第20話 フェリク・ステラ②


 現在、日本は五月の中旬。季節は春。次期天王レクス決定戦が始まってから一ヶ月半が過ぎた。


 異世界、フェリク・ステラにも四季が存在する。日本と同様に、温かく陽気な日々が続いていた。


 しかし、今シェレンがいるこの場に関して言えば、季節など関係がなかった。なぜなら、窓のない地下の部屋にいるからだ。


 現天王レクスの秘書、シェレンは、モニタールームで能力者ブレストたちの様子をチェックしていた。今日はこれといった動きがない。


「どうだ。能力者ブレストは減ったか?」

 モニタリングは日課となっており、ディバルがノックせずに部屋に入って来るのにも慣れた。


「いえ、あまり変わっていません」

 シェレンは複数のモニターを見ながら答える。


 最初は二百人以上いた能力者ブレストは、すでに百四十人程度になっている。二週間前はかなりのスピードで減っていた能力者ブレストだったが、ここ最近は減少の速度が遅くなった。


「停滞中か」

「はい。能力者ブレスト同士が接触した際に、どちらのブレッサーも壊れない場合がより多くなってきました」


「なるほど。戦闘よりも生き残ることを選ぶ能力者ブレストが増えてきた。そんなところだろうな」

「そうみたいですね」


 まず、戦闘自体が少なくなった。

 四月は、能力ブレスを悪用していた能力者ブレストが他の能力者ブレストに見つかり、襲撃されるというパターンが多かった。最近ではそれがほとんどない。


 少ないとはいえ、戦闘は何度か行われている。しかし、不利になったときに撤退することができる慎重派の能力者ブレストが増えているのだ。逆に、そうでない能力者ブレストはすでに敗退してしまっているのだろう。


 もちろん、逃げようとする能力者ブレストに対し、それを圧倒的に上回る力でとどめを刺す能力者ブレストも数名いるが……。


 さらに、協力関係を結ぶ能力者ブレストも今まで以上に増えていた。しかし、グループ内で裏切りが発生し、何人かの能力者ブレストが脱落するというパターンも数件あった。

 シェレンが思っていたよりも、頭脳戦的な側面が強くなっている。


 峰樹健正も生き残っている能力者ブレストの一人だった。

 すでに三人の能力者ブレストに遭遇したにも関わらず、ブレッサーを破壊したのは一つだけ。


 二週間前、彼はピンチに陥った。今まで数人からブレッサーを買収してきた紺野環と戦闘になったのだ。


 紺野環の能力ブレスは知っていたものの、実際に見るのは初めてだった。強力な能力ブレスだとは思っていたが、それ以上に戦い方にセンスがあった。


 戦いは峰樹健正の一方的な敗北に終わった。しかし、幸運なことにブレッサーは破壊されなかった。


 須崎姫歌が助けに来たというのが理由の一つ。そして、最後までブレッサーを手放さなかった峰樹健正の姿に、紺野環も何か思うことがあったようだ。


 峰樹健正は、この敗北をどう感じているのだろうか。能力ブレスの力の差は埋められない。そう感じているとしたら、彼はこの先勝ち残ることはできないだろう。


 彼の能力ブレス【布団が吹っ飛んだ】は、一見弱そうな能力ブレスに思えるが、上手く使えば強い。峰樹健正は、それに気づくことができるだろうか。


 シェレンはいつの間にか、彼とオトハの動向を追ってしまっている。こちらから干渉はできないため、戦いそのものに影響はない。


 それでも主催者側として平等な視点を持たなくてはならないことはわかっている。気を付けなければ。


 ただ、大きな問題が他にあった。

「ディバル様。報告したいことがあります」


「どうした」

 青い透き通った瞳が、真っすぐにシェレンを見据える。


「一般人への被害が出ています」

「どういうものだ」

「拉致、監禁といったものです」


 能力ブレスを使用した直接的な攻撃で一般人に危害を加えると、ペナルティが課されてしまう。しかし、能力ブレスを使わずに行われた悪事については、天王レクスを決める戦いが関わっているとはいえ、フェリク・ステラの法では裁くことはできない。


「そうか」

 ディバルは一瞬、苦しそうな表情を浮かべたが、すぐにいつも通りに戻った。


能力者ブレストの家族や友人を人質にして、引き換えにブレッサーを渡すよう要求する能力者ブレストが数名います」


 どうにかしなくてはならないと思っていた。フェリク・ステラの争いを人間界で行っているということ自体、人間界に迷惑をかけているのだ。せめて関係のない人間を巻き込まないようにすべきではないか。シェレンはそう感じた。


「今はそのままでいい」

 ディバルは、無理やり作ったような落ち着いた表情で言った。


「しかし!」

 思わず声が大きくなる。納得がいかなかった。


「すまない。その時がきたら話す」

 勘のいいシェレンは薄々気づいていたが、この戦いは単に天王レクスの後継者を決めるだけのものではないようだ。


 ディバルはおそらく、何か大きな秘密を抱えている。それを話してもらえないことが悔しかった。


 まだディバルに仕えて三年程度しか経っていないが、それなりに信頼関係を築けていると思っていた。


「わかりました。ちょっと疲れているので、今日はもう休みます。鍵、閉めておいてくださいね」

 シェレンはディバルの方を見ずに言う。


「ああ。おやすみ」

 優しい声を背中に受けながら、彼女は部屋を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る