02_お届け物と顔なじみの技師

「ウノさん、頼まれてたもの持ってきたよ」


「コルくんありがとう!」


 お店のドアを開けたのは服装や身に着けた工具から技師と思しき青年だった。彼は布を被せた籠をウノに手渡した。籠は珍しい自然素材で出来ている。受け取って布をめくったウノは笑顔になり、それから少し笑顔を抑えた。


「このハーブ、とっても珍しいものだよね?」


「偶然レジットおじさんが持っててさ、機械修理のお礼に貰えたんだ」


「わぁ……ありがとうありがとう」


 レジットおじさんのことはウノも知っている。人が良くて多趣味、ハーブティーにも拘りを持っている。コルと呼ばれた青年が技師としての仕事報酬の代わりに珍しいハーブを受け取ったのなら、いま“マイナス”になっているのは彼だが、


「いいって。中の機械もしばらく診てないから、診ていこうか?」


「……お願いします!」


「それじゃあ、ウノさんスペシャルを一つ!」


「かしこまりました!」


「お店の人モード……?」


「えへへ、なんとなく!」


 そんな損得勘定で二人は動いていないのだ。もちろん二人の間で貸し借りは何度もあるけれど、どちらがどれだけなんて数え方はしない。形の無いものを受け取ったことだってある。ともすれば遠い昔から。


「賑わってるねー」


「おかげさまでー」


 ウノの喫茶店では今日も様々な色合いの人々が穏やかな時間を過ごしている。コルはざっと店内を見渡して、定位置の席が空いていることを確認した。ウノがコルの後から嬉しそうについていく。

 カウンター席の一番端の椅子を一つ借りて肩掛けにしていた鞄を置くと、中から万能オイルと拡大鏡を取り出した。お手製の多機能レンチは腰工具ホルダーの二番目位置。拡大鏡を首から下げてカウンターテーブルの小扉を開く。メインの抽出機と、それから焜炉周りの状態を診るとウノに伝えてコルは早速レンチを握った。ウノは安心した様子でそれを聞くと、彼の作業が終わる頃合いを予想してハーブティーとお菓子の準備に取り掛かった。


「ウノさん、紅茶をもう一杯頼む」


「はーい!」


 腕っぷしの強そうな男が良く通る声でウノの準備を中断するが、彼も大切なお客さん。ウノは手際よくティーポットと特製クッキーを三枚取って彼の元に向かう。途中小さな声で呼びかけたジャケット姿の男性の合図を聞き逃さず返事を返し、最初のオーダー主のテーブルに並んだいかにも知的に見えそうなグッズに微笑む。厚い表紙の本は前見た時よりもかなり読み進んでいるし、ノートには何かの設計図がラフに描いてあった。


「お待たせしましたー」


「ありがとう、今日も素敵だね」


「ゼレミテさんも相変わらず! 難しそうな本を読んでいるんですねー」


「がはは。俺には似合わないだろう! この本はとっかかりこそ難解だったが、始めてしまえばなんてことはない。ルシアスって技師の……」


 興味深そうな演技をしているのではなくウノは誰の話も真摯に聞く。絶妙なタイミングで「また続きを聞かせてくださいね」と次に紳士が待っていることをやんわり示して笑顔で席を離れる。忙しそうに見えても嫌そうには見えないし、本心楽しんでいるのだ。彼女の気配りや笑顔人柄に触れて常連客がひとりまたひとりと増えていく。お絵かきに飽きた少女が途中でウノのエプロンを掴んで止めたの見て、紅茶を待つ紳士がアイコンタクトを送る。



 ウノがカウンターに戻ると、コルは整備完了を伝えた。概ね問題なしとのことだ。ひとまずお礼を言って彼の分のハーブティーを淹れる。手に入った様々なハーブを使って経験と直感とを7対3でブレンドしてあるのが『ウノスペシャル』。


「一個交換したい部品があったんだけど、今持ってないからまた来た時に取り替えるね。まあまだ全然問題無く動くから気にしないで」


「分かった、コルくんのお店が忙しかったらそっち優先だよ!」


「はーい。まあ今は大きな仕事を持っていないから、近いうちに」


 コルのお店は物作りや機械修理一般を請け負ういわゆる“工房”だ。彼は若いながらも一人前の技師として働いている。この時代の技師(技術師、技術屋)たちは技量がそのまま舞い込む仕事の量に繋がるが、大抵どこかの組織に属して何かの意図に沿った創造に従事する。窮屈と感じる部分もあるだろう、しかし報酬も地位も保証されるのだからそちらを選ぶ技師は多かった。その中でコルの工房は完全に無所属を貫いている。


「インデちゃんも磨いておいたよ」


「ありがとう、きっと喜んでる!」


 インデちゃんとはウノの喫茶店にずっと昔からある金属製の置物のことだ。1メートルくらいの高さに切った太い円柱の先端を丸く半球にしたような形で、(昔からあるにしては)繊細な彫刻が施されている。機能は無くただの置物だが、ウノが随分と気に入っている理由がコルにも分かる気がしていた。見ていてなんとなく安心するのだ。絵画や装飾品だって機能を買われるのではない、想起される特別な感情や思い出に価値がある。


「さて、それじゃあ一息」


「ごゆっくりー」


 万能オイルを扱った手を洗ってからやっと椅子に座るコル。ちょうど彼が自然にカップを取る位置にウノスペシャルが置かれる。シンプルながら飽きのこない特性クッキーが三枚、カップとおそろいの緑差し色のお皿に乗って寄り添った。

 半透明の丸い水面を眺めていると、会話を楽しむ貴婦人たちの声が少しずつ遠くなり、二つ隣のカウンター席で女性が走らせるペンの音と時折鳴る金属食器の音が残り。やがて、それらも溶けていく。



「……ん?」


「何やら外が騒がしいね。……このセリフちょっとかっこいいね!」


 コルのハーブティが半分になった頃、二人とも店の外に注意が向いた。窓際席の客も何人か外を気にしている。すると様子を見ようと思ったのかお店のドアを開けて真っ先に外に出た女の子が一人。この小さな町の小さな通りで喧嘩なんて滅多に無いはずだが、誰かが大声を出しているようだ。それから微かに……


「ちょっと見てくるよ」


 乗り物の音、機械の声。コルには見当が付いていた。肩掛け鞄を掴んで店の外へ。

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