第47話 猿の正体

 「やだな。青鬼さん。俺を疑ってたの?」


 「申し訳ありません。……もう一度話を戻させていただきます」


 「ああ。いいよ」


 まったく動揺する素振りがない……。


 「赤鬼さんは一度金棒を奪われたあとに撲殺されました」


 「それがなにか?」


 桃太郎さんは陣羽織のしわを伸ばして正すと無意識に首を傾げた。

 急に曲げたせいなのか――ゴキっと野太い音がした。


 「えっとですね。見ていてください」


 「ああ」


 僕はもう一度、金棒を大きく振りかぶって上から下に振り下した。

 砂浜にドスンと楕円の跡がつく。

 やはり、この跡は赤鬼さんの後頭部の傷痕と一緒。

 これが凶器なのだから当然といえば当然だが。

 入射角度まで一緒なのは……。

 この中で僕がいま砂浜に残した傷跡と同じ打撲跡をつけられる人物、か。

 その人物がいればその人が犯人なのだけれど……。


 ……ダメだ。

 やはりこの中に犯人は見つからない。

 砂浜にくっきりとついたこの跡と同じ傷跡をつけられる人物がいない。


 「このようにして、たった一度の打撃で絶命したんです」


 いま、ここで推理を止めるわけにはいかない。


 「だからそれのなにが問題なんすか? イイ角度で入ったんでしょ?」


 桃太郎さんは桃のマークが刺繍された鉢巻きに手を伸ばす。

 左右でぴったりと分かれた前髪を二、三度かきあげた。

 そのあとは得意のキビ団子を咀嚼しながら、指先で毛先をクルクルと巻いて遊んでいる。

 上目遣いで髪を見て僕を一瞥する。

 そのままサッと目を逸らした。

 まったくこちらを見ない、あるいは僕を見たくないのか。

 一度は自分を疑った相手だ、それも当然か。


 「そう。絶好・・の角度でね。……それと桃太郎さん、すみませんが波打ち際まで移動してもらってもいいですか?」


 「あん。ああ、わかったよ」


 桃太郎さんに嫌がる素振はなかった。

 僕は先頭をいく桃太郎さんも僕のあとをついてきた……ん……?


 もう、僕のうしろにいる……なんという俊足、天才剣士は足運びも速いのか。

 これも愚問、剣士ならば足の動きも重要なことだ。


 なにせ脇差ですら赤鬼さんを仕留めきれる自信があった人物。

 僕は鬼ヶ島の入り口の浜辺に全員を集めた。

 ただこの問題を解決に導く糸口はまだ見つかっていないのだけれど。


 「あっ、あんなところに蟹がっ!」


 僕は話にいきづまったフリをして沖合を指さした。

 なんとも脈絡のない言葉運びになってしまった。

 けれど、必ずこれに反応する者がいる。


 そう、それは桃太郎さんではない、案の定桃太郎さんは僕の言葉の意図がわからずにキョトンとしている。

 すぐに嫌悪感丸だしの顔を露わにした。

 すみません、今回の相手は桃太郎さんではないんです。


 ……エイプさん、さすがにこれは見過ごせないでしょう?

 僕の思惑通り凪の水平線を凝視しているエイプさん。

 エイプさんにつられて桃太郎さんも何事かと海をながめたが興味を示さずにぷいっとよそを向いた。


 ジーキーさんとポチさんは互いに――どこだどこだ。と声を上げて騒いでいる。

 ポチさんは波打ち際をばしゃばしゃと音を立て駆け回った。

 ジーキーさんはバサバサと羽を広げいっきに空に舞う。

 うす緑とうす茶色のフワフワした羽毛が綿雪のように落ちてきた。


 「すみません。あれは柿でした」


 さっき仕掛けた変化の術は完璧に成功している。


 「な~んだ」


 ポチさんはすぐに興味を失くしてまた穴掘りを掘りはじめた。

 あなたは本当に穴を掘るのが好きですね。


 「ポチさん。砂に穴を掘るはやめてください?」


 犬という種族の習性だとしてもいささか過度に感じるのは気のせいだろうか? 

 ポチさんの足が節操せっそうなく砂を掻いている。

 砂の山と堀った穴がどんどんと増えていく。

 ジーキーさんは、空を三つに分けたとすれば、いちばん下の高度を悠然と飛んでいた。

 なおも空宙から二種類の羽根が舞い落ちてくる。


 エイプさんは手をヘの字の形にして額に当てていた。

 ――痛っ。といって額と手のあいだにすこしゆとりを持たせた。

 そのまま首を大きく左右に振って海をながめている。

 やがて態勢を低くして首の振りを小刻みに変えるとのぞき込むようにを見た。


 「青鬼さん。あんなの柿があるんですか?」


 エイプさんだけは怪訝そうにそう返してきた。


 「エイプさん。どんなですか?」


 「青ですよ。青柿」


 「へー。エイプさんは視力がよろしいんですね?」


 「えっ!? い、いや、あのその、ほら……ね」


 エイプさんはおもむろに目をキョロキョロとさせて狼狽うろたえはじめた。

 そして歯を剥きだしにしたかと思うと作り笑顔を見せた。

 やはり話を逸らしたいですか。

 僕はカモメから得た情報を小出しにする。


 「エイプさんはあの“猿蟹合戦”で有名な猿だそうですね? 蟹さんたちに恐れられた悪猿あくえんエイプ!?」


 「え、え~と、どうしてそれを?」 


 「素性は間違いない。ということでいいよろしいですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る