれた古代共通語で『Wraith』という横文字。

 こういうものに疎いルークでもさすがに読める。

 幽霊という意味だ。


 疑問が積み重なっていくルークよそに、瞼を閉じてハーディは語り始める。

「神に愛された相手でも、法が裁けぬ相手でも、あいつは全部斬った」

「人々の哀しみに応え、晴らせぬ恨みを晴らすために」

 まるで子供に遠い昔のできごとを聞かせているようだ。

「モーガンこそが人々がおぼろげに思い浮かべる…幽霊レイスの正体だ」


 ルークは酒場での会話を思い出していた。

『夜道を歩くと幽霊に連れて行かれる』

(モーガンがいつも夜に家を空けていたのは…そんなまさかな)

「だがたった今そいつの辞表を受け取ったところだ」

 老人はおもむろに羽筆を取り出すと、モーガンの名に二重の線を引く。

「さて若いの、改めて聞こう…ここで働く気はないかね?」


 室内に訪れる静寂。

 ゆらゆらと揺れる蝋燭の火が、現実味を薄れさせていく。

 自分の育ての親が、実は幽霊と名乗る暗殺者だと言われても。

 即興の作り話にしては、くだらないとルークは鼻で笑う。

「あの爺は確かに世話焼きだけど、他人の復讐にまで手を貸すかな」

 剣の心得や命の重みについて耳にたこができるほど説いていたモーガン。

 自分には散々『復讐は何も生まない』と言っていたのに。


「あんた、ボケてるんじゃないのか?帰らせてもらう」

 目の前の老人はルークの悪口に眉一つ動かさず、腕を組んだまま。

 ルークは踵を返し、出口へ向かう…

 後ろでハーディが指を鳴らす音が聞こえたと思うと、目前の扉が勢いよく閉まる。

「だから、話は最後まで聞けと言ってるだろ若造」

 恐ろしく低い声が、背後から響く。

 先ほど蝋燭が一斉に点いた時に気づくべきだった…

 

 ハーディは恐らく魔法か何かの類を使えるのだ。

 無人のまま扉が閉まったり蝋燭に火が点く訳がない。

 自分にはできない分野の芸当を披露され、動揺した表情を見せる。

 剣なら交えればある程度の力量は分かるだろうが、魔法ばかりは分からない。


 仮にさっきの話が真実だとすれば…今自分が立っている場所は、言うなれば暗殺者達の根城。

 自分がもし暗殺者の立場だったら、話を聞いた人間を生かして返すだろうか?

 ルークは、ゆっくりと無意識に剣の柄に手を掛ける…


「あー…まってくれんか、そういう展開ではないんだわ」

 先ほどの剣幕とは打って変わり、穏やかな雰囲気に戻るハーディ。

「ワシ戦闘とかそういうの得意じゃないから、むしろこっちが殺されてしまうわ」

 何度も両手を挙げたり下げたりを繰り返し、敵意がない事を強調するハーディ。

「はあ…」

 調子が狂いルークは肩を落とす。

「ワシの言い方が悪かったの。言い方を変えよう…そうだな…」

 咳払いをして話を切り替えるハーディ。

 少なくとも悪気がある様子ではないらしい。

「知り合いが言うには、今は裏の世界にて赤い髪の人物が邪魔らしくてな」

「…!今『赤い髪』って言ったか!!」

 ルークの目が丸くなって、ハーディを見つめる。

 この仕事に就けば、いずれ家族を殺した赤い髪の男に会えるかもしれない。

 あてもなく傭兵をしているよりは確実な道に見えてくる。

「分かった、やるよ。もう少し詳しく話を聞かせてくれ」

 ちっとも疑う様子も見せないルーク。

 食いつきのよさに、ハーディは若干がっかりする。

「…あれほど嫌がってたのに、てのひらを返すのが早いの」

 ハーディは指を鳴らすと、扉を開け外に出るように促した。

「ついて来い」


 二人は真夜中の墓地の敷地内を歩いて進む。

 いまだ幽霊の話に半信半疑のルークはハーディに問いかけた。

「確かに爺さんは剣の腕が立つけど、正体もばれずに暗殺なんて」

「その点は心配は無い。霧がなんとかしてくれる」

 霧という単語、何かが引っかかる。

(そういえば、酒場で騎士を止めた時に変な霧が出ていたような)

 自然発生したものではなく、何者かが起した現象だったのだろうか。

 ルークはいろんな想像を膨らませるが、どれも現実に結びつかない。

「ところで、オレ達はどこに向かってるんだ?」

 宛てもなく彷徨ってるように見えたハーディの歩みが止まる。

「あそこだ」 

 ハーディが指差した先には観光地として人が訪れる嘆きの鐘塔と呼ばれる場所。

 塔の下は元々は教会として使われていたのか、広い構造になっている。

 観光地になった所以は歴史的な事件の舞台だったからだと聞いたことがある。

「そういえばハーディさっき国営とか言ってたよな?あれも本当か?」

「細かい話は面接に受かってからにしとくれ」



 ハーディが入り口に掛けられたの錠を開け、扉を開く。

「夜は、管理人のワシ以外に人が来ることは無い」

「というか面接ならさっきの家でもできるだろ…っておい!」

 ルークはいきなり背中を押され、否応なしに嘆きの鐘塔の中に足を踏み入れる。

 扉が閉まった後、がちゃん、と鉄の音が講堂内に響く。

 …錠が再び掛けられた音だ。

「は?」

 ハーディは扉の向こうから聞こえる大声で話しかけてきた。

「お前にはこれからワシの息子と戦ってもらう!勝てればこの試験は合格だ!」

「そういうの、実技試験って言うんだよ!!」

 ルークは無理やり置かれた状況を嫌々飲み込み、辺りを見回す。

 周囲にはいくつも並べられた長椅子に、極彩色の硝子の光が差し込んでいる。

 硝子の越しに、うっすらと満月が透けて浮き出ている。

 ルークはモーガンの教えを思い出す。

『よく耳を澄まし、相手の出方をいち早く察知することが大事だ』

 床に伏せて耳を当てるが、入ってくるのは隙間風の音だけ。

 虫の音一つすら聞こえない。

「この階には誰もいないか…」


 奥の祭壇にある立てかけられた棺桶の蓋が落ちる。

「…!」

 ルークはすばやく剣を引き抜き、すっと構える。

 開いた棺桶には、かつて人だった骨の姿が綺麗に納められているだけだった。

「生きた人間…じゃあなさそうだな」


 ルークはホッとした様子で剣を鞘に戻す。

 階段を上ろうしたところで疑問がよぎる。

「この町で土葬なんて珍しいよな…」

 領にもよるが殆どの町では不死者アンデッド対策が施されている。

 死体が残らぬよう火葬する取り決まりだ。

 宗教に熱心な町でもない限り、土葬を望む家系はそうはいないはずだ。

 物珍しさが興味を引き、なんとなくルークは後ろを振り返る。

 

 目に映ったのは…二本の足で真後ろに立つ人骨。

 音もなく忍び寄ったそれは剣を握り締め、今にもルークに斬りかかろうとしていた。


「…死者の弔い方、聞いとけばよかった」

 ルークは口元を歪め苦笑した。

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