嫌な予感
「どうしたの顔色よくないよ」伊刈の浮かない顔を大西敦子が覗き込んだ。
「なんでもない」
「なんでもなくないって顔に出てるよ。さっきから携帯ばっか見てるけど誰かの電話待ってんの」
「いや」伊刈は携帯をテーブルに放り出して畳に寝そべった。イグサにしみこんだ潮の臭いと大西の化粧品の香りが鼻をなぶった。
「ワイン飲む?」
「ビールがいいかな」
「まだあると思うよ」大西は立ち上がって冷蔵庫から伊刈が買い置きしたツボルクの缶と一緒に中国産のポークジャーキーを出した。見た目がとろろ昆布みたいなジャーキーは伊刈のお気に入りだった。ポンとリングプルがはじける音がしたとたん伊刈は目が覚めたように起き上がり大西を真顔で見つめた。
「僕がここにいることたぶんヤクザにばれてるな」
「ふうんそう」大西は関心なさそうだった。「ばれてるとどうなるの」
「脅かされるかも」
「気にしないよ」
「僕が気にする。それからこの携帯の番号もばれてる」
「なかなかやるじゃないの」
「気味が悪くないか。いきなりヤクザが携帯にかけてくるって」
「迷惑メールと同じだって思えば」
「ちょっと違うだろう」
「そんなことで落ち込んでんならちょっと見損なった」
「なんで」
「だって危ないのは承知だって言ってたでしょう。死ぬ気じゃないとこの仕事はムリだって。それが脅かされたわけでもないのにもうびびってる」
「僕はかまわないけど敦子になにかあると困る」
「それはあたしの問題よ。気にしないで。最悪どうなんの。拉致されて売られんの。それとも輪姦されんの。そういうこと普通に起こってる国って世界には珍しくないけど」
「それはないと思うけど」
「半端な仕事するから危ないのよ。あたしのモトカレもそう」
「海で死んだ准教授か」
「半端だから死ぬのよ。死ぬやつは所詮その程度の器量なのよ」
「まあそうかもな」大西の剣幕に押されて伊刈は身を縮めた。強がっていてもまだモトカレの死を総括できていないのだと思った。
「脅かすやつはきっちりやっつけてよね。半端な仕事したらあたしが許さないからね」
「わかったよ」ふっきれたように伊刈はツボルクの缶をつかんだ。
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