第32話 フェリク・ステラ③


 フェリク・ステラの中心都市のさらに中心。この世界のリーダーである天王レクスの住む、豪奢な建物。その地下にあるモニタールーム。


「順調かい?」

 背後から突然現れる気配に、シェレンが驚くことはもうない。ここ三か月で慣れてしまった。


「まあ。順風満帆とは言い難いですが、大きな問題はないと思います。今日は、新しく神歌能力ゴッドブレスを覚醒させた能力者ブレストが一名出ました」

「そうか。ますます楽しみになってくるな」


 七月のある日の夜。現天王レクスのディバルとその秘書シェレンは、モニターを見て会話をしていた。


「生き残りはどのくらいだ」

「六月の初めには約百三十名でしたが、現在は百十四名にまで減っています。二日に一人の割合で減少中ですね。四月の減少度合と比べると、かなり緩やかになっています」


「まあ、母数が減っているしな。そんなものだろう」

「今日も戦闘が起きる様子はありませんね」

「そうだな」


 ディバルは大きく口を開けてあくびをする。青色の髪がはらりと揺れた。

「ディバル様、ちゃんと寝てますか?」

 髪の色と同じ青い目が、いつもより眠そうなことに気づいて、シェレンは問いかける。


「ああ、実は昨日は寝てなくてね」

「何かあったのですか?」


 天王レクスともなると、やるべきこともたくさんある。しかしディバルは仕事が早く、シェレンが秘書になってからは徹夜したことなど一度もなかったはずだ。何か大きな問題が発生したのだろうか。今日もすでに夜の九時を過ぎている。疲れているのなら休んでほしいと、シェレンは思っていた。


「注文していた漫画が、日本からやっと届いたんだ。読んでたらいつの間にか朝日が昇っててね。きみも今度読んでみるかい?」


「いえ、結構です」

 シェレンは心配したことを後悔し、ドライに返答をする。正直、日本の文化に興味を引かれなくはなかったが、今は大事な戦いの最中だ。それどころではない。


「ところで、ディバル様は気になっている能力者ブレストとかいるんですか?」

 シェレンはふと気になって質問をしてみる。ディバルの口から、個々の能力者ブレストについての話が出たことはほとんどなかった。


「今のところ、六人」

 ディバルが即答したことにシェレンは驚いた。彼は企画者でありながら、あまりこの戦いに興味がないように見えたのだが、それは彼女の思い過ごしだったようだ。


「教えていただけますか?」

 シェレンが言う。

「ああ」

 ディバルは不敵に笑うと、脇にはさんでいたタブレットを操作し始める。


「まずはこいつ。紺野環。金の力で勝ち上がっているように見えるものの、圧倒的な戦闘センスを持っている。その上、能力ブレスも強力だ。まさに鬼に金棒だな」

 約二か月前、峰樹健正を一方的にボコボコにした男だ。


「やはりですか」

 当然出てくると思っていた名前だったので、シェレンに驚きはなかった。


「次、永柄暁。現在、最も大きなグループのリーダーだ。組織を作るのが上手い。

 とにかく、人間をたぶらかす力に長けていて、仲間集めはお手の物。ま、こいつの場合、仲間というよりも信者と言った方が正しいか。一度崩壊しかけたが、再び信者を集めてさらに強力になっている」


「私も彼は気になっていました。この戦いに対する執念には、並々ならぬものを感じます」

 二週間前に行われた峰樹健正たちとの戦いを見て思った。


「きっと、何か理由があるのだろう。ちなみに、神歌能力ゴッドブレスを最初に発現させたのもこの男だ。いやぁ、五月の最初の方だっけ。あれは早かったね。びっくりしたよ」

 ディバルの口調が砕けている様子からも、驚きようがうかがえる。


「何を言ってるんですか。私の方がびっくりしましたよ。いきなり規定値を超えたエネルギーが観測されたときには、もうクビになるかと思いました」


 シェレンは神歌能力ゴッドブレスの存在を知らなかった。五月に永柄暁が力を覚醒させたのをモニター越しに見て、すぐにディバルに連絡を取ったのだ。


 ディバルはあっさりと神歌能力ゴッドブレスについて白状した。天王レクス候補からパートナーの能力者ブレストに授けられる能力ブレスの中に、こっそり神歌能力ゴッドブレスの力を紛れ込ませたらしい。それは天王レクス候補のフェリク人にも伏せられているという。


