第6話 子どもたち

 こうして僕は鴎の一報を聞いてからすこし下調べをしたあと鴎とともにこの裏山にやってきた。

 ときに子どもは理由なく小動物をしいたげることもある。

 それは人の成長過程の通過儀礼でもあるらしい……そこで人の生命を学ぶのだという。


 幼い子が列をなす蟻さんを踏み潰す行為も正しいおこないだとはいえないけれど倫理形成のひとつなのかもしれない。

 

 「今回、鴎に事件を知らせてくれたのは源太くん、喜作くん、茂吉くん、それとも忠之助くん?」


 直接言葉で聞こう。


 「僕」


 源太くんか。

 まとめ役の立場なのだからな良い方向のまとめ役になってくれるといいな。

 そういう資質がある子だと思うから。

 亀さんをいじめるときに、率先そっせんしてふたりをひきいたことを今度は誰かの役に立ててほしい。

 まあ、それが今回なのかもしれない……。


 「源太くんが猪さんを発見したの? それとも誰かが見つけたのを源太くんがまとめ役としてみんなの話を合わせて鴎に教えたの?」


 「それは……それは……」


 ……ん? どうしたのだろう。

 妙な間があるな。

 それに目が左右に揺れている。

 両方の手の指先も激しく動いている。

 この動きは大人でも子どもでも同様でなにか逡巡している証拠。

 

 「源太くん。それは?」


 僕は源太くんと同じセリフの――それは。を重ねてつぎの言葉を引きだす策をとった。

 これで多少は話しやすくはなると思うのだけれど。

 源太くんは両手を左右に大きく振っていた。

 この状況はふつうの精神状態とは言い難い。


 「えっと、みんな同時に見つけた」


 なるほどそうきたか。

 それはまとめ役として気構えなのだろうか。

 あるいはそこまで深い意味のない連帯感かな?


 「みんなということは源太くんと喜作くんと茂吉くん。そして忠之助くん四人が裏山にきたとき、全員同時で猪さんを発見したということでいいのかな?」


 源太くんは真っ先にうなずく四人全員の手柄にしたかったようだ。

 やはりまとめ役の素質から派生したものか。


 「違うよ」


 えっ……? いのいちばんに否定したのは喜作くんだった。

 違うとはどういうことだろうか? 

 源太くんが嘘をついているとでも?

 それともほかに何か別の意図が?


 「忠之助くんはそのときいなかった」


 喜作くんの――違う。はそういう意味の否定だったのか。

 喜作くんのいった違う・・の意味は忠之助くんのいない三人・・で猪さんを発見したのだということを教えてくれた。

 喜作くんにとっては四人で発見したことと三人で発見したことの差異は重要らしい。

 ここで僕が危惧したのは忠之助くんの家柄だ。


 「じゃあ、源太くんと喜作くんと茂吉くんの三人が猪さんを発見した?」


 喜作くんは僕の目をじっと見つめてうなずいた。

 

