第5話 第一志望

 もうそろそろ次の面接が近いため履歴書を書かなければいけない。第一志望の会社の履歴書なので、絶対に採用して欲しい、働きたい、一生貴社に尽くします、そんな思いが伝わらないとは思えなくもない内容を絶対に採用して欲しい、働きたい、一生御社に尽くします、という思いで書き上げた。

 面接の前日。明日はいよいよ第一志望の面接だ、と張り切る。へまをしないように面接の練習をしておく。入室は三回ノック、第一印象が肝心だから声も元気にハキハキと挨拶。あと、なるべく笑顔で。面接では何を聞かれるだろう。前回のようなものだろうか。でも、もう一度予測できる範囲の質問の答えを考え直して覚えておこう。スーツや持ち物も確認して明日の準備は万全だ。持ち物と言っても筆記用具やファイルくらいで、履歴書以外は特に忘れもて支障がないと思われるものばかりだ。

 翌日、第一志望の企業の一次選考。

 絶対に採用して欲しい、働きたい、一生御社に尽くします、絶対に! そう改めて意気込んで家を出た。

 面接開始十五分前に建物に到着した。予定通り。なるべく笑顔を心掛けて小さすぎない声で面接に来た旨を伝えると、入り口近くの椅子で待つように言われた。すぐに一人やって来た。数分後にもう一人来た。しばらく待っていると社員の人が来て履歴書を預かりますと言うので手渡した。そして部屋に案内され、待つように言われた。入室の練習の成果を見せることはできなかったが、面接官とのファーストコンタクトで良い印象を与えられるように挨拶を頑張ろう、と気を引き締めて面接開始時刻を待つ。

 予定時刻を十分ほど過ぎた、が、まだ面接は始まらない。他の二人と遅れていますねなどと話していると、やっと面接官が二人入ってきた。ドアが開いた途端に三人は立ち上り「よろしくお願いいたします」とお辞儀をした。

 まずは軽く自己紹介をした。

 さて、どんな質問が来るのか、と待ち構える。顔つきは固すぎない程度の真剣な表情、姿勢はしっかりと背筋を伸ばしている。

「会社説明会についてどうだったか、いくつか質問をしてください」

 右側の面接官が言った。

 会社説明会についての質問? どういうことだ? 質問の意図が全く分からない。しかも質問があるかないかではなく、強制的にいくつか質問をしてください、とは。予想外だった。

 質問、ない。会社説明会で聞きたいことは既に聞いてしまった。何を聞けばいい? 「何もないです」とは言い難いし。せめて何か言わなくてはいけない、考えなければ。そうだ、まずは説明会の感想を述べよう。

 アンケートに書いた内容を思い出しながら、分かりやすかったとか、企業理念に共感できるとか、そんなようなことを箇条書きの文章にならないように注意して述べた。

 言い終えて、焦る。まだ質問が思い浮かばないのだ。

 何か言わないと、何か質問すること、何だ、何だ、何だ。

「質問は、そうですね……」

 黙っているわけにはいかず、そう言って、十秒ほど沈黙してしまった。

 こういう時に限って記憶が走馬灯のように駆けてはくれない。説明会の記憶を断片的に思い起こし質問になりそうな何かを探した。早くしないと、どのくらい経過した、思い出せ、何か質問、小さな疑問でいいから。それらが頭を埋め尽くした。そして口が動いた。

「御社の社長は、普段からお洒落なシャツを着ているのですか?」

 やっと出てきた質問を困惑の色を隠さずに訊ねた。隠さなくても十二分に困惑しているのは伝わっていたと思うが。

 別におだてたわけではない。この質問ならば人と異なった視点を持っている、細かいところも見ているということを多少アピールできるのではと考えたからだ。この業界では顧客の趣味嗜好を把握する力が欠かせないだろうと、人を観察する目が必要だろうと考えていたからだ。

 残ながら面接官には伝わらなかった。意図が伝わらなければ意味がないというのに。面接官の態度は、ふうん、といった具合だった。

 そして他にはないかと聞くので、

「すみません。他には聞きたいことが特に思い当たりません。会社説明会で聞いてしまったので」と質問はないと言わざるをえなかった。

 考える時間を貰ったところで質問は出そうにない。何より素直に答える方が良いだろうと考えた結果なのだから仕方がない。

 それにしても、まさか出鼻を挫くとは思わなかった。こんなにも焦るとは、こんなにも愚鈍だとは。最悪の事態が起こり掌は汗ばんでいる。赤面していないだろうか? そうだったら恥ずかしい。心配になって、また焦り、赤面してしまったかもしれない。でもこれが自分なのだ。本来の自分を見せたといえば見せたのだ。長所ではなく短所だったのが残念だが。

 機転を利かせて、やりがいは何ですかとありきたりのことでも聞けば良かったのではないかと思っていたら、質問が次の人に移っていた。この悩ませる質問に他の人は何を聞くのだろうかと気になり、隣の男性の言葉を聞き逃すまいと耳に意識を集中させる。

「仕事のノルマはありますか?」

 そう言ったのを聞き愕然とした。目を大きく見開くところだった。

 そんなことを聞くのか? ノルマがあればこなすだけではないのか? それにある程度のノルマがあるのが普通だろう。ないとしても自分でノルマを課して仕事をすればいいのでは、と考えていた自分には考えられない質問だった。