 神歌能力ゴッドブレスは、単なる能力ブレスの強化だけでなく、特殊効果を付与する場合もある。シェレンが知っているのはそのくらいで、発動のきっかけまでは秘書である彼女も教えてもらえなかった。


「すまない。いずれ話すつもりだったんだが、あまりにも早くて」

「でも、どうしてそんな危険な力を……」


 単なる能力ブレスですら、地球の科学技術を大きく超えた危険な力であるのに、それを上回る力を与えてしまうというのは、あちらの世界を滅ぼそうとしているとしか思えない。しかし、ディバルの答えはシェレンの予想だにしないものだった。


「いやぁ、やっぱりこういうバトルって、覚醒要素があると盛り上がるじゃない?」

 語尾に、てへぺろ! とでも付きそうな軽薄な物言いだった。本当にそれだけなのか、もしくは別の理由があるのか、シェレンは推し量れずにいた。


「あと、他には――」

 これ以上の追及を避けるように、ディバルは二人の名前を挙げた。鍋島なべしま歩夢あゆ鵜ノ澤うのさわ陽平ようへい。二人とも、戦いの中で目立っていたため、さして驚きはしなかった。


「んで五人目。諸星もろぼし亜蓮あれん

 ここにきてシェレンは眉根を寄せる。ディバルの操作するタブレットに映った男の顔に、見覚えがなかったからだ。何をもって注目に値するのか、よくわからなかった。


「どうして、この男が?」

「今まで一度も能力者ブレストに遭遇していない。上手く戦闘を避けている」


「そういう能力者ブレストなら他にもいるんじゃないですか? 戦闘向きでない能力ブレスだったり、戦うのが怖かったり」


「まあ、そうだな。だがこいつの場合そんなことはあり得ない。性格的にも、戦闘に恐怖を抱くような人間ではない」

 ディバルが画面ををタップすると、その能力ブレスが表示される。


「この能力ブレスは……」

 彼は非常に強力な能力ブレスを持っていた。なぜ積極的に戦いに参加しないのだろう。底知れぬ怖さを感じる。


「そして最後に、峰樹健正。きみも注目しているみたいだね」

 図星を突かれ、とっさに取り繕う言葉も出ない。

「……ばれてましたか」

 結局、正直に認めることにした。


 戦いを運営する立場であるため、中立でいなくてはいけないことはわかっている。しかしなんとなく、彼に生き残ってほしいと思ってしまうのだ。


「まあ、こちらからはよっぽどのことがないと干渉はできないことになってるし、いいんじゃないか? 応援するくらいなら」


「あ、ありがとうございます」

 別に応援しているというわけではないのだが、それを話すとややこしくなりそうなので、素直に礼を述べた。


「きみも知っているだろうが、最初に挙げた紺野環、そして永柄暁の両名と戦闘になりながらも生き残った男だ。身体能力こそ高くはないが、頭の回転が速い。能力ブレスの使い方が上手い」


 シェレンは彼が特訓している風景を見たことがあった。まだ完全に使いこなせてはいないが、面白い技を練習している。


「とまあ、こんな感じでいいかな」

「ありがとうございます。ほとんど私の意見と変わりませんでした」


「そうか」と言ってディバルは大きなあくびをする。「さすがに眠くなってきたな。そろそろ失礼する。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 ディバルの挙げた能力者ブレストの中で、唯一ノーマークだったのが、諸星亜蓮という男だった。シェレンは明日から、彼のことを注意して観察することを決めた。

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