 「そっか」


 ――ちぇ。源太くんの舌打ちだった。

 彼のまとめ役としての振舞いが無為むいになってしまったからだろう。

 源太くんは思ったよりも怒ってはいない。

 うん、立派に感情をコントロールしている。


 ここで我慢できるとは、ますます先導者向きの子だ。

 だけれど余所見よそみをはじめてしまった。

 さすがに面目めんもくが立たないか……、男子であれば年齢問わず面目めんもくにこだわるものだ。

 ただし武士のそれとは違うそれこそ武士は命を懸ける。

 場合によっては自害さえしてしまうことだってある。


 「茂吉くんと忠之助くんも同じ意見かな?」


 ――うん。か細い茂吉くんの声と、両手の指先を絡めてもじもじさせながらゆっくりと首肯しゅこうした忠之助くん。


 ということは猪さんを発見したのは源太くんと喜作くんと茂吉くん三人同時で、そのとき忠之助くんはいなかったことになる。

 忠之助くん自身もそういうのならそれでいい。

 僕はあるていどまとまってきた状況をメモ用紙に書き置く。


 「忠之助くんはいつきたの?」


 いまだに恥ずかしそうにしている忠之助くんに僕は訊いた。

 すると忠之助くんは僕から視線をすぐにずらした。

 心なしか体がすこしのけ反ったようにも思える。

 だがこれはやましいことを隠す素振りというわけではなく自分が事件こと中心に置かれ事情を訊かれていることに対する照れや気恥ずかしさのたぐいのものだ。

 内気な子にこの行動をとる子が多いことを僕は経験上知っている。


 「忠之助くん。教えてもらってもいいかな?」


 忠之助くんは、いまだ口を噤んだままだ。


 「教えてもらえると猪さんがどうしてこうなったのかを解決しやすいんだ」


 「忠之助くんは僕らのうしろからきた」


 忠之助くんの口が開くより早く答えたのは茂吉くんだった。 

 自分の後方を指さしたままでいる。

 茂吉くんは忠之助くんと同様に引っ込み思案で大人しい子だ。

 彼が勇気を振り絞って証言してくれたんだ、これは信頼に値する証言といっていいだろうな。


 「忠之助くん本当? ただ――うん。っていうだけでいいんだ」


 「うん」


 忠之助くんは蚊の鳴くような声でいった。

 本人も認めている、これはこれで納得だ。

 茂吉くんもずいぶん勇気を振り絞ってくれたな、と、ともにこんな子が亀さんを殴っていたことに戦慄せんりつを覚える。


 源太くんと喜作くんと茂吉くんの三人が猪さんを発見してそこに忠之助くんがやってきた。

 僕はメモ用紙にあとから忠之助くんがきたことを付け加えた。

 となると猪さんが死んだあとに忠之助くんがきたことになる。

 とりあえず容疑者からは外れると……まあ、じっさいの話源太くんと喜作くんと茂吉くんも容疑者にはなりえないのだけれど。


 物理的に考えて三人が猪さんを発見したあとに、もう、ひとりがやってきたという時系列の整理をしよう。

 今回は亀さんの事件とは切り離して考えないと。

 あの日の聴取のとき彼等がそんな深い意味なく亀さんをいじめていたといっていた。


 そこが子どもの無邪気さでもあり残酷さでもある。

 今回の猪さん殺害事件時の彼らの証言の信憑性は高い。

 先入観で亀さんの事件と結びつけてはいけない。

 しっかりとした事実内容を話している。

 僕は自分のメモきに目を通す。


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 ・鴎が子どもたちに呼び止められたとき源太くん、喜作くん、茂吉くん、忠之助くんがいた。


 ・猪さんを発見したときは源太くん、喜助くん、茂吉くんの三人で、そのとき忠之助くんはいなかった。


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 ……それなら猪さんを発見して鴎を呼び止めるわずかなあいだに忠之助くんは裏山にきたことになるな。


 「源太くんたちはどうして裏山にいこうと思ったの?」


 「どこか遊ぶところないかなーって思って。なあ喜作? 茂吉?」


 良かった、源太くんの機嫌はもう直っている。

 喜作くんと、茂吉くんは、源太くんがいい終わる前に同意していた。

 まあ、子どもが遊び場を求めて町を駆けまわるなんてことはふつうだ。

 体を動かしたくてうずうすしていたのだろう。

 それでこの場所を選んでも不思議じゃない。


 僕はふたたび辺り一帯を見回した。

 ただ、なんど見てもこのスカスカの竹藪は見すぼらしい。

 ふと目にした一本の竹になにかの違和感を覚えた。

 竹藪の前方にあるちょうど真ん中に生えているなんの変哲もない竹……。


 よくわからない感覚だ。

 僕の位置から真ん前に竹が見えているからそう感じただけなのかもしれない。

 いま視界に捉えている竹はどことなく竹らしくない・・・・・本当に感覚的にそう思っただけだ。

 風が吹いたときのしなりかたがやけに大きい気がする。

 振り幅がちょっと大げさな気が……あるいはいま吹きいた風の当たり具合によるものなのかもしれない。


 僕は鴎に目で合図するすとすぐにサッと歩み寄ってきた。

 鴎はそれを察すると自分の指をその竹に向けこくっとうなずいた。

 僕は首を縦に振って同意する。

 これで僕の意図は伝わったはずだ、この竹、いや竹藪について調べてほしいという要望が。


 鴎の記憶の中にある数ヶ月前の竹藪といま目の前にあるこの竹藪。

 これらの対比でなにか違いや新情報が見つかるかもしれない。

 あるいは僕が見落としている盲点。


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