第35話 ショータイムへご招待


 数分ほど歩くと、永柄のアジトがあるはずの場所に到着した。今まで通ってきた道と同じく荒れた土地だった。人間が歩くことを想定されておらず整備されていないため、足場が悪い。

 永柄たちは――見当たらない。やはり地下にいるのだろうか。


「気を付けてください。私もこの先はどうなっているかわかりません」

 レミナスが注意を促した。

「ああ」

 大丈夫。緊張はしているが、頭は冷静だ。いつでも能力ブレスを発動できる。


 数メートル先で、地面が盛り上がった。

「来るぞ!」


「やあ。ようこそ」

 地面に空いた穴から上半身だけを覗かせているのは、たしか……宮城と呼ばれていた男だ。穴を掘る能力者ブレスト


「くらえっ!」

 すかさず小湊が衝撃波を放つが、宮城は寸前で穴に潜って避ける。


「あはは。そんな急がなくたって、ちゃんと戦闘にふさわしい舞台を用意してあげるって」

 再び上半身を出して宮城が言う。


 次の瞬間、地面が揺れて、足場が崩れ始めた。

「キャッ!」「なんだ⁉」


「さすがに、敵が攻めてくることくらいは想定済みだよ」

 どうやら、あらかじめ仕掛けていた罠を発動させたらしい。


「みんな、落ち着いて! なるべくバラバラにならないように」

 とは言ったものの、立っていることすらままならない。思い通りに動くことなんてできやしない。


 レミナスを含めたフェリク人は空中浮遊を発動する。が、混乱して止まってしまっていた。


「それぞれ、近くにいる能力者ブレストから離れるな!」

 オトハが叫んだ。残りの三人も、その言葉でいくらか落ち着きを取り戻した。


 レミナスは俺の、トーマは春風さんの、アルマは姫歌の、そしてオトハは小湊の元へ移動する。


 地面が大きく隆起し、土の壁が現れて完全に分断される。

「くそっ!」

 みんなとはバラバラになってしまった。

 足元に穴が出現し、俺はなすすべなく落下した。




「ってぇ」

 俺は尻を叩きながら立ち上がった。

 落ちて来た穴は徐々に小さくなり、やがて塞がってしまった。

 他に出入口は見当たらない。


「大丈夫ですか?」

 ゆっくり降りて来たレミナスが、心配そうに言う。

「ああ。特に大きな怪我とかはないみたいだけど……」


 改めて観察すると、俺の落ちてきた場所は一つの部屋のようになっている。

 明かりは壁に設置されたろうそくのみで頼りない。


 警戒しながら部屋を調べるように歩き、真ん中辺りに差し掛かったときだった。地面が茶色く光り、人影が現れる。


「やあ。峰樹みねき健正くん。きみの相手は僕だ」

 俺の前に姿を見せたのは、穴を掘る能力者ブレスト、宮城だった。

 都会的なファッションに身を包み、つばのある帽子を斜めにかぶっている。


「永柄はどこだ⁉」

「さあね。僕を倒してからじゃないと、暁さんのところへは行けないよ」

「なら、さっさとお前を倒すまでだ!」

「果たして、きみにそれができるかな」


「レミナスは下がっててくれ」

 残念ながら、フェリク人は能力者ブレスト同士の戦いに干渉することができない。それは他人のパートナーであっても同様だろう。


「わかりました。ご武運を祈ります」

 そう言って、薄暗いこの場所に不釣り合いな和服姿のフェリク人は壁際に移動した。


「さて。もう気づいてると思うけど」

 茶色の光を発しながら、宮城が地面に消えた。


「僕の能力ブレスは【穴をホール】だ」

 また別の穴から顔を覗かせる。


「このアジトみたいにただ単に穴を掘ることもできるし」

 今度は後ろ。


「今みたいに、地中を自由自在に移動することもできる」

 次はさらに離れた場所。


「地面の硬さによっては体力が要るんだけど」

 俺は能力ブレスを発動し、布団をぶつけようと試みるが、いとも容易たやすく避けられる。


「ここだったらそれほど必要ない」

 また別のところから現れた宮城は、こちらを嘲笑し、挑発するような表情だ。

「くそっ!」


「つまり、このフィールドでは圧倒的に僕が有利ってこと」

 宮城が斜め後ろに現れ、ニヤニヤしながら石を投げる。

 俺はとっさに布団を出して、それをガードした。


 宮城は繰り返し地中を移動しながら、次々と石を投げつけてくる。

 それを俺は避けたり、布団を出して防いだりしていた。


