第三章
第22話 特訓しとくんだ
疲弊した脚が休みたがっている。
全身から汗が噴き出て、肺が酸素を要求している。
俺は息を切らしながら布団を出現させ、壁に向かって飛ばす。
白い掛け布団は壁にぶつかると、気の抜けるような柔らかい音を立ててその場に落ちた。
そのまま連続で数発の布団を撃った。
全てが狙った場所へ飛んで行ったことを確認し、
そして、肩で大きく息をしながら地面にしゃがみ込んだ。
「……ふぅ」
五月も終わりに近づき、日に日に気温は上がっていく。汗があごから
三週間前に
息が切れているのは、さっきまでスクワットをしていたことが原因だ。
中学のときのバスケ部の活動を思い出す。一年の最初の方なんかは、ボールに触らせてもらえなくて筋トレばかりだったっけな。
なぜ筋トレもしているのかというと、そもそも
環との戦いでは、最後に思ったように
場所は環に負けた廃墟。あのときの悔しさを思い出しながら、などという、そんな熱血体育会系的な理由ではない。ただ単に、家から近くて人がいないからだ。
「布団の発現が速くなったな。それに種類も増えた。少しは強くなってきたんじゃないか?」
オトハがプカプカと宙に浮きながら言った。
本人曰く、他人がいるところでは気兼ねなく浮かぶことができないせいでストレスが貯まるから、こういう場所で発散しないといけない、だそうだ。人間の俺にはよくわからない。禁煙を強いられている喫煙者のようなものだろうか。
オトハの言う通り、
この差は、
また、布団の種類も、掛け布団や敷き布団、タオルケットなどを意識して出せるようになった。そかし、それが戦闘においてあまり役に立つとは思えない。
「いや、まだダメだ。結局、布団をぶつけただけじゃ大したダメージにならない」
「そうだな。やはりアレを習得しないと厳しいか」
オトハの言った『アレ』とは、俺の
「けど、パワーもコントロールもまだ全然足りてない」
この技は、これからの戦いで心強い秘密兵器になり
練習はしているのだが、なかなか難しい。が、これがなければ環にはもちろん、他の
「あまり無理はするなよ」
「ふっ」
心配そうなオトハの顔がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「なぜ笑う」
「だって、最初出会ったときはあんなに強引に俺を巻き込もうとしてたくせに」
「別に、この戦いに関して無理をするなと言っているわけではない! 訓練のしすぎで体を壊して、その隙に敵に攻められたら元も子もないから無理はするなと言ってるだけだ!」
「とか言っちゃって、心配してくれてるんじゃないのか?」
「そんなわけがないだろう! だからお前がこの戦いで最後の一人になりさえすれば、あとは粉々になっても構わん!」
「ははは。それは言いすぎだろ。ブレッサー割るぞ」
俺は首から下げた斜方形を、頭の上に掲げる。
「バカ! それは止めろ!」
オトハは慌てて俺の方へ滑空してくる。
「冗談だって」
「お前が言うと冗談に聞こえないのだ」
こうして軽口を叩き合えるほどに、俺とオトハの距離は縮んだ。
オトハが
俺が抱えている過去も、そのうちオトハに話そうと思っている。今はまだ勇気が出ない。だけど、いつかきっと――。
少し休憩を入れ、それから小一時間ほど特訓を行った。
心地よい疲れを全身に感じながら、俺は歩いて家に帰る。オトハは瞬間移動で先に家に帰りやがった。ちくしょう。便利だな……。
「ただいま。シャワー浴びるよ」
俺は台所に立つ母親にそう言って浴室に向かう。
「あら、またランニングしてきたの? 最近すごい頑張ってるけど、フルマラソンでも走るの?」
母親にはランニングと偽っている。嘘をつくのは申し訳ないけれど、それ以上に余計な心配はかけたくない。
「いや、ちょっと体がたるんできたなと思って」
「なに中年オヤジみたいなこと言ってるの」
母親は楽しそうに笑う。
動かさないとすぐになまってしまうが、その逆に、鍛えればしっかりと結果はついてくる。三週間前に比べて体力も筋力もついたし、足腰も強くなった。
しかしそれだけでは、この戦いで勝てないこともわかっていた。
意味があるのかどうかはわからないが、湯船に浸かりながら紺野環を相手にイメージトレーニングをした。どうすればあの強力な
焦ってはいけない。地道に一歩ずつ、強くなっていこう。
父親が仕事から帰って来て、四人揃っての夕食。オトハが居候を始めてから、食卓が大幅に賑やかになった。
母親の作る料理は美味しい。息子ながらにそう思う。オトハも気に入ったようで、毎回美味しそうに食べている。その中でも、特にカレーに惚れ込んだみたいだ。
初めて口にしたときは「フェリク・ステラにもカレーはあるが、やはり本場の味は格別だな」と、感動した様子で、俺に小声で話した。
本場が日本ではないことを教えてやろうかと思ったが、面白いので黙っておいた。
今日のメニューはコロッケだった。俺もオトハも、ご飯を二杯平らげた。それを見た母親は嬉しそうにしていた。
そのままなんとなくリビングでテレビを見ていると、興味深いニュースが目に留まる。
〈
青鳥市は、俺の住む
テレビの映像が切り替わり、一人の男性の首から下が映る。テロップで、実際にレジにいた店員だとわかった。
〈見た感じ、普通のお客様でした〉
店員は、犯人について話し始めた。声が加工されている。
〈高校生か大学生くらいだと思います。帽子とマスクをしてて、顔ははっきり覚えてません。あ、でも……暖かいのに、帽子を深く被ってたのはちょっとおかしいなとは思ったんです〉
典型的な不審者だ。
〈商品も持たずに、いきなりレジの前に来たんです。そしたら突然、その男の胸辺りが光りました。で、気づいたら、たくさんの拳銃がこっちを向いてて……〉
胸から光だと……⁉
「もしかして……」
「ああ、
両親に聞かれないように、俺とオトハは小声でやり取りをする。
〈怪我人は出ませんでしたが、市内のパトロールを強化する予定です〉
よかった。安堵の息が漏れる。それと同時に、犯人に対して腹が立ってきた。
「許せねえな」
「ああ」
オトハの瞳にも、たしかに怒りの炎が灯っていた。
〈先ほどの『たくさんの拳銃がこちらを向いていた』というのはどういうことでしょうか〉
〈何か脳に幻覚を見せるような、有害な薬品を嗅がされた可能性がありますね〉
ニュースキャスターはそんなことを話している。たしかに現実的に考えればそうなるだろう。改めて
しかし、たくさんの拳銃か……。いったいどんな
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