第6話 高校生的な志向性


 これといって特徴のない駅で降り、五分ほど歩くと学校に到着する。

 県立四つ葉高校。自由な校風と綺麗な校舎を謳っているが、実際は言うほどでもない。持ち物検査も頭髪検査も行われるし、壁のペンキが剥げていたり、教室のドアが壊れていたりもする。


 偏差値がそれなりに高いことが唯一の取り柄といってもいいほど、どこにでもあるようなごく普通の進学校である。


「あ、私図書室に本返しに行かなきゃ。じゃあね、健ちゃん」

「おう」


 その〝健ちゃん〟って呼び方、恥ずかしいから学校ではやめてほしい。というお願いは三回ほど申請済みだが、改善される気配はない。

 姫歌は教室とは逆の、図書室のある方向に歩いて行った。


「うぃっす、峰樹」

 教室に入ると、友人の小宮こみやが漫画を読みながら挨拶してくる。


「おう」

 俺は軽く手を挙げて応えた。


「あ、そうだ。今日の放課後、カラオケ行かね?」

 読んでいた漫画を机の上に伏せると、英語の参考書のカバーが姿を現した。授業中に読むための偽装はバッチリだ。


わりぃ。今月財布がヤバくてさ。また今度誘ってくれ」

 本当は少し余裕があったが、今日はそれどころじゃない。ちょっと家に異世界人が来てて、なんて正直に言おうものなら、精神科を紹介されてしまう。俺は適当な嘘をついておいた。


「そっか。わかった」

 小宮は読書を再開した。


 部活や学校行事の話、教師に対する愚痴をはじめ、バラエティ豊かな話題で彩られている教室。いつも通りの風景だ。

 所狭しと並んだ机の間を歩いて、自分の席を目指す。


「こないだオススメした曲聴いたか?」

 と、お調子者の菊川きくがわ

「あー、忘れてた。曲名なんだっけ」


「峰樹ぃ~、五千円貸して」

 と、ちょっと電波なところがある長浜ながはま

「ヤだよ」


「健正、この漫画めちゃくちゃ面白かった。サンキュ」

 と、やたらに顔の広い染谷そめや

「ん。続き出たらまた持ってくる」


 友人と雑談をしながら、鞄から出した教科書を机に突っ込んでいく。自然と、昨日のお笑い番組だったり、流行りのアイドルグループだったり、そんな他愛のない話題に移行していく。


「健ちゃん、数学のプリント見せて!」

 後ろのドアから、教室の半分くらいには響く声で姫歌が俺を呼んだ。


「お、健ちゃん。呼ばれたな」

「行ってきなよ。健ちゃん」

「嫁が待ってるぞ。け・ん・ちゃん」

 話していた友人がニヤけながら口々に言った。


「誰が旦那だ!」

 嫁発言をした菊川の頭を、丸めた教科書でスパンと叩き、プリントを持って姫歌の元へ向かう。


「ほれ。俺のクラス、三時間目が数学だからそれまでに返せよ」

 答えが合っているかどうかは別として、一応すべての解答欄が埋まっているプリントを渡した。


「わーい。ありがとね」

 姫歌は無垢な笑顔で受け取った。しかし、俺は知っている。こいつは、普段はこんな感じだが、実際は頭がいい。いや、要領がいいと表現した方が適切かもしれない。


 とにかく、宿題忘れや居眠りの常習犯であるにもかかわらず、テストになると俺よりもいい点数を取るのだ。悔しいので、次の定期テストでは絶対に勝ってやると意気込んでいるのは秘密。


 席に戻り、茶化されるのを適当に受け流していると、担任の教師が教室に入ってきた。


 おおらかで、生徒からの人望もある国語科の教師。年齢は四十歳近くだが、若々しく見える。生え際が後退していることを気にしているらしい。


「うっし朝のショート始めるぞ~」

 気の抜けた声で言うと、委員会や行事に関する連絡事項を何点か伝える。


「最後に注意事項。最近学校の近くで、うちの生徒が襲われるという事件が起きてるそうだ。夜遅くに出歩かないように。部活や委員会で学校からの帰りが遅くなるときは、できる限り誰かと一緒に下校するようにしてくれな~」