 たしかにこいつの言う通り、圧倒的に地の利は敵にあった。近づこうにも、すぐにこちらの干渉できない地中に逃げられてしまう。

 至上最高難易度のモグラたたきをしているような気分だった。


 しかし、相手の【穴をホール】は攻撃的な能力ブレスではない。決定力に欠けるのも事実だ。


「このままじゃ埒が明かないね。そろそろ降参してほしいんだけど」

「誰がするか。お前こそ、そんなに能力ブレスを乱用して大丈夫なのか?」

 俺の言葉に、宮城が顔をしかめる。口では余裕のある風を装っているが、焦りも感じている様子だった。


 もしも俺が宮城の立場だったら――。自分の能力ブレスと地理的なアドバンテージ。相手の能力ブレス。それらを総合的に考えることで、一つの解が浮かび上がった。他にも選択肢はあるが、これに賭けてみる価値はある。


 それから数回、投石と布団の攻防を繰り返す。

「持久戦か。いいだろう。そっちがそのつもりなら受けて立つ」

 宮城のこの言葉はおそらく、俺を油断させるための嘘だ。

 冷静に対処しながら、俺はその瞬間を待っていた。


 足元が微かに揺れる。

 来た!

 地面が消え、身体に浮遊感が訪れる。重力に従い、落下が始まろうとしている。

 だが、狙い通りだ。


 より確実に勝つために、宮城は何かを仕掛けてくると踏んでいた。

 彼の能力ブレスから考えて、俺を穴に落とす、というのが妥当だろうと思っていた。戦闘における物理的な高低差というのは、想像以上に大きなアドバンテージを生み出す。


 そして宮城は予想通り、俺の真下に落とし穴を作った。穴に落とした後はどうするつもりでいたかはわからないが、何にせよ彼の作戦は失敗だ。


「さあ。これで終わりだ!」

 大きく空いた穴の縁。地面から完全に姿を現した宮城が言った。しかし、勝ち誇った顔は一瞬にして驚きに染まる。


「そうだな。終わりだな」

「なっ、なぜ落ちていない⁉ なぜ浮いている⁉ まさか、その光は――」

 俺の足元の白い光に気づいたようだ。


「布団をんだよ!」

 布団をコントロールして前へ進むと、俺は思いっきり宮城の顔面を殴りつける。この好機を逃すわけにはいかなかった。


 直径は五メートルほどの穴の上、俺は布団に乗って浮いていた。形だけ見れば、まるで魔法の絨毯だ。


 俺は連続的に能力ブレスを発動し、足元に出した布団を上方向に吹っ飛ばし続けていた。これが、特訓で身に付けた技のうちの一つ。便利だったが、力の調整は難しく、消耗も激しいのが難点だ。


 能力ブレスを解除し、地面に横たわった宮城に近づく。

「残念だったな」

 動けないでいる宮城の茶色のブレッサーを回収する。


「ああっ⁉」

「安心しろ。まだ壊さねーよ。お前の能力ブレスで作られたこの地下が崩れるかもしれないからな。で、永柄はどこだ?」


 体力はそれなりに消耗していた。しかし、仲間が心配でもある。早めに合流しなくては。


「そこの壁に衝撃を与えてみなよ」

「壁に……?」


 違う部屋への通路でも出てくるのだろうか。

 いや、それよりも……。抵抗することなく、敵にそれを親切に教える宮城に違和感を抱いた。言う通りにしていいのだろうか。しかし、他にすることがないのも事実だった。


「私がやります。峰樹さんは下がっていてください!」

 俺の考えていることを察したのか、レミナスが近づいて来た。

「ああ。頼む」


「ハァアアアアアッ」

 気合の入った掛け声とともに、鋭い後ろ回し蹴りが炸裂した。和服には切れ込みが入っているようで、綺麗な脚がチラりと見えた。


 え。待って。レミナスさん、そのおしとやかな雰囲気で武道系キャラなの? びっくりした……。


 土が崩れ、大きなガラスが出現する。俺は近づき、ガラスの向こう側を覗く。

「なっ⁉ これは……」


「さあ。ショータイムの始まりだ。大切なお友達が無残にやられる姿を、そこから見てな」


「暁……」

 レミナスもガラスへ近づくと、自分のパートナーの名前を小さく呟いた。


「姫歌っ‼」

 ガラスの向こうに見えたのは、地面に膝をつく姫歌と、仁王立ちする永柄だった。姫歌の後方にはアルマもいる。


「おっと。ガラスは防弾性だ。それに、向こうからは見えないようになっている。何をしても無駄だぞ」

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