第四章

第33話 未知の地への道の沈黙


 ある田舎町の外れ。居住者のない木造の家は半壊し、カラスが野良猫の死骸をついばんでいる。人工的なものがほとんど見当たらない。まるでタイムスリップでもしたかのようだ。


 先ほどまで歩いていたところは、人間が住んでいるような家や何かを栽培している畑もあったが、ここには人の気配がまったくない。たった数百メートル離れただけで、地球を半周くらいしたように感じた。結界でも張られているみたいだ。


 草や木は生命いのちまっとうするかのように茂っている。

 世界に取り残されたような場所だった。


 片道約四時間。俺たちは電車を乗り継いで、たまきに教えてもらった永柄の新しいアジトへと向かっていた。




 先日、海で紺野こんの環に遭遇し、神歌能力ゴッドブレスに関する話をしたあとのこと。


「ここが永柄ながつかあきらの新しいアジトになります。つい昨日、新たにつかんだ情報です」

 環はスマホを取り出し、地図を表示して見せた。


「どうしてお前がそんなことを……」

「情報なんて、いくらでもお金で買えます。正確には、情報を得るための人間を雇っているだけですけどね」


「そうか。えっと……助かった。感謝する」

 一度半殺しにされた人間に礼を言うのは、なんだか変な感じだった。

「要りませんよ、そんなもの。気色悪い」


「でも、なんで教えてくれたんだ? 俺たちは敵同士だろ。もしかして、お前も協力してくれるのか?」


 環が一時的にでも味方になってくれるのであれば、それほど心強いことはないと思った。


「単なる気まぐれです。それに、あなたを倒すのをただ単に後回しにしているだけで、敵同士ということは変わりません。で、行くんですか?」


「ああ。そのつもりだ」

 残念だったが、情報を貰えただけでも収穫だった。

「そうですか。せいぜい死なない程度に頑張ってください」


「相打ちになってくれるとありがたいんだがな……」と、フィンが呟く。

「ちゃんと生きて帰って、お前らを倒してやるから。安心して待ってろ」

 俺は胸を張ってそう言った。




 というように、思わぬところから欲しい情報が舞い込んできたのである。

 俺たちは二週間の準備期間を設けて、夏休みが始まったばかりの今日、こうして永柄のアジトに乗り込もうとしている。


 画像として保存した地図を、スマホ越しに眺める。逆三角形が示す永柄の居場所に、着実に近づいていた。


「もう少し先だ」

健正けんせい、本当にここで合っているのか? 敵に教えられたのだろう?」

 小湊こみなとが持ってきたサンドイッチを食べながら、不安そうに言った。


 正午を過ぎて、小湊の能力ブレス【朝食抜かれて超ショック】の発動条件は満たされている。


「あいつは、そんな無意味なことはしないはずだ」

 環には、わざわざ俺に嘘をつくメリットがない。


 俺たち能力者ブレストをおびき寄せて一網打尽にするための罠。少しはその可能性も考えた。


 だが、もしそうだとすると矛盾点が浮かび上がる。俺と姫歌ひめかをあのときに見逃した環が、今更そんなことをするだろうか。


 それに、さすがに一度に四人を相手にするなんてことはしないだろう。俺たちを狙うなら、もっと確実な方法をとるような気がした。


 そもそも、環から得た情報以外に手がかりはないのだ。今手元にある情報の真偽を確かめたり、他の情報を集めている場合ではない。最悪の事態が起こる前に、永柄を止めなければならないのだ。


 上空から、威嚇するような鳥の鳴き声が聞こえた。俺たちを食料として認識しているようにも思える。


「なんか、怖いね」

「大丈夫ですか、姫」

 姫歌と、それに寄り添うトーマ。本物の姫と騎士みたいだ。


「わっ! キノコ生えてる! 美味うまそう!」

 アルマが木の根元にしゃがんで言った。お前はもう少し緊張感を持て。


「アルマくん、それはダメです。テングタケという毒キノコの一種で、食べると下痢や嘔吐、痙攣や呼吸困難を引き起こします。最悪、死ぬ場合もあります」


 春風はるかぜさんが厳しい表情できっぱりと言い放つ。なぜそんなことを知っているんだ……という質問は、答えを聞くのがなんだか怖いので、心の奥にしまった。


「えええっ⁉ マジかぁ~」

 かなり本気で食べる気だったらしく、アルマがしおれる。フェリク人なら大丈夫なような気もするけど……。


 七人は固まって、人気ひとけのない方へ進んで行く。先日、海に行ったメンバーと同じだ。春風さんのパートナーであるヴィオは今回も来ていない。


 文明はより衰退し、自然が力を増してくる。この場所が日本であることが信じられない。外国の未開の地と言われた方がまだしっくりくる。敵から身を隠すためのアジトとして、十分に適していると言えるだろう。


 不安と緊張が入り混じった沈黙に支配される。

 先ほどまで元気だったアルマも、今は口をつぐんでいる。


 重苦しい空気が充満していた。

 服が草木に当たって擦れる音が、じわりじわりと精神を削っているように思えてくる。


「あの……」

 綺麗なソプラノが響いた。誰のものでもない声だ。

 俺は驚愕して振り返る。


 背後に、和服を着た女性が立っていた。まったく気配を感じなかった。まるで、瞬間移動してきたかのようだった。


「誰だ!」

 俺が叫び、小湊が能力ブレスを発動しようと構える。


「待ってください!」

 和服の女性は両手を胸の高さに挙げて、敵意がないことを示すポーズ。


「その女は、私たちと同じ天王レクス候補だ」

 オトハが言った。トーマとアルマも同じように気づいたようだった。フェリク人はフェリク人を見たときに判別できるらしい。


 となると、気配を感じなかったのも納得できる。この女は本当に瞬間移動で現れたのだ。


「そう……なのか?」

「はい。私は永柄暁のパートナーのフェリク人です。レミナスといいます」

 永柄の⁉


「永柄のパートナーが俺たちに何の用だ⁉」

 思わず声がとげとげしくなる。


「あの、話を聞いてください。暁があんなことをしているのは、私のせいなんです。どうか、暁を解放してください」

 レミナスと名乗った女は、懇願するように頭を下げた。


「解放?」

 あんなこと、というのは、戦いに無関係な人間を人質にして他の能力者ブレストを無理やり仲間に引き入れようとしたり、犯罪を強制したりすることだろうか。


 強盗を命じられた渥見あつみ哲矢てつやは自分の犯した罪に苦しんでいた。戦いとは無関係でありながら人質にされた小湊の祖母や、春風さんの双子の弟の姿が脳裏をよぎる。


 そしてこの女は、永柄がそれをしているのは自分のせいだと言いたいのか。今の発言だけでは、何が何だかわからない。


「それは、どういうことですか?」

 春風さんが尋ねる。


「こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないんですけど……暁は、本当は優しい人だったんです。でも、彼は変わってしまったんです」

 彼女はそう言って、永柄暁の悲劇を話し始めた。

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