第23話 十個の銃口


健正けんせい、これを見ろ!」

「どうした」

 やたらテンションの高いオトハの声に、俺はしぶしぶ振り向く。


「このイチゴオレは夏だけの期間限定だそうだ! 買わない手はないぞ⁉ なぁ、そうだろう⁉」


 オトハが手にしているのは、ピンク色でパッケージされた紙パックだった。期間限定という四字熟語に弱いのは、人間界に住む俺たちに限った話ではないらしい。


「ああ、わかったよ。一つだけな」

 俺はイチゴオレを受け取ってかごに入れる。


 オトハの中で、イチゴオレブームはまだ続いている。というか、終わる気配がない。平均すれば、一日五百ミリリットルくらいは飲んでいると思う。


「何だと⁉ 私はまとめ買いを希望するぞ!」

「だってお前、まとめ買いしたら一日で全部飲むだろ」

「……それは否めない」

 否めよ!


 拳銃を出現させる能力ブレスを悪用し、強盗を繰り返す男のニュースを見てから、十日が経っていた。その間、犯行があったという情報はない。慎重になっているようにも思える。


 俺たちは青鳥市のコンビニに来ていた。今まで強盗が襲撃したコンビニや飲食店などが一部に密集していることに気づき、その近くの店を見て回っているのだ。


 この自主的なパトロールは今日で五回目になる。運よく犯人を見つけられるなんて思っているわけではないが、何もしないよりはましだ。


 イチゴオレのまとめ買いをごねるオトハの背後。店の自動ドアから新たな客が入って来た。


 帽子を深くかぶって、マスクをした高校生くらいの男。身長は俺よりも数センチ高い。明らかに怪しいし、例の犯人とも特徴が一致している。


 まさか……こいつが?


「健正、どうした? まとめ買いする気になったか?」

「なってねえよ」


 いや、きっと偶然だろう。そう思いながらも、商品棚を見もせず一直線にレジに近づいて行くその男から目が離せなかった。


 店内にいた体格の良い男が二人、俺と同じようにそいつに注目している。非常に鋭い眼光だ。もしかすると、私服警官かもしれない。


「いらっしゃいませ」

 女性の店員が、レジの前まで来た男に微笑みかける。しかし次の瞬間、彼女の表情が固まった。


 にび色の光が、男から発せられたのだ。

 間違いない! 能力ブレスだ!


「動くな! 金を出せ!」

 能力者ブレストが叫ぶ。強盗の常套句。


 宙に浮かんでいるのは複数の拳銃だった。糸で吊るされているわけではなく、3D映像でもない。それは科学を超越した魔法のような力、能力ブレスだった。

 銃口は全て店員に向かっている。


「ひっ……」

 女性店員の顔が引きつる。


 次の瞬間、オトハが動いた。

 人間とは思えない瞬発力と跳躍力でレジのカウンターを飛び越える。実際、人間じゃないけど。バレない程度に空中浮遊を使ったようだ。


 オトハは、硬直する女性店員の頭を押さえつけて、強引にしゃがませる。

 銃口は標的を追尾するが、レジのカウンターによって阻まれている。発砲されたとしても直接当たることはなさそうだ。


 いきなりの闖入者に、男も驚いている様子だった。

「健正!」

 見えない位置からオトハが叫ぶ。


「あ、ああ!」

 男の隙をついて、宙に浮かぶ拳銃の上に布団を出現させる。そのまま下に吹っ飛ばし、全ての銃を包み込むようにして叩き落とす。


「なっ……」

 男が後ろを振り向く。再び能力ブレスを発動する暇は与えない。


 俺はさらにもう一度能力ブレスを発動。同時に、すぐ近くの棚に並べられたガムテープを持って走り出す。

 薄めの布団で男の上半身を覆って視界を奪うと、布団ごと押し倒して拘束。


 ガムテープを使い、両足と胸の辺りをグルグル巻きにする。代金は後だ。緊急事態だし、これくらい許されるだろう。


 男が布団にくるまれながらジタバタ暴れる。

 俺は、頭と布団の間から手を突っ込んで、首にかけられていたブレッサーを奪う。


 驚くほど呆気なかった。隙がありすぎだ。他の能力者ブレストに急襲される可能性を一切考慮していなかったからだろうか。自分の能力ブレスを過信しすぎていたのかもしれない。とにかく、明らかに戦闘慣れしていない印象を受けた。


「さあ、ブレッサーはとったぞ。どうする?」

 降参するか、まだ抵抗するか。そういった意味で問いかけた。俺は、男がもう少しあがくことを予想して身構えたのだが……。


「あの、ごめんなさい」

 丸められた布団から、くぐもった声が聞こえた。俺の予想に反して、彼は大人しく白旗を上げたのだった。


「え?」

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。脅されてたんです。金を持って来いって」

 男は弱々しい態度で謝り倒す。


「脅されてた?」

「はい。銃も、弾は出ないんです。全部モデルガンなんです。僕の能力ブレス、【十個の銃口】っていうんですけど、ただ単に銃口が狙った相手の方を向くだけなんです。戦闘能力なんて皆無なんですーううえええあああああああん!」


