第6話 おかめと暗雲

 それにしてもこれまでの面接で何がいけなかったのか分からない。相性だろうか。縁がなかったということだろうか。

 面接のマナーはできていると思う。会社内で会った社員の人へ挨拶もしているし、立ち居振る舞いは就活ガイダンスで教わって、ある程度身についているから落とされるほどの不審な行動はしていないはずだ。言葉遣いも気を付けているし、話す姿勢にも気を配っているし、お辞儀だってとても素晴らしく綺麗ではないがきちんとしているつもりだ。話しの内容だろうか。周りの人と同じような構成で話しているし、話題も考えているし、そこまで悪い出来のようには思えない。見た目だって汚いと思われる格好はしていない。

 そもそも企業側はどんな人を欲しがっているんだ? コミュニケーション能力か、個性か、志望熱意か。志望熱意などどうやって伝えるんだ。働きたいと百回ほど言えば伝わるのか、違うだろう。

 どうしてテストのように採点ができないんだ。面接はテストではないのか。間違っていたところがあれば、復習する。小学校からこれまではそうやって来たのに。学生と社会人は違うということは分かっていてもそう考えてしまう。間違ってはいないにしても、減点されたところがあるのは確かなのに。教えてもらえなければ直しようがない。勝手に学ぶこともあるだろうが、分からないことはいくら頑張っても分からないのだ。

 しかし、仕事にしたって間違いを指摘されなければ直しようがないのではないか?ダメだと言うだけで、どこがダメなのかは言わず、そんなことも分からないのかと言う上司だったら……云々。

 ああ、理不尽だな。

 考えごとにふけっていたら、いつの間にか湯船がぬるくなっていた。時計を見ると既に三十分以上経過していた。慌てて湯船から出た。お風呂というのは集中して思考を巡らすのに向いているようだった。


 週に二日はゼミがあるため大学へ行っている。

 大学へ行って皆と話をすれば、否が応でも就活の話題が出る。まだ同じ学科で内定を貰った人は聞いてないが、一次選考や二次選考を通過した人はいる。自分は、一次さえも落ちているのにと羨ましく思う。

 本当に何がいけないんだろう。少し焦りを感じる。

 ゼミで皆と顔を合わすが、どことなく空気が重かった。四月中はまだ今まで通りの空気だったが、五月になってから次第に重くなっているようだった。笑顔が絶えない人も、楽しく笑いながらもやや引きつった笑顔をしていた。面接の内容がどんなもので、上手く答えられなかったとか、面接のあとに飲み誘われたとか、落ちたとか、就活の話題が多かった。楽しい普段の会話が普段通りにいかなくなり、自然と就活の話をせざるをえない状況になっていた。しかし皆はなるべく明るく就活の話をして、嫌な就活を乗り越えようと努めていた。就活とは、こういうものなのだろう。

 いつでも気を張り詰めている。張り詰めていなければいけないわけではないが、周りが、状況が、自分が、自分をそうさせる。

 新卒就職サイトで企業を探し会社説明会に申し込む。その説明会に行く。大学へ行く。説明会が大学の授業と重なれば就活を優先し大学を休み説明会へ行く。面接に行く。土日はアルバイトに行く。空き時間があれば志望動機を幾度も考え直し、就職サイトで企業を漁った。就活を軸にして一週間があっという間に過ぎていった。

 就活漬けの日々を送る中、今日は朝から大学に行く。朝だというのに早くも夏本番のような強い陽が差して、歩いていると少し汗ばんでしまう。

 午前中のゼミを早めに抜けて、いつもより早い昼食を済ませた。会社説明会に行くためだ。ザ就活生というスーツ姿で学食を食べるのは少し気まずかった。そのためか学食の味もそう美味しいとはいえなかった。

 電車に揺られ駅から徒歩五分もかからない、目的のビルまでやって来た。角地に聳え立つ立派なビルだった。

 高層ビルか。ホームページで見たイメージと少し違う。ビルはビルでも、もっと小さなビルだと思っていた。無理をして立派なビルに会社を設けたという感じがする。

 そう思いながらビルの中にある中小企業の会社を目指してエレベーターに乗り込んだ。目的階に着き、会社を見つけ、ドアが開いていたので中を窺う。既に一人来ていた。入口すぐに置かれた椅子に座って待つように、と先に来ていた女性が教えてくれた。どうやら説明会に来たのは二人だけらしい。時間になると社員の人が来て部屋に案内し、にこっと笑顔で挨拶をした。

 笑顔が、怖い。

 社員の女性の顔は、目はへの字に、口角は高すぎるくらい高く上がり、おかめを強調したかのようだった。明らかに不自然な笑顔だった。

 おかめのような笑顔を時々見せながら説明をしていく。パンフレットや資料を見ながら話を聞く。適度に頷き、メモを取る。なるべく彼女の顔に反応していびつな顔を浮かべないように、真面目な顔つきをつくりながら。

