第18話 アルミ缶の上にあるみかん
「そうだ。姫歌の
さすがに
「私の能力はこれ」
オレンジ色の光と共に、姫歌の手のひらにアルミ缶が出現した。さらに、そのアルミ缶の上にオレンジ色の少し潰れた球体が現れる。
「ああ、なるほどな」
健正は理解した。
【布団が吹っ飛んだ】
【ストーブがすっ飛ぶ】
【お金はおっかねえ】
それらの法則に照らし合わせると、
「【アルミ缶の上にあるみかん】。それが私の
予想通りだった。ここまでくれば、全ての
「それで?」
「それで? って何?」
姫歌がみかんの皮を剥きながら聞き返す。
「アルミ缶出現させて、その上にみかん出して、それで?」
「え? それで終わりだよ?」きょとんとする姫歌。「あ、これ美味しい。愛媛県産かな。いや、和歌山かも」
あ、そのみかん、食べれるんだ……。そして産地はランダムなの?
「マジか……。お前、よくそれで助けに来たな。相手の能力見たか? 刃物をビュンビュン飛ばして来るんだぞ?」
背すじがゾワッと粟立つ。もしもあのとき、環の気が変わらなかったら、二人まとめてやられていたのか……。
「だって、あのままじゃ健ちゃん負けてたでしょ」
姫歌は、不満げな顔で厳しいツッコミを入れた。
「くっ……」
それを言われてしまうと言い返せない。
「別に、勝てなくてもよかったし」
健ちゃんが無事なら。小声でそう言った気がしたけど、空耳かもしれない。
「ほら、健ちゃんも食べなよこれ。オトハちゃんもどうぞ」
「ああ……」
「いただこう」
俺とオトハにみかんを配る姫歌。さっきあんなに危険な体験をしていたというのに呑気なものである。
姫歌には危なっかしいところがある。何でもそつなくこなせてしまうせいか、失敗を恐れずに行動することが多いのだ。それは彼女の長所でもあるのだが、見ていてハラハラするのも事実である。
「ん、たしかに美味しいな」
「でも元は
「アルミ缶の方は?」
「こっちは空き缶。練習すれば中身が入った缶も出せるみたいなんだけど……」
姫歌がアルミ缶を指で
それにしても、アルミ缶とみかんを出現させるだけだなんて。俺の【布団が吹っ飛んだ】より残念な
「まあでも、とにかく助かったよ。本当にありがとう」
「健ちゃんからきっちりお礼言われるなんて、なんか気持ち悪いね」
姫歌が真顔で言うと「ああ」とオトハも顔をしかめて同意した。
「どういう意味だコラ」
部屋が笑いに包まれ、和やかなムードになりつつあったその時、
「失礼する」
低い声がして、ドアが開く。部屋に入って来たのは、体格の良い男。
「うわっ!」
俺は驚いて身を引いた。傷口が痛む。
「おお、目を覚ましましたか、健正殿」
男は俺の方へ近づいて来て、ベット脇に膝立ちになる。誰だ?
どこか外国の血が混じったような、堀の深い顔立ちに逆立てた短髪。身長も高く、迫力がある。
「おかえり、トーマ」
トーマと呼ばれたそいつは、どうやら姫歌のパートナーのフェリク人らしい。
「ただいま帰りました。姫。こちら、四人分の飲み物です」
ペットボトルの入ったコンビニの袋を差し出す。どうやら買い物に行っていたらしい。
「ありがと。その呼び方恥ずかしいから止めてって言ってるのに」
姫と呼ばれた姫歌が、頬を膨らませてトーマに言う。
「いや、しかし」
「あー、えっと、トーマ……さん? でいいの?」
「申し遅れました。わたくし、トーマと申します。何卒、よろしくお願いいたします」
何だか堅っ苦しいな。
「姫からお噂はかねがね伺っております。何でも姫の――」
トーマの脳天にチョップが下された。
「トーマ、ちょっと黙ってもらえるかな」
姫歌が笑顔で言った。目だけ笑っていない。怖い。
「かたじけない」
かたじけないの使い方、たぶん違うと思う……。
でも、何を言おうとしてたんだろう。
「ふふふ。相変わらずだな、トーマ」
「オトハ殿こそ」
オトハとトーマが、どこか楽しそうに言葉を交わす。二人は今日が初対面じゃないのか?
