第26話 アイスクリームでアイスクリーム
「永柄について、何か知っていることはあるか?」
そう小湊に訊く。まずは情報交換だ。相手のことはできるだけ知っておきたい。
「いや、今わかってるのは、永柄が高校一年生の男だということだけだ。
「なんだ。二人とも生きてるのか」
背後から声がした。
俺と小湊は会話を中断し、素早く立ち上がって振り返る。しかし後ろには何も見えない。
「こっちだよ」
男が地面から現れた。先ほどまでが大きな石があったはずだが、今は穴が空いていた。穴の中は階段状になっているらしく、男はゆっくりと地上に
おそらく、穴を掘る
「永柄‼」
小湊が、怒りを帯びた声で叫ぶ。
こいつが……永柄暁。渥見に強盗を強要し、小湊の祖母を人質にした最低な野郎だ。
「ようこそ。峰樹健正。そして小湊舞澄。俺が永柄暁だ。もしかすると二人で戦って自滅してくれるかもって思ったんだけど。まあ、そんな上手くはいかないよね……」
なるほど。俺と小湊はこいつの思惑通りになりかけたわけか。
永柄は、白いTシャツと青のジーパンをだらしなく着ている。全体的に痩せていて、腕は折れてしまいそうなほどに細い。
目はとろんとして眠たげで、何もかもに興味がなさそうな、そんな厭世的な雰囲気を漂わせている。
永柄に続いて穴から姿を現したのは、眼鏡をかけた少女だった。彼女も
「で、小湊。俺の仲間になる気はあるのか?」
仲間……だと⁉
「あるわけないだろ! 平気で他人に迷惑をかけるようなクズの仲間になんか、誰がなるか! それに、お前が欲しいのは仲間じゃなくて奴隷だ!」
なんとなく、話が見えた。永柄は小湊を戦力として仲間に引き入れたい。そのために彼の祖母を人質にしている、というわけか。
「それは残念だ。きみの
「ふざけるな!」
迷うことなく拒否する。小湊の言ったことに完全に同意だ。誰がこんなやつの仲間になるか!
「そうか。まあ、予想はできてたけどね。じゃあ、勝負しようか」
「望むところだ!」
その覚悟はしてきた。
意気込む俺とは異なり、隣の小湊は不安そうな表情。おそらく、人質にとられている祖母が心配なのだろう。
永柄との距離は十メートル弱。不意を突くには遠すぎる距離。
「といっても、俺が戦ったんじゃすぐに終わってしまう。きみたちの相手は、彼らだ」
どうすべきか迷っている間に、穴から新しく敵が出現し、前に進み出る。
ドレッドヘアが特徴的な大柄の男と、肩からバッグを下げたソフトクリームを食べている金髪の女。
ドレッドヘアの男が一直線に突っ込んで来る。
「くそっ! とにかく、まずは一人ずつだ!」
「ああ!」
いきなり戦闘に入ってしまったが、小湊と最低限の意志だけ統一する。
接近して来た男はそのまま、俺を狙って攻撃を繰り出す。素人でもわかる重いパンチだった。布団を出して防ぐ。
隙ができたところに、小湊が横から衝撃波を撃つ。
ドレッドヘアの男は数メートル飛ばされて地面に転がった。が、すぐに起き上がって俺たちの方へ走って来る。ダメージを受けたにもかかわらず、迷いがない。
今度は俺ではなく、小湊の方へ向かって行く。攻撃的な
俺はチラッと周囲の様子をうかがう。
永柄は何もする様子がない。隣の眼鏡の少女も同様だ。
二人よりも少し前方に立っている金髪の女は、残ったコーンを一気に口に放り込み、ソフトクリームを食べ終えた。
小湊がドレッドヘアの男に狙いを定めて衝撃波を放とうとした瞬間、金髪女が大きく口を開ける。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」
人から出ているとは思えないほどの叫び声が飛び出した。俺は反射的に耳を塞ぐ。それでもなお、やかましい。脳が揺さぶられるような感覚。
これが金髪女の
小湊も両手で耳を塞いでいて、
「くそっ!」
まだ金髪女の声は止まらない。
永柄と眼鏡の少女は平気そうな顔で立っている。後ろにはあまり影響はないらしい。
ドレッドヘアはターゲットを変更し、こちらへ向かって来る。俺は両手が塞がり、満足に身動きできない状態。なのになぜ、こいつは普通に動けているんだ⁉
脚がわき腹に飛んできた。
「ぐっ……」
咄嗟に体を捻り、わき腹に力を入れたが、完全には防ぎきれない。
よく見ると、男は耳栓を付けていた。それでも顔を少し歪ませているのだから、金髪女の発する声がどれだけ大きいかがよくわかる。
ドレッドヘアの男は、そのまま連続攻撃を仕掛けてきた。バランスを崩しながらもなんとか防ぐ。
金髪女の叫び声が途切れた。肺活量の問題か。それとも……。
俺はなんとか
金髪の女を見ると、再びアイスを食べていた。今度はソーダ色のアイスキャンディだ。肩に下げていたのは保冷バッグらしい。こいつ、舐めやがって!
