第41話 最終決着と再集結


 能力ブレス【ゴキブリの動きぶり】の使い手、二瓶を倒し、通路へと進んだ櫻子とトーマ。

 二人が扉を開けると――。


「誰だっ⁉」

「小湊さん?」

 ボロボロで立ち尽くす舞澄がいた。奥にはオトハの姿も見える。




「助かったよ。ありがとう、櫻子ちゃん」

 櫻子の【足湯で疲れをフットバス】によって回復した舞澄は、生き生きした表情で礼を述べた。


「いえ。ご無事でなによりです」

 櫻子は優しい笑顔で答えた。

 つい先ほどの嗜虐的な彼女とのギャップに、トーマは身震いする。


 舞澄と櫻子は、お互いの戦いについて話した。

「なるほど……。では、敵には逃げられてしまったのですね」

「ああ。情けないことにね」


 舞澄はちょうど、【トナカイと仲良い】の能力ブレスを持つ女、田添千砂との戦いに勝利したところだった。しかし肝心のブレッサーを破壊するには至らず、逃げられてしまったのだった。


「そんなことないです! こんなに傷だらけになってまで戦った小湊さんが情けないなんて、そんなこと、絶対にないです!」

 櫻子は力強く言った。


「ありがとう」

 もっと強くなりたい。小湊の中に、そんな気持ちが芽生えた。


 異世界の天王レクスを決める戦いに巻き込まれた舞澄は、何が何だかわからないうちに永柄に目を付けられ、祖母を人質にとられてしまった。そして今は、永柄を倒すためにこの戦いを続けている。


 では、永柄を倒したあとはどうなるのだろう。舞澄自身もその未来は見えなかった。あとで、アルマとしっかり話し合おうと決めた。


「オトハ殿。表情が暗いようだが」

 浮かない顔をしているオトハに、トーマが話しかける。


「ん。ああ。何でもない」

 トーマの声にも不安が混じっていたが、オトハはそれに気づかなかった。


「健正殿のことが心配ということなら、大丈夫ではなかろうか。オトハ殿が選んだ人間だ。思い悩むのは杞憂であろう」


 トーマは、まるで自分に言い聞かせるように言う。彼も姫歌のことを心配しているのだ。健正と合流していることを、心から願っていた。


「そうだな。心配していても始まらない。さて、これからどうするか考えよう」

 オトハは気持ちを立て直し、仲間に呼びかけた。


「その扉の先はどうなっているんだ?」

 舞澄が櫻子に尋ねる。

「通路になってて、ここと同じような部屋がもう一つあるだけです」

「そうなのか。俺が戦った相手は、この先に永柄がいると言っていたんだが……」


「永柄を守るため、嘘をついたということか。もしくは、彼女が逃げるための時間稼ぎかもしれない」

 オトハが言った。


「となると、わたくしたちの選択肢は一つ。その通路ではないですか?」

 トーマが、先ほど田添が逃げて行った通路を示す。


「ああ。そうみたいだな」

 小湊が賛同すると、櫻子とオトハも首を縦に振る。


 次の瞬間、地面が大きく揺れた。

「地震か⁉」

 一同は身構える。地下で生き埋めにでもなったら大変だ。


 しかし、揺れは一瞬で収まった。通常の地震とは考えづらい。となると、能力ブレスによる衝撃の可能性がある。舞澄たちが思い当たったのは、永柄の神歌能力ゴッド・ブレスだ。


