第50話 アリバイ崩し

 ――えー! と、そこにいた全員のなげきのような声がもれた。

 間違っても歓喜とは呼べない声質だ。

 桃太郎さん、ジーキーさん、エイプさん、ポチさんここにいる全員が一斉に挙動不審になった。

 そこまでしてくれると逆に清々すがすがしい。


 桃太郎さんは震えた手で腰の巾着袋きんちゃくぶくろからキビ団子を取って口に運んだ。

 僕の元まで清涼感のある香りが漂ってくる。

 桃太郎さんはまたクチャクチャとキビ団子を噛む。

 あれは薄荷はっか入りのキビ団子でしょうね。

 意図的に薄荷入にがみを選んで気持ちを落ちつけているのか。


 ジーキーさんはまるでえさの虫でもついばむように首を四方八方小刻みに動かしている。

 エイプさんは口角を歪めて心ここにあらずというふうに貧乏ゆすりをはじめた。

 ポチさんは穴を掘ろうとしても動揺した様子で前足とうしろ足を絡ませて尻もちをついた。

 ドスっと砂に上にたらいを押しつけたような尻の跡が残った。

 みんながみんなここまで態度を一変させるとは……。

 あなたたちはいったいなにを隠しているんですか?


 「えーと、まずジーキーさんのアリバイですがその時間は鬼ヶ島の上空を回遊飛行していたことが確認されています」


 「えっ?」


 ジーキーさんの首の動きが即座に止まった。

 ――えっ、えっ。と声を上ずらせて、羽を二、三度、強くバタつかせた。

 その挙動はあせりでしょうか、ね?


 「あなたはうそをつきましたね?」


 ついにくちばしから言葉にならない弱気な鳴き声が漏れた。


 「うう……」


 「つぎはエイプさんのアリバイです。あなたはその時間。いまもここからも見える大きな一本松で昼寝をしていました。あの枝は人が寝転べるほどに太いですからね。さきほどの視力があれば当然ここの光景は見えていたはずです」


 「さ、さきほど?」


 「ええ、さきほど――あんな色の柿があるんですか?といいましたね。たしかにあの柿は熟れる前の青柿あおがきです。エイプさんの視力を試させてもらいました」


 「だ、だ、騙したな!?」


 エイプさんはさらに鋭く口角を上げ敵意を剥きだしにしてきた。


 「変化の術はエイプさんのに対する執着心を調べるためのものだったのですがアリバイを崩すことにも役立ちました」


 エイプさんは、いまにも飛びかかってきそうだったけれど自我を抑えようと必死に呼吸を整えている。

 ガチガチ、ガチガチ、と上下の歯が噛みあう音が連続している。

 本当のエイプさんは、意外と忍耐力があるのかもしれない。


 「ポチさんは知り合いのお爺さん。正式には”花咲かじいさん”のところで吠えていた。という裏は取れています」


 「ま、ま、ま、まあ。ぼ、ぼ、僕はう、うそなんてついてないですし」


 ポチさんは照れ隠しで鼻さきを掻いた。

 するとヒゲからかさぶたのような赤黒い小さな物体が落ちた。

 それは風に乗って海上まで飛びそのまま行方はわからなくなった。

 砂浜に埋もれたそれを探り当てるのはとうてい不可能だろう。

 ただ、ポチさん言葉の動揺がひどすぎます……。


 「そうです。ポチさんはなにひとつうそはついていません。けれど、どうしていま皆さんと一緒に驚いたのですか?」


 「えっ!?」


 「エイプさんとジーキーさんと一緒に驚きましたよね? ポチさんのアリバイは正確でした。裏をとられても慌てる必要はないはずです? なにせ赤鬼さんが殺された時刻には鬼ヶ島にいなかったのですから。鉄壁のアリバイ。もうすこし喜んでもいいはずですが。いいえ、ここぞとない好機、歓喜の感情を爆発させてもいいくらいです」


 「そ、そ、それは……」


 ポチさんは言葉につまり、顔をうつむけて首を左右に振った。

 妙案でも絞りだそうとしているようだ。

 殺害時刻のアリバイがありながらそこまで悩むとは。

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