 面接官が答える。他にはありますかと聞くので、また彼が質問する。

「勤務地は選べるのですか?」

 はあ? 心の中ではこれでもかというくらい口を開けている。説明会で聞いていなかったのか? それよりも、配られた紙に要相談と書いてあったのを読んでいないのか。呆れた。そんなことを質問すれば話を聞いていない人だと思われても仕方がない。そんな人を採用するとは到底思えない。この質問は避けるべきだと心の中でツッコんだ。

 面接官が、書いてあったと思うが、と言いながら答える。

 しかし、質問をしてくださいと強制されているから同じ質問でも良かったのか? そうだとしてもわざわざ重複させる意味は何だ? そもそも質問の仕方が悪いように思えて仕方がない。会社説明会の感想と会社説明会について(進行の方法とか説明の仕方とか)の質問なのか、会社説明会の感想と何でもいいから質問なのか、どっちだ? でも前者の場合、面接での質問としては可笑しいだろう。となると、後者だが。説明会で質問する時間は設けられていたから、質問したいことはもうないはずだし……質問の有無を聞くのが普通だろう。

 ダメだ。詮索したところで埒が明かない。

 こんな質問は後にも先にも初めてだった。

 正解の分からない考えをしているうちに、三番目の人が答え終わった。次に会社説明会で印象に残っている人を聞かれた。説明会ではきちんと話を聞いていたし名前も覚えている。自信満々に答えた。先の質問と比べると相当答えやすく、平常心を取り戻すことに成功した。

 質問は次の人に移った。手が震え、俯きながら隣の彼は答えていた。極度の緊張に襲われているのが見て取れた。

 二回目の面接ということもあり、自分や周りの人を観察する余裕を持ち合わせていた。最初の質問には困惑したが答えるときの姿勢は良かった、はずだ。緊張で手が震えることはなかったし、視線も面接官それぞれに向けたし、それはそれで堂々と(?)できていた。

 面接官は二十代後半くらいと四十代くらいの女性だった。若い方の態度はやや横柄だった。話をしていても、あっそうといった態度でよく下を向いていたし、脚を綺麗に閉じておくことができないようで姿勢が悪かった。もう一人の方は姿勢が良く真摯な態度で話を聞いてくれていた。

 大学で学んでいることは何かと聞くような面接らしい質問はなく、時間が過ぎた。面接というよりもたわいもない会話を楽しんだ感じだった。最後に何か質問はないか聞かれたが誰も質問はしなかった。ないかと聞かれればあった。最初の質問の意図は何ですかと質問したかった。できるはずがない。

 二次選考は四日後なので、一次選考通過ならば三日後までに連絡しますと伝えられ、面接は終わった。礼儀正しく部屋から退出し、建物を出た。

 駅に向かいながら、誰かが言っていた「楽しい面接は落ちる。逆にダメだと思った面接は受かる」という言葉を思い出していた。嫌な予感がした。楽しい……全体としてはそうだったといえる。しかし、落ちたとは限らないのだ。望みを捨てずに待とうと自分に言い聞かせる。

 翌日、ゼミがあるため大学に行く。昨日、面接を受けたこと話をして質問がわかりにくかったなどの愚痴をこぼした。友達も面接でやらかしてしまったことを話して、そんなものだよねと慰め合った。就活の話題を避けるように、課題の話をして気を紛らわせた。ゼミの間もずっと携帯を気にしていた。

 二日目。どこにも行く予定がなかったため家で過ごす。就職サイトを見て会社を探す。気晴らしにゲームをしてみる。連絡を待つ。一次を通過するかもしれないので、面接の予習をする。心の中で九割は落ちたと思っているが、まだ一割は一次を通過したと思い諦めていない。そのたったの一割だけで次の面接の予習をするのは何とも苦しかった。

 三日目になっても連絡は来なかった。サイレントお祈り、だ。

 三日目の午前中までは二日目と同様に過ごしていたがやはり苦しかった。明日、面接があるのだから、午後になって一次通過の連絡が来ることはないだろうからと諦めた。正しい判断だった。僅かな希望には縋るものではない。

 なぜ落ちたのかを考えてしまう。どこがいけなかったのか? 

 それにしても面接で判断したのだろうか。何の判断にもなりそうにない質問ばかりのあの面接で。確かに、最初にやらかしてしまったが……他の質問にはスムーズに答えられたし、立ち居振る舞いで何か失敗したとも思えないし、それくらいしか思い浮かばない。それとも履歴書か。志望動機は使いまわしたりせず、あの会社の志望動機をきちんと考えて書いた。自己PRがダメだったのか。妥協せずに取り組む人は要らないということか。しかし、やはり、会社説明会のときの、あの、社長の一言で既に決まっていたんじゃないか。

 また答えのないことを考える。

 自分としては酷く落ち込みながら、三日ほど過ごしていた。アルバイトへ行く、大学へ行く。落ち込んでいると分かれば相手は多少気を使ってしまうだろうと思い、軽く落ち込んでいる風を装った。感情が顔に出やすいタイプではないのも働いて、酷く落ち込んでいることを誰にも気づかれずに過ごすことができた。時間が経てば自然と元気が出るはずのものなので、一人大人しく苦しみながら時間の経過を見守った。

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