第3話 準備

 合同企業説明会でいくつかの企業をまわったが、面接を受けてみようと思えるところは一つだけだった。新卒就職サイトから会社説明会に申し込んでください、と言われたので帰りの電車の中で登録済みの新卒就職サイトから申し込んだ。

 新卒就職サイトは、夏休み前から行われるようになった就活ガイダンスの最初の頃に登録したのだ。就職サイトを運営する会社の人が大学まで足を運び就活の流れを説明して、最後にその場で就職サイトの登録手続きをさせられた。

 就活ガイダンスではグループワークの練習が行われたり、面接でのマナーを教えてもらったり、履歴書の書き方などを教えてもらった。

 履歴書と言えば、志望動機と自己PRを書くのが一般的だ。この二つが問題なのだ。

 志望動機、こちらの方はまだ書きやすい。簡潔にこの業界を選んだきかっけと、自分のこういう能力が貴社の強みである何とかに役に立てると思います、ということを書けば良いのだから。自分にどんな能力があるかは知らないが。

 自己PR、こっちが厄介だ。自分の長所を活かした体験談。求められるのはプロセス、何をしたのかではなく、どうこなしたのか、だ。就活ガイダンスで自己PRの書き方というものを教わったが一向に書ける気がしない。体験談など考えても見つからないし、長所を活かしたとなるとなおさらだった。

 長所? 何だ。まず長所を見つけないと。そういえば自己分析というものをやったな。自分の長所と短所を知るために自己分析のテストを就活ガイダンスで二回行った。簡単なものと時間のかかるものを。どちらでも行動が慎重だとか、真面目に取り組むだとかが書いてあった。いまいち長所として捉えることができない。慎重? ただ行動力がないだけじゃないのか。実際に大胆な行動をとる方ではない。

 平凡な一学生に何を書くことがあるんだろう。アルバイトでも特に活躍したことはないし、学生生活でも何か素晴らしい成績を収めたこともないし、スポーツもしていないし、他の面でも見つからない。ああ、普通だ。普通すぎて本当に書くことがない。

 書けることがないせいで、どんどん考えは脱線していく。

 なぜこんなことを書かせるんだろう。波乱万丈な大学生活でも期待しているのか?大学というのは武勇伝をつくるところなのか? 特に何もない普通すぎる自分の凡人さが忌々しい。

 はあ。大きな溜息が出る。

 企業側の偉い立場の人たちも書いてみればいいのに……実際に自分の長所を会社の仕事で活かせた経験を書いてみろ。きっと悩むだろうに、と思ったが歳をとっている分、自分よりも経験が豊富だろうし、上手く機転を利かせて話を盛ったりでっち上げたりして苦労しないかもしれないと思った。年の功には敵わない。

 はあ。また、溜息。

 履歴書はある程度の文章構成能力でも見ているのか。ならば作文でも書かせれば。それとも人間性を見るのか。こんな短い文章で? 何が伝わるんだろう。どのような人間か判断したいなら自己分析の結果を見せた方が早いだろうに。それに自己PRに書かれた人間の一面だけを見て判断するよりも、多面的に見るべきだろうし。ああ、自己PR……。

 横道に逸れた考えを軌道修正して考えても話題になりそうなことは出てこない。

 就活というのは誇張表現がいかに上手く出できるかが問われているのか? いかに平凡な出来事をいかに膨らますことができるか。そんな能力が社会では必要なのか?

 話を盛ることはしたくない。盛られた話などほぼ嘘といえる。そんなことはないと周囲が言っても自分にとっては嘘と同等だ。バレなければ良いとかそういう問題ではない。

 ああ、困った。もっと自分を過大評価してみれば何か話題が見つかるだろうか?

 だが自分を過大評価するのは苦手だった。

 すごいと褒められても素直に喜べない。昔からそうなのだ。自分よりもすごい人がいて自分はそれより少なくとも劣っている、いわゆる普通であって普通のことができて褒められるというのは、可笑しいのだ。普通のことは普通にこなせるのが普通なのだから。だから、すごいと言われても自分は劣っているのではないか、結局煽てられているだけだろうと感じる自分がいて、そんな自分を感じてしまうと素直に喜べないのだ。

 所詮自分はこれくらいの出来なのだ。


 案内役、案内役。

 世界が止まる。

 死んだ今に意識を戻すためにこの世のものである案内役を思い浮かべた。なかなか休憩するのは難しく、教わったコツが案内役を思い浮かべることだった。

 おやっという態度で案内役がこちらを窺う。

 生きていた時間を止めて少し考えたかった。

 そう、こんな人間だった。しっくりくる。

 死んだ今思うと何事にも真面目に取り組んで良くできる人だった。これは十分評価に値するだろう。だが、こんな人間だったのだ。自分を評価に値しない人間だと感じてしまうのだ。やはり、これが普通なのだと思ってしまうのだ。

