第31話 エモーショナルな猛暑 


 まだ夏休みに入っていないにもかかわらず、海は混んでいた。水着に着替え、浮き輪やボートを膨らませて待機する。


「なあ、アルマは水着にならなくていいのか?」

 俺と小湊、トーマは上半身裸で海を満喫する準備は万端だったが、アルマはTシャツにパーカーという服装だった。


「着替えるのが面倒なんだよ」

「泳げないならはっきり言ってくれればいいのに」

「なっ! そんなわけないだろ!」

 俺の挑発にいとも容易く乗ってくる。からかいがいのあるやつだ。


 しばらく談笑していると、女性陣も着替えを済ませて近づいて来る。

 姫歌はオレンジ色の水着を着ていた。いつもはわからなかったけど、なんというか……ちゃんと女性らしい体つきをしてるんだな。


「ねえ、どう?」

 俺の方へ近づいて来て、姫歌が言う。


「いや、いいんじゃないか?」

 俺は目を逸らして答える。ってか、なんで俺に聞くんだよ。横目でちらりとみると、姫歌は嬉しそうな顔をしていた。


「さあ、今日は思い切り遊ぶぞ!」

 オトハの号令により、各々がやりたいことを始める。


 姫歌とオトハは泳ぎに向かう。春風さんとトーマとアルマはビーチボールで遊び始める。小湊は……一人で歩いて行ってしまった。どこへ向かうのだろう……。俺も泳ぎたかったので、姫歌たちを追った。砂が熱い。




「見ろ、健正! 忍法・水上歩き!」

「おいっ! バカ!」

 こいつ、フェリク人の力を使って浮いてやがる!


「わー! あのお姉ちゃん、水の上を歩いてる!」

「ホントだ! すごーい!」

 数人の小学生たちが指をさして騒ぎ始めた。


「どうやってやるのー?」

「ふふふ。我は忍者の末裔なり。君たちも修行すればこれくらいすぐにできガボゴボ」

 俺は即座にオトハの足をつかんで、水中に引きずり下ろした。


「何をする!」

「お前こそ何してんだ! 明らかに物理法則を無視してんだろ!」


「少しくらいいいじゃないか! 小学生相手ならバレることもない」

「今時の子供をバカにするな。SNSかなんかに投稿されるぞ!」


「そんなもの、加工だと思われて終わりだ。それに、海という場所は開放的になる。素晴らしい」

 ったく。油断も隙もない。でもまあ、その意見には賛成だ。


 水平線が遥か彼方に見え、いつもより空が高く感じる。海水のしょっぱい味に磯の香り。人々の楽しそうにはしゃぐ声。五感をフルに使って、海を楽しむことができている。こういうの、なんて言うんだっけ。たしか……〝エモい〟だ。


「健ちゃん、あっちまで競争しよ! よーいドン!」

「あっ、ちょっと待て。せめて平等にスタートを切らせろ。お前はただでさえ運動神経が良いんだから!」


「聞こえな~い。負けた方がソフトクリームおごりねー!」

 軽やかなバタフライで泳いでいく姫歌。クソッ! 俺の筋トレの成果を見せてやる!




 姫歌との競泳に惨敗し、ソフトクリームをおごらされる羽目になった俺は砂浜に戻る。その途中で、驚きの光景を目撃してしまった。


「舞澄くんってもしかして芸能人?」

「そうみえるかい? でも残念ながら違うんだ。芸能活動なんてしたら、きみたちと過ごす時間がなくなってしまうからね」


「舞澄くんの腹筋すごーい。触っていい?」

「ああ、もちろんさ。俺の腹筋が何のために割れているか知っているかい? それはね、キュートな女の子に触られるためだよ」


 小湊が水着の女子大学生らしき集団に囲まれていた。共闘したときはわからなかったけど、かなりおモテになるようだ。言ってることはよくわからないが。これだけ容姿が整ってりゃ当然か。別に羨ましくなんかない。俺も腹筋もうちょっと頑張ろう……。


 見なかったフリで元の場所に戻ると、トーマとアルマ、春風さんが砂の城を作っていた。


「トーマさん、そこはもう少し角度を付けてください」

「合点承知いたした!」


「アルマくん、堀が浅いんじゃない? それじゃあすぐに攻め落とされちゃう」

「大丈夫だ。ここからミサイルが出るようになってる」

 アルマが城の一部を指さして答えた。誇らしげな顔。


「いい? アルマくん。私たちが今作っているのは由緒正しき中世ヨーロッパのお城なの。ミサイルなんてものはありません。わかったらもっと深く掘りなさい。落ちた敵が二度と這い上がって来れないようにね」


「う……うん。わかった」

 春風さんの鬼気迫る表情に、アルマは頷くことしかできなかった。


「ふふふ。どこからでもかかってきなさい。誰一人として侵入は許さないわ。うふふふふふふ」

 不気味な笑いが漏れていた。完全に自分の世界に没頭している。芸術肌というやつだろうか。意外な一面を見てしまった。


「健ちゃん、抹茶味でよろしく!」

 姫歌が笑顔で元気よく注文した。

「私はいちごを頼む」

 オトハもそれに続く。


「はいはい」

 俺は財布を持ち、売店へ歩き始める。いつの間にかオトハの分までおごることになってるし……。まあいいか。


 春風さんの絶対王政の元、城の建設を進めるトーマとアルマを眺めながら、日陰でソフトクリームを食べる。俺はバニラ味だ。


「健ちゃん、抹茶飽きたー。そのバニラちょっとちょうだい」

「ん。どーぞ」

 俺が差し出した食べかけのソフトクリームを、姫歌が一口食べる。


「んー、美味しい! 健ちゃんも抹茶いる?」「いる」と、役割交換。姫歌との距離感は、高校生になった今も昔のままだ。


「……バカップル」

 ボソッとオトハが呟いたのが聞こえたような気がした。


「峰樹さん、あっちの大きなテントは何でしょうか」

 ワンピースタイプの水着を着た春風さんが戻って来て言った。立派な城を築き上げて満足したようだ。トーマとアルマは疲れ果てている。


 彼女のその視線の先には、パーティー会場と見まがうほどの場違いな設備があった。


 模様の入った華美なテントの下に、円形のテーブルと椅子。側には黒いスーツの人間が数人立っている。

 椅子に座った二人の姿を見て、俺は食べていたソフトクリームを吹き出した。




「おい。こんなところで何してるんだ」

 こんな人がたくさんいる場所で能力ブレスは使わないだろうと思ったが、念のため、警戒しながら近づく。


「ああ、峰樹健正さん。あなたですか。何をしてるって、見ればわかるでしょう。バカンスですよ」

 紺野環はサングラスをずらして、整った中性的な顔を向ける。


 その奥にはパートナーのフィンもいた。前回会ったときと同じく、全身が黒いゴスロリファッションに覆われていて、微塵も夏っぽさはない。


 本人は涼しそうにしているが、見ているこっちは暑くなる。彼女は俺の方を一瞥すると、興味がなさそうに再び前を向いた。


能力者ブレスト狩りはいいのか?」

 大金を握らせてブレッサーを回収するというやり方で、次々に能力者ブレストを失格に追い込む男。それが紺野環だった。


「人聞きが悪い言い方をしないでください。僕はただ、ブレッサーをお金で買っているだけです。それに、たまには休息も必要です。日帰りでグアムにでも行こうと思ったのですが、国外に出たら失格になってしまいますからね。ここで我慢することにしました」


「そうかい」

 彼が大金持ちだということを改めて実感する。非常に楽しんでいるように見えるが……。


「他にも数名能力者ブレストがいらっしゃるみたいですね。あのときの女性も含めて……四人。仲良しゴッコですか?」

 バレている。


「勝手に言ってろ。それよりも――」

「ああ、もちろん今日は戦おうなんて思っていませんよ。オンとオフはきっちりわけるタイプなんです。また次の機会によろしくお願いします」


 少し安心しつつも、完全には油断しない距離を保って話を続ける。

「一つ聞きたいことがある」

「なんでしょう」


神歌能力ゴッドブレスって知ってるか?」

 不自然な沈黙。表情こそ変えないが、多少の動揺が感じられた。


「どこでそれを?」

 声をひそめて聞いてくる。


「この前、永柄暁という能力者ブレストと戦った」

 どうやら、その一言で通じたようだ。環は満足気に頷く。

「なるほど。そういうことですか」


「永柄のことも知ってるんだな? 神歌能力ゴッドブレスは、どうすれば使えるようになる」


 どういった経緯で永柄のことを知ったのか。環はすでに神歌能力ゴッドブレスを発現させているのだろうか。疑問に思ったものの、それを質問するのは後回しだ。


「そんな重要なことを、僕が簡単に教えると思っているのですか?」

「永柄に勝つには、神歌能力ゴッドブレスが必要なんだ」


「……まあいいでしょう。教えたところで、すぐにできるようになるわけでもありませんし」


「いいのか?」

 フィンが口を挟む。

「ええ。僕も、次に峰樹さんと戦うときには多少手応えがある方が嬉しいですしね」

「このツンデレめ」


 フィンの呟きを無視して、環は言った。

「いいですか、峰樹さん。神歌能力ゴッドブレスに関しては僕もよくわかっていません。唯一わかっているのは、強い気持ちが関係するということです」


「強い……気持ち?」

 感情論なのか?


「はい。例えば、悲しくなったときに人間は涙を流しますね。ですが、嬉しいときや感動したときにも同様に涙を流します。それと一緒です。神歌能力ゴッドブレスは、悲しみや喜び、憎しみや怒り、そんな感情が爆発したときに生まれるようです」


「なるほど。その感情は何でもいいのか?」

「そこから先はわかっていません。どんな感情でもいいのか、一人ひとりの能力者ブレストに鍵となる感情が決められているのかも不明です。それに、他にも条件があるかもしれません」


「そうか。ありがとな」

 感情か……。はっきりと方法がわかったわけではないが、何もわからないよりはずっといい。


「別に。せっかく僕が生かしておいたのに、すぐに他の能力者ブレストに負けてしまってはつまらないと思ったまでです」

「ああ。俺はまだ負けないよ」


「そうですか。ではもう一つだけ、いいことを教えて差し上げましょう」

 環はそう言うと、俺が今まさに知りたかった情報を話し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る