「急ぎましょう!」

 いち早く真剣な顔つきになった櫻子が先頭になり、四人は通路へと入っていく。その通路の先は階段になっており、地上へと続いていた。

 まだ太陽は十分に高く、一同は久しぶりの眩しさに目を細める。


「あれは……」

 オトハの視線の先には、なぎ倒されたような木々の残骸が散らばっていた。重量のあるものに潰されたように見える。その近くには、大きな穴が空いていた。


「行ってみましょう」

 トーマが走り出し、三人がそれに続く。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「やったか……?」

 俺は肩で息をしながら、吹き飛んだ永柄を見る。


 ふらつく足取りで近づき、そっと覗き込んだ。どうやら、完全に気を失っているようだ。

 細心の注意を払って、彼の首から黒いブレッサーを外す。


「ふぅ」

 大きく息を吐き出し、呼吸を整えて――永柄暁のブレッサーを破壊した。


 ……やっと終わった。

 全身から力が抜け、その場に座り込みそうになる。


「健ちゃん!」

 その声に振り返ると、姫歌が右足をかばいながら走って来るのが見えた。


 姫歌が飛びこんで来る。

「おい! 危なっ!」

 なんとか姫歌を受け止める。


「よかったぁ! 健ちゃん、死んじゃうかと思ったよぉ! 本当によかったぁああ!」

 俺の肩辺りに顔をうずめた姫歌は、泣いてるんだか笑ってるんだか、よくわからない状態だった。


 首が、首が締まる……。あとなんか全体的に柔らかい!

「ひ、姫歌。苦しいって! ギブギブ!」


「だってぇ! 健ちゃんがいなくなったら誰に宿題見せてもらえばいいのぉ!」

 腕の力を少し緩めてくれたが……俺の存在価値はそこか?


「落ち着けって。まあ、俺もさっきは死んだかと思ったけどな」

 俺は姫歌の頭に手を置いて苦笑した。


 数秒間そのままでいると、視線を感じた。俺はふと、上を見る。

 神歌能力ゴッドブレス同士のぶつかり合いによって空いた穴の縁から、四つの顔がこちらを覗いていた。オトハたちだ。


「おっと。邪魔してしまったか」「失礼。十分に楽しんでくれ」「終わったら呼んでくださいね」「姫。なかなかやりますな」

 どうやら全員無事のようだ。まずは一安心し、続いて羞恥心がこみあげてくる。


「おい、姫歌。そろそろ離れろ!」

 顔が紅潮しているのを感じる。姫歌と抱擁を交わしていることは別段なんとも思わないが、それを見られるのはさすがに恥ずかしい。


「やだぁ~。離れない~!」

 姫歌は、感情が爆発してしまったようで、周りの目は気にならないようだ。あるいは、見られていることに気づいていないのかもしれない。


「俺もどこか行った方がいいのか?」

 後ろにいたアルマが言った。

「いや、大丈夫だ! 今はそういう気遣いは要らない!」

 それから数十秒かけて、どうにか姫歌を落ち着かせて引き離すことに成功する。


「みんな。無事でよかった」

 降りて来た仲間たちと無事を喜び合う。

 姫歌は醜態を見られていたことに気づき、小さくうずくまってしまった。


「健正こそ。で、この穴はどうしたんだ?」

 俺が神歌能力ゴッドブレスを覚醒させたことを簡潔に話す。


「ふふふ。さすが、私が選んだだけあるな」

 オトハが満足気に言う。こいつ、自分の手柄みたいな顔しやがって……。


「あれだけ心配しておいて何を言いますか」

「うるさい! トーマは黙ってろ! だいたい、貴様だって――」

「あー。はいはい。そういうのは後でいいから」

 喧嘩が始まりそうだったので、仕方なく仲裁に入る。


「峰樹さん。どうぞ」

 春風さんが足湯を出してくれた。正直、今にも倒れそうだったので非常に助かる。


「ありがとうございます」

 遠慮なく足を入れ、俺は怪我と疲労を癒した。


「暁! 起きてください!」

 いつの間にか永柄の元まで来ていたレミナスが、彼の肩をつかんで揺すっていた。


 って、ちょっと待って! 頭部がガクガクしてるから! そんなに強く揺すったら首折れちゃうって! 自分のパワーに無自覚なタイプなの?


 思わず止めに入ろうとしたところで、永柄は目を開けた。

「レミナス……か?」

 状況がわかっていないようだった。痛みに顔をしかめる。


「暁! よかった……」

 レミナスは息を大きく吐く。涙が一筋、彼女の頬を伝った。


「そうか。俺は……負けたのか」

 傍らに落ちているブレッサーの破片を見て、永柄は呟いた。

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