第34話 この凄惨な過去のせい
永柄暁に関するレミナスの話は、凄惨なものだった。
事件が起こるまでの永柄暁は、努力家で真面目な高校生だった。幼い頃に父親を亡くしていて、母親との二人暮らし。家は貧乏で不自由なことも多かったが、懸命に勉学に励んでいた。誰が見ても、裏表のない素直な優等生だった。
四月。レミナスがフェリク・ステラの戦いの話をしたときも、彼はすぐに信じた。自分でよければ協力すると、頼もしく言ったそうだ。
初めての
その時点では、他の
もしも最後の一人まで残れたのならば、母親と二人で旅行に行きたい。永柄はレミナスに、嬉しそうにそう話した。それはどこまでも純粋で、真っすぐな願いだった。
相変わらず家は貧しかったが、高校生活は順調だった。アルバイトも始めて、少しは家計を助けることができるようにもなった。
全てがいい方向に向かっている。永柄は輝かしい未来図を描き、期待に胸を膨らませていた。
レミナスと永柄が出会ってから二週間が経ったある日。悲劇は突然降りかかる。永柄の母親を雇っていた人間が姿を消したのである。
彼女の収入は低かった。福利厚生などもあまり充実しているわけではなく、お世辞にもいい職場とは言い難かった。しかし、これといって資格やスキルのない四十を超えた女性を雇ってくれるところなどなかなかない。正社員として働かせてもらえるだけでもありがたい。そんな状況だった。
経営状況があまりよくないことは、永柄の母親にも察しはついていた。社員のリストラが増えた。銀行からの融資の返済を催促する電話がかかってきたことも、一度や二度ではなかったという。それでも彼女は腐ることなく、人一倍働いていた。
そして――前月分の給料が支払われないまま、経営者が社員数名と共に逃げ出した。その行方はわからず、連絡もつかなかった。
約二か月分のただ働き。永柄家にとっては、生活に関わる大きな打撃だった。
職を失った彼女は精神的に参ってしまい、倒れて入院することになる。
「ちょっと、疲れちゃったな」
困ったような顔で彼女は言った。それは、永柄が母親の口から初めて聞いた弱音だった。
このとき、永柄暁の中で積みあがってきた世界への認識が、音を立てて崩れた。
彼は気づいてしまったのだ。
頑張れば報われるというのなら、報われなかった母親は頑張っていなかったのだろうか? いや、どう見ても彼女は頑張っていた。どれだけ仕事で疲れていようとも、笑顔を絶やさなかった。息子の授業参観や運動会には必ず出席した。その結果がこれだ。
希望、慈愛、優しさ、思いやり――。
永柄の中で、それらの言葉が黒く塗りつぶされていく。
自分が今までやってきたことは、いったい何だったのだろう。
過酷な環境に負けず常に笑顔で働く母親を、決して弱音も愚痴も吐かず女手一つで自分を育ててくれた母親を、世界の誰よりも尊敬していた。
だから自分もそうなろうと、彼は必死に努力した。
二人で頑張り続けていれば、いつかきっといいことがある。そう思って生きてきた。
ところが現実は無情にも、さらに悪い方向へと進み始めた。
全てが無駄だった。無意味だった。無価値だった。無慈悲だった
そもそも、この世界が間違っていたんだ。
なら、全部壊してしまえばいい。
そうだ。そうしよう。ちょうど、それができるだけの力だってある。
今まで蓋をして、気づかないふりをしていた感情が、永柄の心の底から次々とあふれ出す。一たびこぼれると、それは止まることはなかった。
絶望、怨嗟、憎しみ、無力感――。
――世界に、復讐してやる。
「彼の母親の命に別状はありませんでした。無事に退院して、今はコンビニで働いています。でも、暁は気づいてしまったんです。今まで目を向けて来なかった、この世界の悪い部分に」
切り揃えられた前髪から覗くレミナスの瞳は悲哀に歪んでいた。
「そんなことが……」
それ以上、言葉が出てこなかった。この話が本当であれば、とてもではないがやり切れない。
「それから、暁は変わってしまいました。
俺は永柄暁ではないから、彼の気持ちを理解することはできない。彼がどれだけつらい思いをしたかなんてわからない。
――俺がもし、
俺は、永柄のようになっていなかったと言い切れるだろうか。
もしも彼の母親が倒れていなかったら。もしも彼が
どうしてこんなことが起こってしまったのだろう。やるせなさとも悔しさとも少し違う、なんとも言えない感情が胸を支配する。
でもやっぱり、永柄がしようとしていることは間違っている。
「永柄は仲間を集めてるってことだけど、最終的にどうするつもりなんだ?」
俺はレミナスに質問をする。
「これは本人から聞いたことではないので、私の推測でしかないのですが……おそらく暁は、日本をめちゃくちゃにしようとしているのではないかと思います。残念ながら、
彼の
どうしてそんなことを――。いや、それが説明できれば苦労はしない。俺は永柄が味わってきた人生を、何も知らない。
ただ一つだけ言えることがあるとすれば、絶対に永柄を止めなくてはならない、ということだけだ。
「だから、どうかお願いです。暁を、永柄暁を倒してください!」
涙を流しながら頭を下げ、自分のパートナーの敗北を懇願するレミナス。それはそのまま、彼女の
「わかった。俺たちに任せてくれ」
その言葉を、上手く消化できない気持ちと共に、自身の胸に刻みつける。
「健ちゃん、何カッコつけてんの」
姫歌が俺の背中をバシンと叩く。
「安心していいよ。俺は全ての女性の味方だからね」
小湊が白い歯を見せて笑う。
「レミナスさん。話してくれてありがとうございます」
春風さんが優しく微笑む。
「皆さん……。ありがとうございます」
顔を上げて俺たちを見回した彼女は、再び深く礼をした。
「レミナス殿。そなたの気持ち、たしかに受け取った。よきにはからえ!」
「大丈夫。
「まあ、言われなくとも、元々そのつもりだからな」
オトハたちも力強く、レミナスに応えた。
「私は
レミナスに先導され、俺たちは歩き始めた。
不思議と、さっきよりも心が軽くなっていた。それに反比例するように、決意は強固になっている。
結局俺は、
紺野環に負けてから練習を始め、ついこの前、やっとものにできた。まだ実践で使えるかどうかは不安だが、
それに、俺には心強い仲間もいる。
小湊の【朝食抜かれて超ショック】は非常に強力だ。遠距離でも近距離でも威力を発揮する、目に見えない攻撃は敵からすれば脅威だろう。
しかし、女性陣の
バラバラにならずに、なるべく固まって行動しなければならない。
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