第48話 【猿蟹合戦】と【臼の仇討事件】

 「そ、そりやあ、むかし多少の悪さはしましたよ。でも改心して桃太郎の旦那と一緒に人間たちに不評な赤鬼を懲らしめようとしたんじゃないですか? けど、いざ鬼ヶ島に上陸してみたら赤鬼が死んでいたとか。も、もう、拍子抜けですよ?」


 「たしかに人間界で赤鬼さんの評判はありませんよくありません。ですがそれは人間たちが一方的に恐れているだけでじっさいに危害を加えられた被害者なんてひとりもいないんですよ?」


 「えっ、いや、そんなの知らないですよ」


 エイプさんはキッィーキッィー!と奇声を上げたかと思うとその場で逆立ちをしたり、手を叩いたりと曲芸のように白々しくおどけてみせた。

 だが体を動かすたびに顔をゆがめている。


 痛み……? 

 額や指のほかにもまだどこかをいためているのだろうか?

 もし、そうならばその傷は比較的新しい傷ということになる。

 エイプさんはそれを堪えるかのようにして、砂の上でゴロゴロとでんぐり返しをした。

 砂浜に背中の跡がくっきりと残った。

 僕はその跡を見てからエイプさんの毛むくじゃらの背中を見た。

 背中の真ん中を突起物が走っている。

 それはなにかというと背骨だ。


 背骨が右側に緩く曲がっている。

 そうか、その歪みは【臼の仇討ち事件】で、臼さんが落下してきたさいに負った、後遺症か。

 ……ただ、そこに赤鬼さんが現れてどうやってそれを収めたのかがまだ判明していない。


 「エイプさん。本当ですか? 赤鬼さんは動物達からは慕われるむしろ優しい鬼だったそうです」


 「そんなわけがねー。そこに転がってる赤鬼は乱暴者だ。殺されて当然なんだよ!」


 エイプさんは砂塗れで咆哮した。

 ぺっ! ぺっ! と口に入った砂を吐きだして僕にかけてくる。

 唾と砂が僕の頬をかすめていった。

 エイプさんは僕が向けた嫌疑に嫌悪を抱いたのか、自分のお尻よりも顔を赤らめた。

 紅潮こうちょうする頬。

 いまにも飛び掛かかってきそうな態勢で威嚇いかくしてくる。


 フーフーと怒声を殺したような息使いが一瞬止まった。

 エイプさんは自分の手をながめている、それも指さきだ。


 「なにか怨みでもありそうないいたかですね?」


 「俺が殺したとでもいいたいのか? 赤鬼・・に怨みなんて微塵もねーよ!」


 さらに語気を強めて臨戦態勢のままキキィー!と鳴き声を発する。

 怒りの力を借りるように割れた爪のあいだから反対の手の爪で小さな砂を掻きだした。

 苛立いらだちすべてを込めるように、砂つぶを浜辺に勢いよく叩きつけた。

 エイプさんは片目をつぶって痛みに堪える表情をしている。


 なるほど砂浜を転がったために傷口に砂が入ったというわけか。

 爪の傷もやはり最近負った傷だろう。


 「エイプさん。いったい蟹さんとなにがあったのですか? それに臼さんとも」


 「過去のことだ。どうでもいいだろ!?」


 「そうですか。もしかして背骨の歪みはそのときの」


 「ああ、そうだよ。臼にボッキリいかれたよ」


 背骨の歪みはやはり臼さんによるものでしたか……。

 蟹さんの仲間、臼さんからエイプさんの仇討申請の書類が御上に提出され通過していたがすぐに申請が取り下げられている。

 事件書類にそう書いてあった。


 【臼の仇討事件】の関係者がまさかエイプさんだったとは。

 これはさきほど鴎に聞いた事実だ。


 その仲裁に入ったのが赤鬼さんとどんな経緯ことがあったのかをいま鴎に調査してもらっている。

 つまり【猿蟹合戦】と【臼の仇討事件】は繋がっていたということだ。


 【猿蟹合戦】では子蟹さんに相当数の被害がでている。

 そこに不審な点がひとつあった。

 それは【猿蟹合戦】の猿さん、つまりエイプさんが怪我をしたあとなのに大量の子蟹さんが殺されているということだ。


 僕がさきほど鴎に聞いた話だと、エイプさんは蟹さんを殺して蟹さんのところの柿の木を奪おうとした。

 蟹さんを不憫ふびんに思った臼さんたちがエイプさんの仇討ちを検討。

 

 ただ怒りの収まらない臼さんは御上に申請書を提出したはいいが、こともあろうにその申請書を提出中にエイプさんを襲撃。

 大きな木から巨体を落下せてエイプさんは大怪我という顛末てんまつ

 赤鬼さんはそこに仲裁に入ったことになる。

 

 臼さんは、どうしてそんなに早まってしまったのか?

 仇討ちの申請が通れば、正当な理由で仇討ちができたはずなのだけれど臼さんは待てなかった。


 そ、そうか!?

 あの波打ち際の岩の近くの点々とした血は赤鬼さんのものではなくエイプさんの血だったのか。

 そして点々とした小さな足跡は子蟹さんの足跡。

 たまたま子蟹さんが歩いているところに崖から岩が転がってきた、それをエイプさんが身をていして守ったんだ。

 

 そのときに額をぶつけ爪を割るような怪我を負った。

 砂浜を転がるようにしてかばったのなら全身にも打撲があるかもしれない。

 あの無数の足跡の中にはきっとエイプさんのの跡もあったはずだ。

 僕はただ五本指の跡が砂浜にあったということで見落としていたんだ。


 鴎が最初に鬼ヶ島を見下ろしたときにエイプさんは――お尻や、背中を叩いていた。といっていた。

 それはエイプさんがちょうど砂浜から立ち上がって体中の砂を払っていた場面。


 エイプさんはいまもちょうどパンパンと体中の砂を叩いている。

 やはり申請種類を提出中に臼さんが怒った理由はおかしい。

 このケースの場合はほぼ百パーセントの確率で御上からの仇討ち申請が許可される。

 そうなればあとは仇討ちまで時間の問題だ。

 しばらく待てば臼さんには正式にエイプさんの仇討ちが認められることになる。

 それを待てずに臼さんはどうして急ぐ?

 

 単純に考えれば答えが見えてくるはずだ。

 わずかな待ち時間にも次々と子蟹さんが殺されていったからだ。

 僕の心証ではエイプさんがなんの理由もなくただ狩りを楽しむような人物だとは思えない。

 それを裏付ける証拠もある。

 エイプさんは『猿蟹合戦』で大怪我を負っているためその状態では子蟹さんたちを殺すことはできない。

 これが正しいなら子蟹を殺していたのはエイプさん以外の第三者だということになる。

 それは誰だ? 

 まさか今回の赤鬼さんを殺した人物と同一人物なのか?


 赤鬼さんはそれを知っていて臼さんにその真実を伝えたことでふたりは手打ちになった……と考えれば……。

 『猿蟹合戦』を仲裁したことによって赤鬼さんは誰かに復讐された?

 ならば、子蟹さんを殺しつづけていた人物もいま鬼ヶ島にいることになる……?

 必然的に猿さんことエイプさんは犯人ではないということにもなる。

 まあ、あくまでこれがいま僕にできる想像だけれど。


 やはり鬼ヶ島に犯人はいないのか? それともこの島のどこかに隠れているのか?

 そいつはいつどうやって鬼ヶ島にきて赤鬼さんを殺して鬼ヶ島からでたんだ?

 僕はとうとう推理にいきづまった。

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