この隙に、起き上がった小湊がドレッドヘアに攻撃を加えようとしたが、ふらついていて狙いが上手く定まらない。俺が衝撃波に巻き込まれてしまう恐れもある。
金髪女の声が止んでいるうちに、なんとかチャンスを作らなくては。
防御のときに使った布団が数枚、周りに落ちていた。そのうちの一枚をドレッドヘアの男が踏んだ瞬間。俺は
「よし、今だ!」
大きな声を出したつもりだが、耳がおかしくなっていて自分の声が認識できない。しかし小湊には伝わったようだ。
「グゥッ!」
小湊の右手から放たれた衝撃波がドレッドヘアの男を直撃する。
男は永柄たちの方へ向かって、数メートル転がった。地面にぶつけたせいで、頭から血が出ている。ゆっくり上半身を起こすが、彼の顔は苦痛に歪んでいた。もう戦えはしないだろう。
金髪女から再び叫び声が放たれる。ここでなんとなく、彼女の能力が予想できた。おそらく【アイスクリームで
一人やられたにもかかわらず、永柄は涼しい顔で静観している。だったら一気に片を付けてやる! 俺と小湊は耳を塞ぎながら、金髪女の方へ向かって歩いて行く。
しかし――
「なっ⁉」
俺は驚愕で目を見開いた。
ドレッドヘアの男が向かって来たのだ。血の痕はまだあったが、傷は治っているように見える。疲れなど感じさせない速度で、男は走っている。先ほど小湊の衝撃波にやられたはずなのに、なぜ……。これが男の
考えるのは後だ。とにかく今は目の前の敵の攻撃を防がなければ……。しかし平衡感覚を攻撃されているため、上手く立ち回ることができない。耳という器官が、普段どれだけ役に立っているかを思い知った。ダメージは確実に蓄積していく。
めまいがしてくる。地面が揺れる。このままではまずい。吐き気に襲われるのも時間の問題だ。何か、この状況を打開できる一手がほしい……。
小湊がうずくまっている。耳がおかしくなり、まともに立つこともままならない様子だ。いや、違う! なるほど……そういうことか。
小湊がいるのは、俺の出した布団の上だった。しかもうずくまっているように見えて、短距離走のスタートのような形をとっている。
金髪女の声が止まった。
ドレッドヘアの攻撃は続いているが、いったん防御は捨てる。
後退し、落ち着くために一呼吸置いて――俺は
しっかり狙いをつけて、小湊が乗っている布団を、金髪女へ向けて吹っ飛ばした。
布団が発射台となり、小湊を弾丸として放つ。よし、どうにか上手くコントロールできた。相談もなしに組み立てられた即興の作戦が、風を切って、猛スピードで突っ込んでいく。
保冷バッグから新しいアイスを取り出し、今まさに食べようとしていた彼女が驚愕する。自分の防御は後回しだった俺は、ドレッドヘアの男の拳に殴られながら、吹っ飛ぶ小湊を見ていた。
小湊は耳を塞いだまま、目を見開いて固まる金髪女と衝突した。倒れた女の首にかかったアイボリーホワイトのブレッサーをつかみ、衝撃波で破壊した。
よし! これで形成逆転だ。
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