 とうとう泣き出してしまった。なんだこいつは。

「こんなやつにビビっていたのか」

 いつの間にかすぐ隣に立っていたオトハも呆れている。


「わかった。わかったから、落ち着け。一つずつ質問をする。真実を答えろ」

 俺の能力ブレスだって【布団が吹っ飛んだ】だ。それがバレたら反撃される可能性だってある。いかにも強い能力者ブレストだと装わなくては。


「わわっわわわっかりました。おおおお落ち着きます! すみません!」

 いや、こいつの様子を見るに、その必要はないかもしれない。


 コンビニの裏へ移動することにした。男に巻き付いている布団を対象に能力ブレスを発動し、強制的に連行する。


 後ろからついてきたオトハはコンビニを出る際、店内にいた人間の記憶を改変し、今起こった強盗未遂事件は、いったんなかったことになった。


 コンビニの裏は、隣がビルということもあり人目につきにくい場所だった。店員くらいしか足を踏み入れないはずだ。


渥見あつみ哲矢てつやだな」

 俺は男のポケットに入っていた財布から学生証を取り出し、身元を確認した。青鳥市の高校に通う高校二年生。


「はい……」

 渥見は、上半身を布団とガムテープで拘束されたまま、地面に正座をしている。なんだか間抜けな絵面だ。


「まず、お前を脅してたのは誰だ」

 渥見は先ほど、脅されて仕方なく強盗をしていたと言った。

あきらさんです! ごめんなさい!」


「名字は?」

永柄ながつか。永柄暁さんです! すみません!」


「そいつも能力者ブレストか?」

「はい。でも能力ブレスは知りません! 本当にごめんなさい!」


 謝罪しすぎだろ……。

 これが演技でなければ、物騒な能力ブレスとは裏腹に相当臆病な人間だ。反撃される恐れはないだろう。


 つまり、永柄暁という能力者ブレストが渥見に指示を出して金を集めていたということか。こいつの言うことが本当ならば、だが。


「その永柄というやつに、他に仲間はいるのか?」

「います。僕が知ってるのは五人くらいです。全員が能力者ブレストみたいです」


「五人⁉」

「はい……。すみません」


 五人以上の能力者ブレストが集まって、一つの組織を形成しているというのか⁉

 これにはオトハも驚いた表情を浮かべた。


「そうか。で、今そいつらはどこにいる?」

 冷静を装って質問を続ける。

「地下です」


「地下?」

「穴を掘って、そこをアジトにしています」

 穴だと……? どういうことだ?


「穴を掘る能力ブレスがあるのかもな」

「ああ、なるほど」

 オトハの発言に納得した。ついでに、その能力ブレス名まで予想できてしまった。


「で、具体的な場所はわかるか?」

「はい」

 そいつは、隣の県のとある市を口にした。細かい場所も問い詰める。


「間違いないんだな?」

「間違いないです! すみません!」


「で、その永柄暁ってやつは、何をしようとしているんだ」

「わかりません。でも、世界に復讐する、とか言ってたのを偶然聞きました」


「世界に……復讐?」

 一般的な高校生の台詞なら、ただの中二病で片付けられる。しかし、これが能力者ブレストの発言となると、簡単に笑い飛ばせることではない。危険な匂いがした。


 他に数点質問をし、最後に俺は言った。

「お前のブレッサーはさっき粉々にしたからな」


「ああっ! せっかく僕をバカにしてた人たちを黙らせる力を手に入れたのに……。あいつらに、またいじめられる……」

 そう言った数秒後に、すすり泣きが聞こえてきた。


 どうやら彼にも色々とあるようだ。だからといって、犯罪に手を染めることは許されることではない。


「まずは自分がしたことを反省しろ!」

 渥見が完全に戦意を失っていることを確信し、俺は布団を消して拘束を解いた。


 渥見は「すみません。すみません」と繰り返しながら泣き崩れる。

 連続強盗事件の犯人は、哀れな一人の高校生だった。


 最後に、いざというときのために、彼の連絡先と住所を一方的に入手して渥見哲矢を解放する。


 警察に引き渡すべきかとも思ったが、説明が困難であるし、脅されていたということであれば同情の余地もある。


 オトハによると、この戦いの影響で損害が生じた企業や個人などへは、フェリク・ステラからこっそり補償金が出るという。今回の一連の事件もその対象になるはずだ。


 補償金といっても、日本の硬貨や紙幣がフェリク・ステラで使われているわけではなさそうだ。金塊でも渡されるのだろうか……。この世界の常識を軽々と超えてくる世界のことだから、考えてもどうせ答えは出ないんだろうけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る