 死んでも自分が否定できない。評価に値しないと思っている自分に「そんなことはないよ」とは言ってやれない。自分はこういう人間だったから、こう考えざるをえなかったのだと納得させられてしまう。どうしようもなかったのだと。これが人生を受け入れることなのだ。

「うん。確かに自分の記憶だ。こういうことなんですね」

「そういうこと」と案内役が軽く言う。


 履歴書に書くべきことを二時間ほど考えていたが行き詰ったと感じ、一旦止めた。しかし何をしていても必ず頭の片隅で考えていた。大学に行くまでの道のりも、朝昼晩のご飯の時も、テレビを見ている時も、ベッドに入って眠りにつくまでの間も、ふと思えば何を書くべきか考えていた。就活の呪いにでもかかったかのようだった。

 いくら考えても自己PRがなかなか進まないのでインターネットで検索する。

 自己PR 書き方

 上の方の検索結果のサイトを見てみる。就活ガイダンスで教わったものよりも詳しく書き方が載っていた。例文をいくつも読んだがアルバイトや部活、資格といった話題ばかりだった。そんな話題があればこんなにも悩まず、調べることはしてない。ダメだ、参考にならない。

 しかしどれも上手く言い替えたものだと思った。検定に三回目でようやく合格した例は継続する力が強みですと書いてあった。三回目でやっとかと思った。物は言いようだ。

 改めて平凡な大学生活から話題にできそうなことを考える。大学で……レポートを期限までには提出する、当たり前だ。計画的? うーん。学期末のテストではなるべく満点を取る? これも普通だろう満点を取るように心掛けるなんていうのは。あ、そういえば三年生のときにゼミで少し苦労した課題があったな。でも、これも話題にするには……。

 考えた挙句、ゼミの話にすることにした。強みは、妥協せずに取り組むこと、とした。

 その体験談をテンプレートに当てはめて、はい、自己PRの出来上がり。

 本当にこれで良いのだろうか? テンプレートに当てはめれば文章構成はほとんど皆同じだ。内容だって、秀逸な話でもない限り普通のことになってしまう。果たして普通で良いのか。個性がないような普通の人間である自分が普通で良いのかというのも可笑しな話だが。

 普通の自己PRで人間性、個性を読み取る企業側は素晴らしい読解能力を持っていると思うことにした。


 合同企業説明会の翌日、就職サイトを見て企業を探す。業界や勤務地などの条件を指定して検索する。会社名がたくさん表示され、スクロールしながら次から次へと目を通す。

 企業選びは、やはり働きたいと思えるところを選んだ。そして何より大学の専攻を活かせる分野だ。せっかく大学まで行っているのだから専攻を活かせる仕事をしたいのだ。何せ大学まで行かせてもらっているのだから。

 よく百社受けて数社から内定を貰うと聞くが、百社も働きたいと思える企業があるとは思えない。つまりどこでもいいから受けているのだろう。働きたくもないところを受ける意味が全く分からない。会社の規模だけを重視して大手ばかり受ける人がいるということも聞いたことがある。会社の規模よりも自分が働きたい仕事かどうかを重視するべきだ、という考えの自分には理解できない。そんな会社選びはすべきではないと思った。

 しかし、働きたいと思えるところはそう多くない。新卒就職サイトに載っている会社で働きたいと思ったところは結局のところ一つしか見つからず、そこが第一志望の企業になった。あとは全て働いても良いと思ったところだった。そしていくつかの企業の説明会に申し込んだ。

 翌日、図書館に行って就活関連の書籍を探す。そこにあった面接の本を読む。質問の予習のためだ。自分を色に例えると何色? そんなことを聞かれることもあるのか。何色だろう。しかも色を答えるだけでなく理由づけも必要なのだ。難しい.……。

 何にしても話題が必要だった。自己PRにしてもそうだったが、短所を言うにしても、大学生活で一番取り組んだことを言うにしても、失敗談を言うにしても、質問に答えるには具体的なエピソードが必要なのだ。大学、アルバイトでの出来事をいくつか書き出してみる。やはり大した出来事はない。が、それを上手く自分の長所と結びつけて質問に答えるのだ。短所は上手く長所に言い換えて、と。一通り質問に答える内容は考えておいた。

 売り手だといわれているがどうだろうか。

 

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