第4話 こいか?

 合同企業説明会から一週間ほど過ぎた日。唯一面接を受けてみようと思った会社の説明会に行く。

 この業界では名の知れた企業なだけあって志望する人も多い。同じ大学の人も数人受けるようだった。駅からの道のりで何人も同じような人が同じ方向に進んでいく。その中には自分もいた。道順を知らない人でも道に迷うことがないくらいだった。喧噪から離れた五階建てほどのビルに吸い込まれていった。

 説明の内容は基本的に合同企業説明会のときと同じだった。書類選考があるため、苦労して書き上げた履歴書を翌日に郵送した。

 数日後、第一志望の企業の会社説明会に行く。

 中小企業であるこの会社は大きすぎない相応な佇まいをしていた。入口で説明会に来た旨を伝えると入ってすぐの部屋に案内された。中は思いのほか綺麗で自然のぬくもりが感じられる造りだった。

 働くなら先日のビルよりもこっちの方が断然好い。

 十五分ほど早めに着いたが既に三人来ていた。用意されていた手元の資料を見ているうちに四人やってきた。時間になりスライドを使った会社の説明が始まった。メモを取りながら、時には大きく頷いて説明を聞く。やはり思った通りだ。この会社で働きたい。話を聞けば聞くほどここで働ければ天職だと思った。採用されれば生涯全てを捧げるだろう。

 説明が終わると社長と社員それぞれと話ができる時間が設けられた。二つのグループに分けられて、まず、社員二人と話をした。聞きたいことを何でも聞いてと言って、明るく答えてくれる親しみやすい人たちだった。もちろん本音で何でも聞くというわけにはいかなかったが。時間となり、交代する。隣のグループからは笑い声が聞こえていた。

「決めた」と交代するときに社長が言った。しかも、あえてこちらまで聞こえるくらいの大きな声でだ。

 何を決めたのか? まさかね。だって、まだこっちの人とは話してもいないんだから。そんなわけない。心の中で頭を大きく左右に振る。決めたのが採用する人ではないことを祈った。それを無意識に落とし込んで、お洒落なシャツを着た社長との話しに集中した。

 真剣な表情で話を聞き、しばしば笑っているうちに楽しいおしゃべりの時間は過ぎた。

 最後にアンケートを書くように言われた。用紙の上半分はアンケート、その下には説明会の感想を書くという選考のためのテストがあった。説明会から選考は始まっている。

 時間をかけて書いていく。説明会で勉強になったこと、印象に残っている言葉、社員の人の話などをなるべく整理しながら書き進める。企業が注目して欲しいであろう言葉を入れ、社員の人の名前も漢字で書いておく。丁寧な字で読みやすい大きさの小さすぎない字で、感想欄を埋めていく。最後には貴社で働きたいという意思を示す文を書き、感謝の気持ちで締めた。ちらっと横を見ると、とても小さな字でみっちりと文字が書かれていた。もちろん内容は読めないし読む気もない。自分では長々と文章を書いた方だと思ったが、そうではなかったらしい。だが長ければ良いわけではない。

 長すぎない自分の文章に一通り目を通して、席を立ち、挨拶をして、建物を出た。

 帰り道、あの会社に就職できたら良いな、とほのぼの考えていた。信号待ちで立ち止まりふと見上げた空が曇っていることに気付くと、あの言葉が浮かんでほのぼのした考えは隠れてしまった。本当にあれで決まっていたら自分は落ちるんだ。面接を受けたところで採用される見込みはないんだ。こう思うとアンケートにもっとしっかりとした内容を書けば良かったと後悔した。しかし、あれ以上の文章は思いつかない。履歴書に苦労している人間が、一瞬で誰もが舌を巻き採用したくなるような文章が作れるわけがない。でも、まだ、何も決まったわけじゃない。そうだ、何も決まっていないんだ。面接だってしていない。可能性は零じゃないんだからと自分を励ました。晴れ間が見え隠れする曇り空の下、歩いて帰った。

 大学に行ったり会社説明会に行ったりアルバイトに行ったり、その合間に新卒就職サイトで企業を探す。そんなこんなの忙しいといえば忙しい日々を送っていた。

 そして初めての面接の日がやってきた。

 昨日、面接の入退室の練習をし、予想される質問とその答えを一通り覚えておいた。忘れ物もしていないし、朝刊も読んだし、準備は完璧だ。あとは緊張さえしなければ……。

 この会社は合同企業説明会で唯一面接を受けようと思った会社だ。書類選考は無事に通過し一次選考を受けることになったのだ。

 建物に着くと看板で案内がされていた。案内のままに進むと、待合になっている場所まで来た。社員の人に面接に来た旨を声や表情に気を配りながら伝えると、並べられた椅子で待つように言われた。少し来るのが早すぎたと思っていたが既に三人座っていた。

 予定時刻間近になった。社員の人が扉を開け出てきて、どうぞと言いうと、先頭の男性が慣れたようにスッと立ち上がった。これに素早く反応して立ち上がった。他の人もそんな感じだった。