 説明は上の空で聞いていたが、もう一人の人が相手をしていてくれるので支障はなかった。自分一人での説明でなくて良かったとほっとし、心の中で彼女に感謝した。

 彼女は積極的におかめの社員と会話をしている。おかめのような笑顔に怯えることなく透き通った目で一途に向き合っている。

 何だかとても申し訳なくなった。自分は既にこの会社を受ける気はなく、場違いの人間なのだ。いっそ帰ってしまった方が良いとも思ったが、話の腰を折るようでそれはできない。だから真面目に聞いていますよ、というふりをして悪い印象を与えることを避け、会話の邪魔にならないように黙って椅子に座っていた。

 説明もろくに聞かず何を考えていたかといえば、どうして彼女はこんな笑顔をしなければならないのか、だった。どうしても自然な笑顔とは思えない。おかめは面だから良いのであって表情筋で表現すべきものではない。しかもあの笑顔は詐欺師が人を騙すような顔に見える。否、詐欺師だってこんな笑顔はつくらないだろう、怪しまれる。

 やはりブラック企業なのか。自分の笑顔が自然な笑顔であるかないかも判断できないくらい疲れているのか。それとも上司から笑顔での対応を余儀なくされていて仕方なくおかめ顔をつくっているのか。何にしてもこの会社はダメだ。こんな笑顔をする、あるいはさせられるような人がいるこの会社は自分には向いていない。説明を聞いていてもそう思った。ビルを見たときの第一印象は正しかったということか。

 説明や質問、アンケートを済ませると面接を受けるか訊ねられた。もちろんおかめに怯えることなく話していた彼女は受けると答え、自分は辞退した。

 会社説明会に行っても働きたいと思えるような企業はあまりない。逆に今回のように会社説明会に行って、この会社はやめようと思うことが多々ある。

 それにしても、なかなか内定が貰えない。これまでに四社受けたが全て落ちた。数ある企業から働いても良いと思える企業しか選ばず、その狭い範囲でさらに選り好みをするのだから内定が貰えないのも仕方ないといえば仕方ないのだろう。だが、中小企業ばかりで落ち続けるというのも……。本当に売り手なのだろうか。売り手買い手などというのは関係ないと分かっていながらも、売り手だと言われていれば多少は信じたくなるものだ。


 第一志望の会社と似ていたため選んだ中小企業の会社説明会に行く。

 好きな雰囲気。高層ビルじゃない。会社は小さな建物だった。

 建物に入ると、腰かけて待つように言われた。既に二人待っていた。会社の規模からしてそんなに人は多くないだろうと思っていると、次々に人が来た。予定時刻間近になると別の部屋に案内された。二つの長テーブルに向かい合わせで腰かけていく。配られていた資料に目を通していると、慌てた様子で二人入ってきた。合計で八人。

 人の多さに驚いた。こんな小さな会社に八人も集まるのかと。しかも会社説明会は既に二回ほど行われているはず。会社説明会を聞くことイコール面接を受けること、になっているような気がする今日の就活ではこんな小さな会社では集まりすぎていると感じた。

 予定時刻通りに開始された説明は円滑に進み、聞き終えて思った。この会社で働きたいか、と聞かれれば働きたいが少し求めているものと違う気がした。だが気持ちが働きたいという大きな枠に辛うじてではあるが入っているので、面接を受けようと思った。

 質問はないかという質問が終わるとアンケートを書くように言われた。アンケートには志望する業界を第三位まで書く欄があった。

 すらすらと第三位まで書く。

 なぜか、他の人がどの業界を志望しているのか気になった。もちろん概ね自分と同じだろうと思いながら、ちらっと向かいに座る男性の用紙を見た。

 どうしてそんな興味を抱いたのか分からない。

 アンケートの文字数が多いか少ないか、周りと同じくらいの量を書くために何気なく他人の用紙を見ることはやっていた(断じてテストではしていない)。だから別にさらっと盗み見ること自体に後悔はない。そんな自分は可笑しいだろうか? だが周囲と同じでありたいのだ。一人だけ文字数が少なすぎて目に留まるなんてことは嫌なのだ。いつも皆と同じようにすることを求められて来て、皆と同じようになっていることが普通として育てられたのだから。

 紙の真ん中あたりに目をやる。

 金融

 第一志望の業界欄に確かにそう書いてあった。

 金融? この会社の業界は金融ではない。しかも、第二位第三位もこの会社の業界とは異なることが書いてあった。

 銀行や証券会社に就職したいように思えてならない。就活は本音と建て前だと思っていたが本音が過ぎる。全くもって採用したいと思ってもらえるとは思えない。そこは建て前を書くべきで、何でも正直であれば良いというものではない。馬鹿正直にも程がある。

 はあ、と心の中で深い溜息を吐いた。

 最後に面接の日時を聞かれ、アンケートに記入済みなのにと思いながら答えた。皆面接を受けるようだ。金融と馬鹿正直に書いた彼も、だった。

 あの彼は落とされるだろうな、と思いながら家路についた。

 パソコンを眺めながら、ぼーっとしていた。

 昨日のことを思い出す。

 どうして? なぜ彼は金融と書いたのか。あのときはそんな人もいると思った。馬鹿正直な人だと。でも、そもそもなぜあの会社説明会に来たんだ? いったい全体分からない。

 考えても正解が分からないことを考えながら新卒就職サイトを眺める。働きたいと思える会社が見つからず憂鬱な気持ちになっていくようだった。何も手につかない。

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