第40話 革命ある進化


 粉々になったブレッサーが降り注ぎ。

 永柄は慌てて能力ブレスを解除する。


 頭上にあった石はもちろん、俺の周りを取り囲んでいた細長い石たちも消えた。

「どういうことだ⁉」

 俺が、動揺を露わにしている。


「ふっ」

 無意識に笑みが漏れた。

 永柄は今、が砕けたと思っている。狙い通りだった。


 そして俺は、何事もなかったかのように――能力ブレスを発動する。

神速の寝息スピーディ・スリーピー〟!


 体力も気力も減ってきて、疲労だって溜まってる。それでも、このチャンスを無駄にしてはいけない。


「何っ⁉」

 相手がいきなり自滅した。かと思えば再び能力ブレスを使ってきた。何が起きたのかわからない。鳩が豆鉄砲を食ったような、そんな表情だった。


 空中を高速で吹っ飛びながら、俺はあの日のことを思い返していた。

 永柄の命令で【十個の銃口】という能力ブレスを使い、強盗をはたらいていた男、渥見哲矢とのファミレスでの会話。




 渥見に教えられた場所に永柄がいなかったこと。敵にスパイの能力を持つ者がいること。それらについて話したあと、俺は打ち明けた。

「実はさ……お前のブレッサー、まだ壊してないんだ」


「えっ、そうなんですか?」

 渥見が意外そうに反応する。俺が壊したと言ったのを、完全に信じていたようだった。


「ああ」俺はバッグから渥見のにび色のブレッサーを取り出す。「いつか囮に使えるかもしれないと思って、こっそりとっておいた。でもお前がもうこれ以上悪さをしないって言うなら、返すっていう選択肢もあるかなって……」


 強盗をしていたのは、永柄の言いなりになっていたからであって、渥見自身は悪い人間ではないと俺は感じていた。自分でも甘い考えだと思う。どうせ能力者ブレストは全員敵になるのだから、こうして本人にわざわざ言う必要などないのだ。


 しかし、渥見が望むのであれば、俺はブレッサーを返そうと思っていた。つくづく戦うことに向いていない。

「で、どうだ?」


 渥見は少し考えてから、

「……いえ、いいです。峰樹さんが有効に使ってください」

 笑顔で言った。




 そんなわけで、俺が先ほど石に向かって投げつけたブレッサーは、渥見哲矢のものだった。スプレーで白く塗って、ポケットに忍ばせておいたのだ。前回の戦いのときにも持ってはいたが、使うタイミングがなかった。


 効果は絶大だったようだ。永柄は混乱し、動けないでいる。

 でも、予想以上に上手く引っかかってくれたな……。俺は吹っ飛ぶ布団に乗りながらそんなことを考える。


「吹っ飛べえぇぇぇっ‼」

「なぜだぁっ⁉」

 驚愕で固まる永柄の鳩尾に、俺は頭から突っ込んだ。


 永柄は数メートルの距離を吹っ飛び、後ろの壁に激突する。そのまま脱力したように地面に崩れ落ちた。


 ブレッサーは壊せなかったものの、かなりのダメージを与えることに成功したみたいだ。ここへきて、ようやく一矢を報いた。永柄が起き上がる前にもう一撃――。


 しかし、

「ふざけるなぁっつ!」

 永柄は勢いよく起き上がり、激昂した。口の端から血が垂れている。


 俺は反射的に一歩後ずさり、攻撃を躊躇ってしまう。そして、その判断が間違っていたことにすぐに気づく。


「俺の本気を見せてやる!」永柄の胸元が黒く光った。「〝閉じた岩ロック・ロック〟」

 永柄は巨大な石を、出現させる。


「なっ⁉」

 こいつは、何をしようとしている? 頭を強く打って、能力ブレスの制御が上手くできていないのだろうか。それとも、自棄になったのだろうか。


 いや、違う。彼の頭上の石をよく見ると、中が空洞になっている。それを見て、俺は気づいた。そういうことか!