 物騒な世の中で、一ヶ月に一回はこういった注意がなされているような気がする。そういえば、今朝テレビでもやってたな……。


 チャイムが鳴り響いて、授業開始。

 進学校だけあり、真面目な生徒がほとんどを占めていて、授業は滞りなく進む。


 教師は淡々と歴史の流れを説明し、大げさに重要な数学の公式を証明し、うっとりした顔で古典の有名な一節をそらんじる。

 俺は必死で黒板を写し、演習問題を解き、たまに外を眺めてボーッとする。


 昼飯は食堂で食べる。菊川を始め、何人かの友人と一緒だ。高校生といえば屋上で食べるお昼ご飯だが、そんなものは漫画の中だけのフィクションだ。そもそも屋上には鍵がかかっている。


 午後の授業は眠気との戦い。過ごしやすい気温も相まって、この時期の睡魔は強力極まりない。

 六時間目までなんとか乗り切ると、放課後がやってくる。


 来たときとは逆に、机の中の教科書類を鞄に詰めて、教室を出る。

「じゃあ、またカラオケ誘うな」

 廊下で友人と話していた小宮が、手を挙げて言った。

「おう」


 さて、帰るか。

 部活には入っていないし、委員会の集まりもない。放課後に体育館裏に呼び出されてなんていないし、下駄箱に恋文が入っているでもない。

 今日もいつも通りの一日だった。


 そう。これが俺の日常なのだ。

 それなりに友達は多く、特に敵を作ることもない。自分の立場とキャラをしっかりと理解して、まあまあ上手く高校生活をやっている。


 それなのに――。

 普通の男子高校生をやっていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

 今朝の出来事を思い出してため息を吐く。




 帰宅して自室に入ると、オトハは俺のベッドに寝転がって漫画を読んでいた。

「ああ、おかえり。この漫画、なかなか面白いな」


「勝手に読むな! お前の部屋は隣だ!」

「固いことを言うな。別にいいだろ。減るもんでもんないし」


「ったく……。今から宿題するから静かにしてろよ」

 鞄からワークと筆記用具を出して机に広げる。時おりオトハの笑い声が聞こえたので、そのたびに布団を吹っ飛ばして抗議した。


 宿題が終わった後はゲームをして過ごした。

 ふいにオトハのすすり泣く声が聞こえた。振り向くと、どうやら漫画で感動しているらしい。


 ああ、そのシーンな。それは泣くよな。わかる。

 少しだけオトハとの距離が縮まった気がした。


「健正、ご飯よー! オトハちゃんも、降りていらっしゃい!」

 階下から母親の声。




「いやぁ、こんな綺麗なお友達がいるなんてなぁ」

「あらやだ。お父様ったら。ビールおぎしますよ」

 誰だお前。


「おお、ありがとう。こんな綺麗な子にお父様なんて呼ばれると嬉しいなぁ」

「ちょっとあなた、調子に乗らないの。ごめんねオトハちゃん」


「いえいえ。とっても素敵なお父様ですね。健正くんみたいな素敵な男の子、どんなご両親から生まれたんだろうっていつも思ってたんですけど、お二人がご両親なら納得です」

 ゾワゾワと、背中に鳥肌が立つのを感じる。


「もうっ。オトハちゃんったらお上手なんだから」

「ははは。健正は素直じゃないところはあるが優しい子だ。よろしく頼むよ」

「任せてください」


 両親と神が地獄のような会話をしているリビングで、俺は一人黙々と夕飯を口に運んでいた。


「おい。お前、どこでこんないい子を見つけてきたんだ。見直したぞ」

 父親が小声で囁く。フェリク・ステラという異世界から俺を戦わせに来た、なんて言ったらどんな顔をするだろうか。もちろん言わないけど。


 点けっぱなしのテレビではニュースが流れていた。

 また例の通り魔の件だ。被害者は、硬いもので頭を殴られたような怪我を負っているという。


 幸いまだ死者は出ていないものの、危険かつ悪質な行為であることは間違いない。

 ニュースでは報道されていないが、被害者は全員が四つ葉高校の三年生だという噂を学校で小耳にはさんだ。


 あくまで噂で、真実かどうかはわからない。

 早く犯人がつかまることを願うしかなかった。

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