第30話 海行こうみんなで


 永柄との戦いが終わってから約二週間が経過した。その間も俺は、日々の鍛錬を欠かさず行っていた。能力ブレスの扱い方は上達している。少しずつだけど、そんな手応えは感じていた。しかし、そう呑気なことも言っていられない。


 永柄の見せた、神歌能力ゴッドブレス【数トンの石がストーン】。あの強大な力に対抗するためには、俺はもっと強くならなくてはいけない。そして、神歌能力ゴッドブレスこそが、強くなるための鍵であることも間違いない。


 しかし、どうすればその力を得ることができるのか、まったくわからない。

 そして――俺が今こんな状況になっている意味も、まだよくわかっていない。


 太陽を反射して輝くあおい水面。焼けるような熱い砂浜。爽やかに吹く風に、水着を着た大勢の人。

 そう。俺は海へ来ていた。


 ことの発端は、二週間前の姫歌の提案だった。いや、あれは紛れもなく提案の皮を被った命令だった。




 永柄との激闘を終えた俺は、帰るとすぐに幼馴染みに怒られる羽目になった。

「どこ行ってたの?」


 玄関前で待ち伏せしていた姫歌に、連絡がつかなかったことを問い詰められる。少し怒ったような口調だ。隣には姫歌のパートナーのトーマもいて、心配そうな表情で成り行きを見守っている。


 仕方なく俺の部屋で、ありのまま全てを説明した。昔からの付き合いなので、嘘をついてもすぐにバレると思ったからだ。


「どうして黙って危ないところに行くの⁉」

 俺の話を聞き終わった姫歌は、涙目になっていた。

 能力ブレスで出したみかんを、近距離で思い切り投げつけられる。地味に痛い。


「ごめん」

 かなり心配してくれていたらしい。でも、もし俺が話していたら、姫歌は戦いについて来ていたかもしれない。それだけは避けたかった。


 姫歌の能力ブレス【アルミ缶の上にあるみかん】では、満足に戦うこともできないだろう。姫歌を危険な目に遭わせたくなかった。


 永柄の強さをこの肌で実感した今なら、確信を持って言える。話さなくて正解だったと。


「健ちゃんのバカ! みかんの汁、目にかけてやる!」

 止めてくれ。あれはマジで痛いから。

「いや、だからごめんって」


「ごめんで済むなら死刑制度なんていらないよ!」

 待って。俺の罪状、そんな重いの?


「まあまあ、姫。健正殿も無事に帰ってきたことですし……。良いではないですか」

 トーマがたしなめると、姫歌もいくらか落ち着きを取り戻す。助かった。


「やっと、健ちゃんの力になれたと思ったのに」紺野環との戦いのことを言っているのだろう。「もっと、頼ってほしいな……」


 姫歌自身も、自分の力が戦闘向きではないことはわかっているはずだ。それでもなお、俺の力になりたいと言う。そのこと自体は、とても嬉しいことであり、感謝すべきことでもある。しかし……。


「本当にごめん。でも、姫歌を巻き込みたくなかったんだ。許してほしい」

 お互いを思いやる気持ちがすれ違う。こういうとき、どこで妥協すれば上手くいくのかなんて、誰も教えてくれはしない。


「……じゃあさ、一つだけ言うこと聞いてくれる?」

 姫歌が言った。涙目と上目遣いのコンボ。卑怯だ。


「ああ。俺にできることなら」

 罪悪感も相まって、俺に拒否するという選択肢はなかった。


 夏休みの宿題代行だろうか。それとも話題のケーキ屋の行列に並ぶことだろうか。それで姫歌が許してくれるのなら、素直に引き受けよう。しかし、姫歌の口から出てきたのは予想外の言葉だった。


「海、行こう」

「海?」

「そう。海」


「おお、いいな! この世界の海はまだ直接見たことがない」

 オトハが口を開いた。俺が姫歌に怒られているときは無視を決め込んでいたくせに。都合のいい女め。


「でしょ! トーマもいいよね」

「ああ。さもありなん!」

 こいつの間違いだらけの武士言葉、どうにかならねえかな……。いったいどこで覚えてきたんだ。


 当然、何でも聞くと言ってしまった手前、俺にその案を覆せるだけの力はない。

 こうして、海へ行くことが決定した。姫歌は、さっきまでの暗い表情が嘘のように、目を輝かせていた。


「せっかくだから、あの二人も誘ったらどうだ?」

 オトハが言った。

「あの二人って?」

 姫歌が首をかしげる。


「今日の戦いで味方になった二人だ。すごくいい人たちだから安心してくれ。なあ、健正」

 小湊と春風さんのことを思い浮かべる。小湊が来るとなれば、パートナーのアルマもついてくるだろう。


「ああ、いいな。姫歌にも紹介したいし。どうだ?」

「うん。私も会ってみたい」




 逃亡した永柄が何をするかわからない今、遊んでいる暇など本来はないのだが、常に張り詰めた精神状態でいるのもきつい。多少の息抜きも必要だ。それに、こちらから動こうにも、永柄の情報がないのだ。


 一日くらい、この戦いのことは忘れて遊んでも罰は当たらないだろう。……というようなことを、頭ではわかっているが、心のどこかで割り切ることができないでいる。


 そして、能力ブレスを使いこなす練習と並行して、永柄たちに関する情報の収集をするものの、何も収穫がないまま二週間が経過し、約束の日がやってくる。

 メンバーは、俺、オトハ、姫歌、トーマ、小湊、アルマ、春風さんだ。


 行きの電車の中で姫歌のことを紹介すると、

「姫歌ちゃんじゃないか⁉」

 小湊が驚いた顔で言った。


「あああああああ! あのときの! 私のお金返してよ!」

 姫歌も驚きながら、同時に怒っている。ってか、お金?


「いやぁ。まさかきみも能力者ブレストだったとはね」

 いったいどういうことなんだ。思わぬ接点に頭がついていかない。


「税込みで五百四十円でーす!」

 姫歌はなぜか金銭を請求してるし。


「えっと? 何? 二人は知り合いなの?」

 トーマを含めた三人しか事情がわかっていない様子だったので、俺は代表して質問をしてみる。


「ああ。姫歌ちゃんとは二か月前にカフェで痛っ」

 小湊の頭にみかんが勢いよく投げつけられた。


「言わなくていいから! 黙って! みかん投げるよ!」

 もう投げてますけど、なんて突っ込んだら俺にもみかんが飛んできそうな気がする。結局、二人の接点はよくわからない。小湊がナンパでもしたのだろうか。


 春風さんとは、女子同士ということもあってすぐに打ち解けていた。姫歌は元々社交性が高い。


 ちなみに、春風さんのパートナーのフェリク人はヴィオという男らしい。一度だけ顔を合わせてからはずっと別行動ということだ。前にオトハの言っていた、天王レクスの座に興味のないフェリク人ということだろう。


 暑さが一段と厳しくなる七月の初め、こうして能力者ブレスト四人と異世界人三人は、海へとやって来た。

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