第27話 石がストーン


「そこまでだ!」

 声を放ったのは永柄で、隣には老婆が立っていた。老婆の頭上には石が浮かんでいる。電子レンジくらいの大きさだ。


 あれが、永柄の能力ブレス……。穴を塞いでいた石も、永柄の能力ブレスによって生み出されたものなのだろう。


「ばあちゃん!」

 小湊が叫ぶ。まだ耳が治っていないのか、フラフラしている。


「その声は、舞澄かい?」

 石の下にいる小湊の祖母が言った。状況をどこまで理解しているのかはわからないが、震えているのは見える。


 一般人に、それも抵抗できないようなお年寄りに、なんてことを……。はらわたが煮えくり返る、なんて表現があるけれど、今がまさにその状況だ。直接ぶん殴ってやりたかった。


 小湊は、永柄への怒りはもちろん、祖母が無事に生きていることへの安堵もあったようで、複雑な表情をしていた。


「動くな」

 永柄の冷たい声。そんなことを言われなくとも、俺たちは動けなかった。小湊の祖母は、人質として十全に機能していた。

 膠着状態。時間の流れが遅く感じる。


六本木ろっぽんぎ、来い」

 永柄に呼ばれたドレッドヘアが指示に従い、きびきびとした動作で永柄の隣へ歩いて行く。まさに忠実な手下という表現がしっくりくる動きだった。


「小湊。今からきみに三つの選択肢をあげよう。まず一つ目。俺の仲間になる」

 永柄は、左手の人差し指を立てる。


「二つ目。ブレッサーを置いて降伏する」

 続いて中指。口角が上がっている。こみあげてくる笑いをこらえようとしているようだ。


「三つ目。目の前で、大好きなおばあちゃんがこの石に潰される」

 右手を老婆の頭上の石に向けながら、左手の薬指を立てた。


「おい!」

 理不尽な要求だ! 思わず大きな声を出してしまう。

「おっと、部外者は黙ってて」


「選ぶ前に、一つだけ確認だ、永柄。能力ブレスを使って一般人に危害を加えた場合、ペナルティがある。お前も知ってるだろ?」

 口調こそ強がってはいるものの、小湊の足は小刻みに震えていた。


「知っているさ。でも、それがどんな内容なのかはきみだって知らないだろ? 俺は内容まで知っているけど、たいしたことはなかったよ。だから、もしきみが三つ目の選択肢を選ぶのなら、この石を落とすことに躊躇いはない」


 内容まで知っている? 実際に能力ブレスを使って一般人に危害を加えたということか? いや、こいつならやりかねない。


「そんなのハッタリだ!」

「そう思うならそう思えばいい。ほら、いくよ」


「止めろ!」

「じゃあ仲間になる? それとも、ブレッサーを破棄する?」

 最高に意地の悪い笑み。この状況を心から楽しんでいるようだった。


「お前こそ、自分の力を過信しすぎじゃないか?」

 小湊が、フッと笑う。

「何だと⁉」

 永柄が怪訝そうな顔で睨む。


「今だ!」

 その声を合図に、永柄の背後に二つの影が現れる。

「なっ⁉」


 残念だったな。お前の敵は俺たち二人だけではない。

 瞬間移動していたオトハとアルマが老婆を保護する。


「こっちは任せろ!」

「舞澄! 頑張って!」

 二人は口々に言う。


 フェリク人は、能力者ブレスト同士の戦いに直接手は出せないが、言葉での指示などのサポートなら可能である。この行動もサポートの一部として認められるはずだ。


「クソッ!」

 永柄は舌打ちをする。


「暁さんっ!」

 隣にいたドレッドヘアが狼狽する。その一瞬の隙をついて、小湊が能力ブレスを発動した。臙脂色の光を纏った右手から衝撃波。今までの彼の、どの攻撃よりも威力があった。


 ドレッドヘアの男は回転しながら宙を舞い、地面に叩きつけられる。意識はあるようだが、足を負傷したらしく、起き上がることができない。


「さあ、あとはお前だけだ。永柄暁」

 正確には眼鏡の少女もいたが、怯えた目で状況を見守っているだけだ。


 人質は無事に救出。金髪女は能力ブレスを失って気絶している。ドレッドヘアの男は戦闘不能。こちら側に有利になっていることは間違いない。しかし、男は一度復活しているため、警戒する必要はある。


