第7話 怪しい竹藪
鴎が調べ物をしにいったのを見届けて僕はふたたび調査を開始する。
そろそろ子どもたちにも疲労の色が見えてきたな。
「じゃあ、またみんなに訊きたいんだけれど。この裏山で怪しい人や物の怪、半獣、種族問わずに不審な人物を見かけたりしなかった?」
――見なかった。そう三人の言葉の中に――見た。異物のような言葉が含まれていた。
いったい誰がその言葉をいったんだ?
僕はその声を発した子の前に立つ。
「それはいつどこで?」
見据えたさきに喜作くんがいる。
「んと。猪さんを見つけたとき誰かが逃げてった」
「どっちに逃げていったのか指をさしてもらえるかな?」
「あっち。その竹藪のほう」
た、竹藪だって?
喜作くんはたしかに
あ、あの竹の中を逃げていったのか?
竹が密集しているわけじゃないから逃げるのは簡単だろう。
それにあのすかすかの竹藪なら走ってすいすいと逃げられる。
「本当に?」
「うん。男の人だった」
性別までわかっているのか? そこまではっきりと犯人を目撃していたなんて。
喜作くんは僕の疑問に即答した。
僕は体の向きをすこしだけずらして源太くんと茂吉くんと忠之助くんそれぞれに目を配った。
三人が三人ともきょとんとしている。
喜作くんの証言は三人にとって寝耳に水といったところか。
彼らの表情がそれを物語っている。
僕は三人それぞれにもその怪しい男を目撃したのか訊ねたけれど、誰ひとりとして、その男を見た者はいなかった。
みんな本当に知らないといった素振りで訴えてきた。
僕の
ここで僕は初めて忠之助くんになぜ今日この裏山にきたのかを問いた。
結果、お使いの途中でこの裏山を通っていこうと思ったということだった。
なるほど偶然通った道で猪さんが殺されていたということか。
猪さんとの接点もすくなそうだ。
しかも忠之助くんよりも早くに源太くんと喜作くんと茂吉くんは裏山に到着している。
話がすこし噛み合わなくなってきた?
源太くんと喜作くんと茂吉くんは三人同時に裏山にきているのにどうして茂吉くんだけがその男を見たのか?
このことからも茂吉くんだけが怪しい男を見たとは考えづらい。
源太くんと喜作くんのふたりがその男を見落としたことになるから。
一瞬の出来事ならば理解もできるが、竹藪しかもあのすかすかの竹を逃げていく一部始終、と、いわないまでも逃げていくうしろ姿は見ていないとおかしい。
竹藪を走って抜け出るまでにゆうに十秒以上はかかるだろうから。
う~ん、ここは喜作くんにだけ残ってもらってあとの子どもたちは解放しよう。
いったんこの場は解散だ。
あまり子どもたちを拘束してはおけない。
元服に近い歳の子ならまだしも、元服までほぼ十年ある幼子たちだ。
※
彼等をさきに家に帰してから、喜作くんにだけにふたたび話を訊く。
三対一の状況じゃ話もしづらいだろうし。
――もじゃもじゃ
――背が大きい男だった。
――服が汚れていた。
喜作くんは首の角度をなんども変えては必死に思いだしてくれた。
僕は喜作くんの証言をメモしてから喜作くんも家に帰るように勧めるとすぐに応じてくれた。
充分、話はきけた。
茂吉くんも、これ以上聴取で拘束はしておけない。
茂吉くんの話はどこか具体的でありどこか抽象的だった。
まったく何もないところからの作り話……子どもがそれを作りだせるだろうか?
茂吉くんがその男を見たのは間違いなさそうだ……ただ……。
※
そのあと僕は
捜査後の遺体の処理と
――仏説。摩訶般若波羅蜜多心経。
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊。皆空。度一切苦厄。
舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識。亦復如是。
お経を拝聴していながらも僕の頭の中には次々と事件のことが浮かんでくる。
――舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。是故空中。無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界。乃至無意識界。無無明。亦無無明尽。乃至無老死。亦無老死尽。無苦集滅道。無智亦無得。
いまは猪さんの弔いのために頭を空っぽにするべきだ。
――以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。遠離一切顛倒夢想。究竟涅槃。三世諸仏。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。
お経を聞いていると不思議と心の中が冷静になってくる。
これも読経の効果なのだろうか? あるいは鬼という種族を鎮めるのにも適しているのかもしれない。
――故知般若波羅蜜多。是大神呪。是大明呪。是無上呪。是無等等呪。能除一切苦。真実不虚故。説般若波羅蜜多呪。即説呪曰。羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。般若心経。
僧侶の読経が終わり猪さんが荼毘に付されているあいだ他に何か見落としてる点がないかを調べるため
天に昇っていく白い煙に猪さんの無念を晴らすことを誓い辺りに目を凝らす。
もちろんあの竹藪も念入りに調べる。
まあ僕ができるかぎりでの調査だけれど。
そしてずっと気になっていた違和感のある竹にも直接触れてみた。
どことなく軽くて揺れやすい気はするけれどやはりふつうの竹だ。
僕はその竹のどこに違和感を覚えたのかさえもわからない。
ただの勘でしかないか……勘が外れたことはこのさいどうでもいい。
猪さんの葬儀も無事に終わり僧侶が帰ったあと僕はもう一度だけ歯抜けの竹藪へと足を踏み入れた。
そこで一歩、また一歩と奥へ進む。
ふつうなら僕の頭上で重なり合った竹によってだんだんと光が遮られていくはず。
けれどこの竹藪は極端に竹の数がすくないのだから必然的に陽の量が多くなる。
なんせ僕の足元がはっきりと見えるくらいだ。
竹藪の
……もう充分だろう。
僕がここに入ったのときの草履の跡を含めて往復分残っている。
僕だけの
彼は……どうしてあんなうそをついたのか……?
※
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