 面接に慣れているような彼が扉の前で「失礼いたします」と一礼し部屋に入っていく。それに続いて二人入る。そして、自分の番。後ろの人は扉を閉めてあとに続いた。

 前の人の真似をするように椅子の左斜め前まで来た。「座ってください」と言われ「よろしくお願いいたします」とお辞儀をして、着席した。既に三十分ほど経った気分だった。

 面接官は三人の男性だった。面接官の質問に左の人から順に答えていく。まず大学名と名前を述べた。「よろしくお願いいたします」も忘れずに言った。

 質問は、大学ではどのようなことをしていますか、自己PRをしてください、などある程度予想通りだった。しかし初めての面接のせいで緊張し頭はほぼ真っ白な状態だった。 昨日の練習が水の泡になる。

 まず結論を述べて、そのあとに理由付けの体験談を話す。結論を述べるのは容易だったがそのあとが問題だった。おぼつかない記憶を呼び起こし、なるべく順序立てて話そうとしているうちに、今何を話していて次に何を話すのかを考えながら話していると次第に頭が追いつかなくなった。何とか筋の通った内容で話すことはできただろう。しかし顔の表情や話す速さ、面接官に視線を向けるなどはできたかどうか怪しい。話すだけで一杯々々だった。

 まさに百聞は一見に如かず、だ。面接の練習をいくらやったところで、実際に受けてみないと分からないことがあるものだ。面接の空気がどのようなものか、緊張の程度がどのくらいか、そのせいで普段通りに話すこともままならないとか。だが、これで未知だった面接をある程度把握できた。少し面接が怖くなくなった。

 基本的に最後にされる「質問はありませんか」という質問に最後の人が答えている。

 もうそろそろ面接が終わる、と思うとほっとして気が抜けそうになった。だがまだ面接中なため最後まで集中しなくては、とピシっと姿勢を正した。

「では、本日はこれで以上です。合格ならば電話で、不合格ならばメールで連絡します」

 面接官がそう言うと、周りの人が、

「本日はありがとうございました」とお辞儀をし始めた。

 慌てて声を出しお辞儀をする。

 忘れていたわけではない。断じて。タイミングがつかめていなかったのだ。しかし、危なかった。一人だけ浮くところだった。もう少し遅かったら完全に忘れていたと思われただろう。最後に危うくへまをするところだったと思うと、体感温度が三度ほど下がった。

 順に席を立って扉の前で振り返り「本日はありがとうございました」と丁寧にお辞儀をして退出した。

 扉が閉まり、ふうと息を吐きたかった、がまだ社内だ。面接は終わったが気は抜けない。ここで何かへまをしたら落とされる原因になる。しっかりしなくてはと気を引き締めた。

 出口を目指して廊下を歩いていると社員の人に会った。

「本日はありがとうございました」

 お辞儀をしながらハキハキと述べた。

「お疲れ様でした。では、メールでご連絡いたします」

 社員の人は面接を終えたばかりの自分たちに言った。

 メールで、連絡。つまり落ちたということか。否、まだそうと決まったわけじゃない。きちんと連絡が来るまでは望みを捨ててはいけない。そう信じなくては。でも、あの社員の人はメールで連絡すると言っていたし。否、でも、でも……。

 考えを否定し、それを否定し、また否定して、ぐるぐる考えながら建物を出て駅まで歩いていた。いくら否定しても頭にずっと浮かんでいた文字は不合格だった。

 そんなこんなで、初めての面接は終わった。

 着信がないまま四日が過ぎ、メールが届いた。

 先日はお忙しい中、面接にお越しいただきありがとうございました。云々。不本意な結果となり大変恐縮ではございますが、何卒ご了承いただければ幸いです。末筆ではございますが、貴殿の今後のますますのご活躍をお祈り申し上げます。

 お祈りメールだ。

 やはり、あの社員は口を滑らせたのだ。

 どうして不合格なんだ。一次選考で落ちるとは思ってもみなかった。

 そんなにもダメだっただろうか。少なくともあんなへまをする社員よりも自分は優れていると思った。もしかしてわざと? 嫌々忘れよう。それにしても、あの社員が採用されて自分が採用されないのはいったいどうして。初めての面接で緊張していたが酷い出来ではなかったと思う。そう頑張った方だ、なのに。だが面接慣れしていたような彼に比べれば劣っていたんだろう。そうだ仕方ない。

 そもそも、あんな社員を採用しているあの会社は人を見る目がないんだ。そうだ落ちて良かったんだ。下手に内定を貰ってへまをする人の下で働くことにならなくて良かった。ポジティブな考えが浮かび諦めがついた。

 それに第一志望の企業ではない。面接の予行演習になったと思えば良いのだ。

 翌日、大学へ行く。ゼミの友達に、先日受けた面接は落ちたと報告をしながら愚痴をこぼし、清々したと明るく普段通りの様子を見せた。一応気を使ってもらい最初の面接はそんなものだと慰められた。

 昼休みの廊下で、あの会社の面接を受けた人にたまたま会った。自分は落ちたことと例の社員の行いを報告した。相手も落ちたがあのようなことはなかったと言う。一次を通過したのは一人だけだったと聞いた。皆それぞれ就活を頑張っているようだった。

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