「あ、そっか。二人は向こうにいたときから知り合いだったんだっけ」
姫歌が思い出したように言った。向こうと言うのはフェリク・ステラのことだろう。
「うむ。こいつは変なやつだがよろしく頼むぞ、姫歌」
「ああ、うん。まあ、そうだね」
〝変なやつ〟のパートナーが苦笑いで答える。
「何を言う! オトハ殿だって変ではないか! 姫も否定をしてほしかったです。至極遺憾でござる!」
敬語と武士語の混じったおかしな日本語を話しながら、肩を落とすトーマ。
いや、どう見ても変だろ。出会ってまだ五分も経ってない俺ですらわかる。
でもまあ、とにかく悪いやつではなさそうだ。そこは安心できる。
「あー、もう俺は大丈夫だから」すっかり蚊帳の外に置かれた俺は口を開く。「今日はホント助かった。ありがとな。そんで姫歌、お前はなるべく
「え~。何で?」
姫歌が唇を尖らせる。
「何でもだ」
この戦いはまだ始まったばかりだ。おそらく、姫歌はまだ本格的に
しかしあの能力では、間違いなく負けてしまう。
「頼むぞ、トーマ」
「はっ! 承知いたしました!」
ビシッと敬礼。本人よりも、彼の方がよくわかっているような気がする。
「それじゃあ健ちゃん。私は帰るけど、ちゃんと安静にしててよ」
「わかってるよ。それじゃあな」
姫歌とトーマは俺の部屋を出て行った。
「あら姫歌ちゃん、来てたの?」
「あ、おばさん。お邪魔しました」
ちょうど母親が帰ってきたみたいだ。
「こちらのハンサムな男性は?」
「先週から私の家にホームステイをしているトーマです」
「初めまして。トーマと申します。以後、お見知りおきを」
そんな会話が下の階から聞こえてヒヤヒヤした。トーマはホームステイしていることになっているらしい。確かにハーフっぽい顔立ちだし、いいアイデアだと思う。
「なあ、普段は
部屋に残ったオトハに質問する。
オトハなんかはほとんど俺と行動を共にしているけど、真川と戦ったときは彼のパートナーのフェリク人を見かけなかったので、疑問に思っていたのだ。
「いや、別にそういったルールはない。完全に別行動しているフェリク人もそこそこいる。ついていたところで戦闘には参加できないからな。日本を観光したくて戦いにエントリーしたフェリク人もいるくらいだ」
「そんなもんなのか」
思った以上に適当で少し驚く。
「ああ。中には親に勝手にエントリーされて選考を通過してしまった、なんてやつもいたな」
「アイドルかよ!」
その世界のトップを決めるってのに、そんなんでいいのか……。
それにしても、トーマはなぜ姫歌を選んだのだろう。姫歌は見た目だけで言えば、どこからどう見てもか弱い女の子である。さっきは、身を挺して俺のことを守ってくれたが、普段はどちらかというとボケーっとしているようなやつだ。
戦いに勝とうとすれば、もっと強そうな人間を選ぶものじゃないのか? 少なくとも俺が
もしかすると、トーマは
「さて、環という少年のことだが」
「ああ」
俺は紺野環に、完膚なきまでにやられた。完敗だった。
「やつの口ぶりから察するに、しばらくは攻めてこないだろう。なぜ見逃してくれたかはわからないがな」
「そうか」
しかし、安心してはいけない。俺が勝ち残っていくならば、いつかは環と、もしくは環よりも強い
「負けたんだよな、俺」
「でもブレッサーは破壊されていない。まだ生き残っている」
悔しさを超えた何かが、腹の底からあふれ出るのを感じる。
オトハを
俺は、強くなることを心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます