第39話 扇状と線上の戦場


 レミナスの強烈な回し蹴りにより土の壁が崩れ、目の前にガラスが現れた。

 その奥には膝をついた姫歌と仁王立ちする永柄がいた。


 俺とレミナスはそのガラスの前に立っていて、宮城は地面に倒れたまま、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「そのガラスを外せ。そうしないと、お前のブレッサーを壊す」

 足元に宮城のブレッサーを落とし、俺は言った。


「さっさと壊せば? っていうか、かなりしっかり設置してあるから、向こうに行くためには割るしかないし。ああ、それと僕のブレッサーを壊したところで、この地下の部屋は崩れたりしないから安心して。そんなことより、きみのかわいい幼馴染みちゃん、ピンチだよ」


 意地の悪い笑みを浮かべる宮城に腹が立つが、こいつを脅しても無駄なことはわかった。


「この野郎!」

 俺は舌打ちをすると、茶色のブレッサーを踏みつぶした。それを見た宮城の表情には、少しだけ安堵が浮かんだような気がした。


「もう一度、衝撃を与えてみます」

「あ、ああ」


「ハァアアアアアッ!」

 先ほどと同じく、レミナスが後ろ回し蹴りを放つが、ガラスが割れることはなかった。


「ダメか……」

「すみません」

 レミナスがしゅんとしたように言う。


「残念だね。そんな生半可な打撃じゃ割れないよ」

 宮城があざ笑う。彼が躊躇なく、俺にこのガラスの存在を教えたということは、耐久性は相当高いのだろう。


「いや、大丈夫だ。次は俺がやるから、少し下がっててくれ」

 迷っている暇はなかった。姫歌がピンチなのだ。一刻も早くこのガラスを破らなければならない。それに、新技の威力を確かめるのにちょうどいい。


「何をするつもりだ⁉」

 宮城はニヤニヤした笑いを引っ込めて、俺を不審そうな目で見た。


「残念だったな。俺が前回のままでいると思ったら大間違いだ」

 足元に布団を出現させて上に乗り、斜め上に向かって吹っ飛ばす。その力に重力が加算され、布団は前方へ一直線に進むジェット機と化す。


 前回の永柄との戦いで、小湊を吹っ飛ばしたときと同じだった。しかしこの技では、俺が自ら弾丸となる。客観的な視点から見ることができないため、コントロールは至難の業だった。


 コツコツと練習を積み重ねて、なんとか使えるようになった。

 新技〝神速の寝息スピーディ・スリーピー〟。


「いっけええええええええええっ‼」

 上手くバランスを取りながら加速し、ガラスに向かって突っ込む。ある程度まで加速してしまえば、そのあとは慣性の法則で比較的安定する。


 破片が刺さらないように、当たる瞬間にあらかじめ出しておいた布団を目の前に広げる。

 体を強い衝撃が襲い、バリンというガラスの割れる音がする。


「バカなっ⁉」

 宮城が驚いた声が背後から小さく聞こえる。


 そのまま姫歌のいる場所まで滑空し、彼女と永柄の間に割って入る。

 永柄は俺の登場に一瞬だけ目を見張ったが、すぐにいつもの眠そうな目に戻る。


「遅いよ。健ちゃん」

 まるで、俺が助けに来ることを知っているかのような口ぶりだった。


「悪い。遅くなった」

 姫歌の膝からは血が流れていて、腕にはいくつかの擦傷とあざが見える。


 そんな傷だらけになってまで――。

 悔しさと怒りがない交ぜになってこみ上げてくる。


「あのガラスの壁は、きみの能力ブレスでは破れない強度だったはずだが」

 永柄が感心したように言う。


「んなことはどうでもいい。それより、よくも姫歌を」

 大切な幼馴染みを傷つけた男を、俺は睨みつけた。


「まあいい。どうせ全員倒す予定だったんだ。こちらから接触する手間が省けた」

「全員倒す? 俺がお前を倒して、それで終わりだ!」

 視線がぶつかる。一触即発の空気。


「暁! こんなことはもうやめましょう!」

 レミナスが少し離れた場所から声をかける。変わってしまったパートナーの姿を見て、つらそうに顔を歪めていた。


「黙れ。いまさら引き返せるか! 俺は、世界に復讐をするんだ」

 ポーカーフェイスの仮面が少しだけ剥がれかけて、憎悪の表情が覗く。

 そして俺は、永柄の発言に小さな違和感を抱いた。こいつ、もしかして――。


「健正!」

 アルマが近づいて来る。今にも泣きそうな声だった。姫歌が一方的にやられる姿を見て、心を痛めていたのだろう。

「アルマ。姫歌を頼む! 向こうの壁まで連れて行ってくれ」


「うん! 任せて」

 アルマは俺の指示通り、姫歌に肩を貸して歩いて行った。


「あの子を離れた場所に待機させておいていいのか? 俺は容赦なく狙うかもしれないよ?」


「お前が能力ブレスで石を降らせることのできる範囲は制限があるんだろ?」

 俺がその仮説を立てたのは、前回の戦闘のときだった。


 永柄が逃げたあとに周りを観察した際、石が落ちた跡が扇状に分布していたことに気づいたのだ。永柄が立っていた場所を中心にして、半径約十五メートル。それが【石がストーン】の攻撃範囲だと、俺は推測していた。


 今回もそうだ。石の落下の痕跡は、永柄の今いる場所よりも少し後ろの地点を中心に、扇形を描いている。


「へぇ。そこそこ頭が切れるようだ。でも――」

 永柄の反応からも、俺の推測が当たっていたことがわかる。したがって、永柄がその場から動かない限り、二十メートルほど離れた壁際にいる姫歌は安全だ。


「攻撃範囲がわかったからといって、俺に勝てるかどうかは別だ。くらえ。〝隕石のあめメテオドロップス〟」


 永柄のブレッサーが黒い光を発した。俺を石で狙いながら、自身は後退して距離を取る。彼にとって、相手を観察しながら攻撃をするのに適している間合い。前回、この距離を詰められなかったのが敗因の一つだ。


「最初から全力でいく」

 俺は降り注ぐ石を避けながら、足元に布団を出す。そして再び〝神速の寝息スピーディ・スリーピー〟を発動した。


 俺と永柄を結ぶ一直線。その線に沿って、能力ブレスを加速させる。

 重力とのバランスを取りながら、俺は永柄にに猛スピードで接近する。当然、永柄の能力ブレスは追い付けない。


 空気の抵抗を全身で感じる。できれば、相手がこの技に慣れてしまわないうちに決めたいが――。


「なるほど、それであのガラスを破ったか」

 永柄は体をひねり、最小限の動きで躱す。


 この技の弱点は、攻撃範囲が狭く、軌道も直線的になってしまうところだ。攻撃の方向とタイミングさえわかれば、避けるのは難しくない。


 だから――。

神速の寝息スピーディ・スリーピー〟!


 体勢を整え、すぐに逆方向に布団を吹っ飛ばす。連続で使い、相手に反撃の隙を与えない。


「甘い」

 永柄は横に飛びのいて、布団の軌道上から外れる。


「まだまだぁ!」

 さらにターン。

 宮城と戦ったときの疲労が色濃く残っていたが、そんなことは気にしていられない。


 チャンスが訪れたのは、俺の攻撃が何往復か繰り返されたときだった。

「そろそろ鬱陶しいな」

 永柄は自身の目の前に大きめの石を降らせた。それは壁となって俺の攻撃を阻む。真っすぐ突っ込んで来る俺に対し、カウンターを食らわせようという魂胆だ。


 よし。そうくることは予想済みだ!

 俺は力の方向を上に変えた。重力に負けないよう、能力ブレスの力加減を調整する。


 上昇して、壁になっている石を超えた。このまま、向こうにいる永柄を上から叩き潰す。そのはずだったのだが――。


「いない⁉」

「やはりそうきたね。弱い能力ブレスだと思っていたが、少し考えを改めなくてはならないようだ」


 永柄の姿はすでになく、彼の声は後方から聞こえる。

 俺の攻撃は予想されていたらしく、永柄は石の壁を回り込んで、俺の斜め後ろに素早く移動していた。


「くそっ!」

 まだだ!

 方向転換を試みるが、布団を飛ばす方向の微調整を誤り、バランスを失ってしまった。俺は地面に手をついて、どうにか転倒を免れる。


「やっぱり、左右への急な方向転換は難しいみたいだね」

 こいつ、そこまで見抜いて!


 頭上が黒く光るのを感じ、起き上がって体勢を立て直す。永柄の方を向いたまま後ろに飛び退いた。目の前に石が落下する。


「おっと、逃がさないよ」

 今度は後ろに石が降る。それは細長い形をしていて、ズンと鈍い音を立てて地面に突き刺さった。


 続いて数本の細長い石が、俺を取り囲むように次々と落下し、地面に刺さる。永柄はそうして、石の牢獄を完成させた。


 石と石の間隔は、人がギリギリ通れるくらい。間を抜ければ外側に出られるが、その瞬間を狙われるのは明らかだった。

 布団を飛ばして上から脱出する……? ダメだ。そんな時間はない。


「捕まえた」

 永柄はそう言いながら、俺の頭上に石を出現させた。


「健ちゃんっ!」

 姫歌の悲痛な叫び声が響く。


「さあ、潰れろっ‼」

「くっ!」

 これしかないか……。頭上の石に向かって思い切り、俺は


「何だとっ⁉」

 ブレッサーは石と衝突して、音を立てて砕け散った。


 永柄は慌てて攻撃をキャンセルすべく石を消す。能力者ブレストでない人間を傷つけると、ペナルティがあるからだ。

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