短編で地元を旅しよう
戸松秋茄子
開かずの踏切
開かずの踏切というものがある。複線、複々線と線路が連なり、駅にも近い場合、遮断機が下りたまま何十分と待たされることがある。
たとえば、東淀川駅前の踏切がそうだ。駅を挟んだ二つの踏切、南宮原踏切と北宮原踏切は最長で一時間弱もの待ち時間がある。JR西日本管内では堂々のワンツーフィニッシュだ。遮断機の脇には見張り小屋があり、作業員が踏切の操作をする姿が見られる。
ある暮秋に友人を訪ねた折、わたしはその踏切の真ん中で立ち往生することになった。
大阪の友人を訪ねるのは十年ぶりのことだった。記憶を頼りに、新大阪駅で降り、東口から出たのが土曜の午後二時。線路に沿って北上し、友人の家を探した。中層マンションの一室だ。マンションの名前は覚えていなかった。見ればすぐに思い出すと思ったが、それが誤算だった。
JRの沿線は、河合塾のビルと公園を通り過ぎると、団地とマンションが建ち並ぶ住宅街の趣を見せはじめた。田舎住まいのわたしにはどれも同じに見えてしまう。どれが友人のマンションと言われても納得してしまいそうだった。
貸しガレージが並ぶ線路沿いを歩いていると、ほどなくして東淀川駅に出た。島式二面ホームの地上駅。新大阪駅から一キロと距離がない。新大阪駅が完成したとき取り壊される予定だったが、地元住民の強い要望によって存続することになったという。尤も、当時のわたしは、そんな事情も知らず、さすが都会は駅と駅の距離が近いものだと感嘆したものだった。
しかし、困ったことになった。十年前は友人の案内で新大阪駅から彼の自宅まで歩いた記憶があった。そう時間はかからなかったはずだ。引き返した方がいいかもしれない。あるいは線路の向こうに渡ってみるべきだろうか。そんなことを考えつつ、駅前のたこ焼き屋で十二個入りのパックを買った。会計をすませると、ちょうど踏切の遮断機が上がったところだったので、特に考えもなく渡った。それが北宮原第一踏切だった。
北宮原踏切は、第一、第二踏切を合わせて八本もの線路が連なる踏切だ。第一踏切は三本、第二踏切は五本。両踏切の遮断機が下りた場合、中間地点は陸の孤島と化す。車が止まるには幅が狭く、渡ってる途中で遮断機が下り始めた場合、止まらずに突き進んでくださいという豪快な注意書きもある。
もちろん、当時のわたしはそんなことを知る由もない。目の前で遮断機が上がったので、それに誘われるようにして中間地点まで渡っただけだ。その直後にまた、背後で警報機の音が鳴りはじめ、遮断機が下りた。前方の警報器では矢印が両方とも灯っている。長くなりそうだな、なんてのんきなことを考えたものだ。長い、どころではない。第二踏切の待ち時間は最長で四〇分にも及ぶのだ。
馬鹿だね、お前、と友人にはあきれられたものだ。聞けば、東淀川駅の構内に歩行者用の地下道があるらしい。それを渡れば踏切を待つ必要はなかったということだ。普通なら、見張り小屋の作業員が教えてくれるらしいが、うっかり中間まで渡ってしまったがために身動きが取れなくなってしまった。もっと早く連絡しろよ、と電話越しに言う友人。ついでに、マンションの住所を教えてくれた。どうやら線路を渡る必要はなかったらしい。
電話を切っても、遮断機はまだ下りたままだった。さっきから何本も電車が通ったというのに矢印は両方とも灯ったままだった。かと思えば、一分近く待っても電車が来ないこともある。地元のような田舎ならこっそり遮断機をまたいでいたかもしれまいが、いかんせん作業員の目がある。大人しく待つしかなさそうだ。そんなことを考えながら、たこ焼きの蓋を開ける。このまま待っていては冷めてしまいそうだった。
中間地点にはわたし以外誰もいなかった。踏切を挟んだ向かいには、自転車に乗った人影がいくつかあるが、そのうちいくつかは、待ちかねたようにその場を去ってしまった。友人によると、しばらく進んだところにトンネルがあるらしい。そちらを使うのだろう。このまま踏切が開かなかったら、と不意に思った。見上げれば、いまにも泣き出しそうな空模様。傘の持ち合わせはない。来週にはもう十二月だ。夜は冷えるだろう。終電までに凍死しなければいいが。
けっきょく、わたしはたこ焼きを全部食べ切ってしまった。十五分は待ったと思う。第二踏切の方が先に空いたので、そのまま渡り、駅構内の地下道で引き返した。地下道の入り口は、改札のすぐ脇にあった。改札からホームにつながる地下道を柵で仕切っただけのもので、人とすれ違うのがやっとの幅だ。力士は地上で踏切が開くのを待つしかないだろう。
あの踏切、もうすぐなくなるんだぜ、と友人は言った。駅が橋上化するらしい。それに伴って歩行者用の自由通路が設けられるのだそうだ。今度、彼を訪ねるときはその通路を渡ることになるかもしれない。そう言うと、おいおい、また迷うつもりかと苦笑された。
踏切の新規設置基準はかなり厳格なものらしい。今後、この国から踏切が減ることはあっても増えることはない、ということのようだ。地元駅構内の踏切を渡りながら、そんなことを思い出す。街から警報機の音が消えたら、それはそれでさびしいものかもしれない。
短編で地元を旅しよう 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます