第10話 視界せばめて起死回生


「はぁ、はぁ……。喋りすぎたな。そろそろ終わりにしよう」

 大きく見開いた目からは、憎悪と激情が伝わってくる。


 鉛色の光から、ストーブが飛んでくる。さっきよりも速くなっているような気がした。


「クッ……」

 地面を転がるようにして避ける。

 一瞬。一瞬でもこいつの目を逸らせれば……。


 俺は思考を巡らせる。危機に瀕しているからか、いつもよりも頭の中はクリアだ。真川が次の攻撃を開始しようとした瞬間、ひらめいた。これだ!


「もう諦めろよ! お前の能力ブレスじゃ僕に勝てないんだよ!」

 真川が叫ぶ。


 俺は大きめの布団をイメージして、能力ブレスを発動した。布面積が大きいため、今までよりもブレッサーの光が強い。

 真川の鉛色の光と俺の白い光が、暗い夜を照らす。


 生成された大きな布団を盾のように目の前に展開し、相手の視界を遮る。それと同時に、真川の方へ向かって小さな力で吹っ飛ばす。布団が真川の視界を奪った。


「なっ⁉」

 真川は俺の行動に不意を突かれたような声を出し、布団に飲み込まれた。


 さらに能力ブレスを発動させ、布団を召喚する。俺はその布団をにかぶせた。


 俺を見失ってはまずいと思ったのか、真川がすぐに巨大な布団から這い出てくる。

「どこだ⁉」

 すぐに、俺の出したもう一枚の布団を見つけ、その下に何かがあることに気づく。


「はっ、ついに打つ手がなくなったようだな! そんな薄い布で僕の攻撃が防げると思っているのか?」

 布団にくるまったに向かって、真川は言った。


 そう。ここはそれなりに整地されている山で、大きな石や倒木などは落ちていない。つまり、人間大の大きさの物体があれば、消去法的にそれが俺であると思うのも無理はない。


 真川は完全に、布団の下に俺がいると思いこんでいる。勝利を確信した顔で叫んだ。

「今度こそ、死ねええええっ!」


 布団の数メートル真上。灰色の光から、勢いよくストーブが射出される。元々の威力に、重力がプラスされて、大きな音を立てた。


 衝撃で布団がめくれ上がる。しかし、その布団に包まれていたのは、残念ながら俺ではない。

「なっ⁉ 僕が出したストーブ?」


 俺が布団で隠していたのは、真川の飛ばしたストーブだった。

 それに気をとられた隙に、隠れていた木の裏から飛び出し、俺は拳を振りかぶる。

 真川が俺に気づいて振り返った。


 絶対に失敗できない。見える世界はスローモーション。聴覚は無音。極限の集中状態。当たれ!


 俺は渾身の力で、右腕を突き出す。

 真川のブレッサーが、音を立てて砕け散った。


 ……勝った。

 その場に、仰向けになって倒れこんだ。

 全身に安堵が広がって、力が抜ける。


 真川は気を失ったらしく、倒れたまま動かない。地面で頭を打ったのだろう。胸が上下しているから、死んではいないと思う。


 俺も動けるような状態ではない。

 しばらく、このままでいよう。


 木々の隙間から、月の浮かぶ夜空が覗いている。ちりばめられた星を見ながら、俺は息を整えていく。


 静寂に、微かな足音が混じった。それはだんだん大きくなり、こちらへ近づいている。


「健正! 大丈夫か?」

 すぐ隣で立ち止まり、声をかけたのはオトハだった。


「ああ、なんとか」

 上半身だけ起こす。もうしばらく立てそうにない。


「怪我はしてないか?」

 オトハはしゃがみ込んで言った。端正な顔がアップになる。


「枝でちょっとあちこち切っただけだ。こんなの、唾つけときゃ治る」

 左腕を強打したことは言わないでおく。こっちもそのうち痛みはなくなるだろう。


「そうか。よかった」

 オトハはホッと安心したように言った。


「それに、ほら。こいつも無事だ」

 首から下げたブレッサーを見せる。


「うむ。よく頑張ったな」

 オトハは手のひらを俺の頭に乗せて、軽くたたいた。いわゆる、頭ポンポンというやつだ。


「子供扱いすんな!」

 すぐに振り払ったが、悪い気はしなかった。


「それより、さっきの女子は?」

 理不尽に真川の標的になっていた、四つ葉高校の生徒会長のことだ。


「あの子なら、家まで送り届けてきた」

「そっか」

 安堵のため息が漏れる。


「ついでに、そいつに襲われた記憶も抹消しておいた」

 気を失っている真川をあごで示しながら、オトハが言う。


「ああ、記憶を……って、はぁ⁉」あまりにも自然に言われたものだから、反応が遅れた。「記憶を抹消?」

 なんだ、それは……。


能力者ブレストのことについては、あまり一般人に知られたくない。そんなフェリク・ステラの意向から、日本に来ているフェリク人にはそういった力が備わっている。記憶を消すと言うよりは、都合よく改変するだけだがな。もちろん、むやみに使えばペナルティはある」


「お前、そういう大事なことは最初に言っとけよ……。じゃあ、さっきまでの出来事はどう改変されてるんだ?」


「不審者に追いかけられているところを、偶然通りかかった私と健正に助けられた。彼女の中ではそういうことになっているはずだ」


「なるほど」

 たしかに、ストーブをぶつけてくる男に夜道で襲われたなんて記憶、あっても混乱するだけだしな。


「とりあえず、帰るか」

 身体的にも精神的にも疲れてしまった。家に帰って、早く寝たかった。


「ああ。立てるか?」

 オトハが手を差し出す。


「サンキュ」

 差し出された手を握って、ゆっくりと立ち上がった。オトハの手は柔らかく、温もりを感じた。


 体を簡単に動かしてみる。痛むのは左腕だけのようだ。真川の方に視線を移す。気を失っていて、まだ覚醒する様子はない。犯罪者だったとはいえ、このまま放置するのは気が引ける。


 オトハもそれに気づいたらしい。

「ああ、そいつは私が処理する」

 そう言うと、真川に手をかざす。真川の体が光り――消えた。

 ……は?


「ちょ、何してんだ⁉ 死んだのか? そこまでしなくてよかったんじゃ!」

「何を言っている。殺してなどいない。人目につきそうな場所に転送しただけだ。朝までには誰かに見つかるだろう。このまま放っておく方が危険だ」


 それを聞いて一安心した。

「そんなこともできるのか……」

 フェリク人って、やっぱり万能の神様なんじゃないか?


天王レクス候補は能力者ブレストには干渉できないルールだが、すでにやつは脱落した。問題ない。さて、行くぞ」


「そっちは隣町だ」

 家と逆方向に歩いて行くオトハの背中に声をかける。


「そっ、そんなことは知っている! ちょっとしたジョークだ。フェリク人の間では流行っているんだ!」


 顔を赤くして、よくわからない言い訳を口にする。こいつ、ちょっとポンコツなところもあるのか……。少しだけ和む。


「はいはい」

 木々の間を、今度は俺の家の方へ向かって並んで歩く。


 時刻はすでに十二時になろうとしていた。こっそり帰宅したが、家の明かりは消えたままだった。どうやら両親には気づかれずにすみそうだ。


 腕の痛みが強くなってきたので、シップを貼って包帯を巻いた。

 ベッドに寝転がると、強烈な眠気が襲ってきた。かなり体力を消耗していたらしい。

 こうして、長かった一日はようやく終わりを迎えた。

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