「させるか!」


 俺はすぐさま〝神速の寝息スピーディ・スリーピー〟で、永柄に突っ込む。

 しかし、一瞬遅かった。俺は布団ごと、石の壁にぶつかって跳ね返されてしまう。むしろこちらがダメージを受ける形となってしまった。


「残念だったね」

 永柄は、石の側面に小さく空いた穴から俺を見ると、にたりと笑った。


 永柄は石の内側に籠ったまま、攻撃を再開した。次々と黒い光が宙に現れ、そこから石が降る。

 振出しに戻ってしまった……。石の雨を避けながら、俺は心の中で頭を抱えていた。


 攻撃を仕掛けている本人は、石によって守られていて、いわゆる無敵状態だった。

「……どうすれば」


 自分が動けなくなること、防御に使っている石が消えたときに狙い撃ちされること。それが、この戦法の弱点だということはわかる。が、それを上回るほどに強い。


 永柄の方も、ダメージはかなり蓄積されているはずだ。

 何か策はないのだろうか。もう一度フルスピードで突っ込んでみるのは……リスクが高すぎるか。


 一度【石がストーン】の届かない距離へ退がるしかない。そうすれば、永柄は動かざるを得なくなり、あの〝閉じた岩ロック・ロック〟を解除することとなる。


 今俺がいるのは……。

 俺と永柄とのだいたいの距離を算出し――嫌な予感が体中を駆け巡った。


「今度こそ、終わりだ!」

 永柄の籠城する石の内部から、強い輝きがあふれる。

 能力ブレスを超えた能力ブレス――神歌能力ゴッドブレス

 底の平らな巨大な石が、絶望の影を作り出す。


 ちょうど永柄の出現させた巨大な石の真下、その中心に俺はいた。

 この場所に誘導されていたのか!

「もう、どこへ逃げても間に合わないよ」


 今から〝神速の寝息スピーディ・スリーピー〟を使えば……。いや、間に合わない。石の落下まで、もう一秒もないだろう。


「死ねぇっ‼」

 もう先ほどのような奥の手はない。数トンの石が落下を始め、巨大な黒が迫る。

 やはり、神歌能力ゴッドブレスには敵わないのか……。


「健ちゃん!」

 姫歌の声が聞こえる。

 ここで負けてしまったら……。


 俺だけの問題ではない。オトハの、天王レクスになって平等な世界を作るという夢も終わってしまう。


 それに、永柄がしようとしていることを止めなければ、日本が、世界が大変なことになってしまうかもしれないのだ。たくさんの人が死ぬかもしれない。両親やクラスの友人も、その中に含まれている。


 絶対に、そんなことはさせてはいけない。

 守りたい――その気持ちだけが、俺の全てを支配する。


 ふと、歌が聞こえた。なぜ今まで忘れていたのだろう……。

 それは、今年の春に聴こえた、懐かしいような新鮮なような、とても不思議な音色だった。


 強い光が、辺りを白く染める。

「まさか!」

 永柄の、驚いた声が聞こえた。


「行くぜ! 神歌能力ゴッドブレス【風遁・布団が吹っ飛んだ】‼」


 白い光を纏った布団が、すさまじい速度で上に飛び――数トンの石を持ち上げた。そのまま神歌能力ゴッドブレスの発動を続ける。

「布団なんかに、俺の石が負けてたまるかああっ!」


 布団は巨大な石を上に押しやり、そのまま天井を突き破った。眩しい陽射しが射し込んでくる。巨大な石は木々をなぎ倒しながら、地上に転がった。


「俺は! この世界に復讐をするんだ! こんな世界は、ぶっ壊さなきゃいけないんだよ!」

 永柄が喚く。俺は、憐みにもに似た感情を抱いた。


 半狂乱になった永柄は、手当たり次第に能力ブレスを乱発する。

 落ちてくる石を無視して、俺は布団を吹っ飛ばした。


「俺の勝ちだ!」

 確証はなかったが、確信はあった。


 神歌能力ゴッドブレスによって強化された布団は、一瞬で永柄の元まで届く。

 石の防御壁を貫通し、永柄の黒いブレッサーを破壊した。

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