「仕方ない……。きみたちは思ったより強かった。敬意をひょうして、俺が直々に相手をしよう」

 そう言った永柄の胸元から、黒い光があふれ出す。それはまがまがしく、邪悪なもののように見えた。


 その光に共鳴するように、頭上にブラックホールのような暗黒が生まれ、そこから石が降ってくる。大きさはそれほどでもない。しかし、当たったら危険なことはわかる。永柄暁の能力ブレスは、石を降らせる力で間違いないようだ。


「さあ。僕の〝隕石のあめメテオドロップス〟に耐えられるかな?」

 雨のように石が降り注ぐ。狙いは正確で、避けるだけで精いっぱいだ。だが、ここまできて負けられない!


 真川のストーブを飛ばす能力ブレスを思い出したが、永柄は彼よりもずっと能力ブレスの扱いが上手かった。連続で石を降らせてくるうえに、高さを調節して時間差攻撃も仕掛けてくる。


 永柄はさらに、攻撃の合間に自身の周りに石の防壁を築いた。これでは、小湊の衝撃波が通用しない。


 攻撃と防御。どちらも抜け目なく涼し顔でやってのける。いつの間にか俺たちは後退させられていた。


 俺も小湊も、先ほどの戦いでかなりダメージを受けている。それに対して、永柄は無傷。戦況は再び逆転していた。


「そんなものか?」

 頭上に黒い光。俺をピンポイントで狙っているのは明らかだった。

「クソッ!」

 止まない攻撃に舌打ちをする。


 しかし、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していた俺は、避けようとして足を捻ってしまった。

「健正!」

 小湊が叫ぶ。


「大丈夫だ!」

 地面に片方の膝をついた状態で、布団を頭の上に展開。できる限り厚いものをイメージする。


「甘いよ」

 俺が立てないでいるのを見て好機と捉えたらしく、永柄は追加で能力ブレスを発動する。


「させるか!」

 舞澄が右手を出し、俺の頭上の石に衝撃波を撃つ。石が粉砕され、いくつもの破片になる。布団をかぶって、破片が降り注ぐのをやり過ごした。


「小湊、助かった!」

 大ダメージは避けられたが、腕の数か所がズキズキと痛んだ。


 永柄の攻撃はなおも続く。俺は足を引きずりながら永柄への接近を試みるが、なかなか距離を詰められないでいる。小湊も同様だ。


春風はるかぜ、今のうちに六本木を治せ。それに、俺も疲れが出てきた」

 永柄のその台詞に、ピンク眼鏡の女子の肩がビクッと震える。


 治す⁉ 六本木というのは、能力ブレスなしで戦っていたあのドレッドヘアの男のことだろう。しかし、治すというのはどういうことなのか……。


 俺は一つの結論を導き出した。

 このピンク眼鏡の少女の能力ブレスが治癒であるとすれば、全てが腑に落ちる。一度負傷したはずのドレッドヘアが復活した理由も。少女が戦闘に参加せず、ずっと安全なところにいた理由も。


 ただでさえ押されているのに、あの男まで戦いに復帰されたらさらに不利になってしまう。


「どうした春風。さっさと治せ」

 静かだが、圧のある声。敵陣営に不穏な空気が流れる。


 しかしピンク眼鏡の少女は動かない。

「……です」

「あ?」


「……嫌です!」

 何か大きな決意を吐き出すように放たれたその声が、強く響き渡った。

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