第9話 ストーブがすっ飛ぶ
真川は次々とストーブを発生させ、俺を狙う。俺は襲い来るストーブを避け続ける。そんな攻防を、二十回は繰り返した。
このままじゃまずい。どうにかしてこの状況を打開しなくては……。
相手の武器はストーブ。そんなものを飛ばせば当然威力は出る。対して俺は布団。そんなものを当てたところで、たいした攻撃にはならない。本当にどうしようもない
いや、諦めるな。考えろ。布団がストーブに勝っているところは何だ。
柔らかさ? その柔らかさが低い攻撃力の原因だ。却下。
安らかな眠りを提供できる? バカか! 布団を出して相手が勝手に眠ってくれるならとっくにそうしてるっての!
くそっ……。逃げ回って息が切れてきた。
今のところ、こちらにアドバンテージがあるとすれば、向こうは俺が
そのおかげで、相手は俺に直接危害を加えることができない。とはいえ、十分に重量のある電化製品が飛んでくるのはかなり怖い。
「ちょこまかちょこまかと、逃げてんじゃねえぞぉ!」
相手もかなり苛立っていた。肩で息をしている。体力も相当消費しているようだ。
俺たちは小さな山のふもとまで来ていた。
人間の手によって最低限整えられた跡はあるが、おおよそ自然的な地形になっている。近所の子どもたちの遊び場となっていて、俺も昔はよく走り回っていた。
とりあえず、人のいない場所へは来ることができた。これで関係のない人間を巻き込むことはない。
街灯はほとんどなく、微かな月明りと街の方からの光だけが頼りだ。
「クソッ! いい加減……当たれよ‼」
真川が息を切らしながら、怒りに身を任せて叫ぶ。
このまま相手の体力が尽きるのを待つか……。
いや、そんな一か八かの勝負では危険だ。確実に勝てる方法を考えろ。
た俺も限界が近い。膝が笑っている。高校に入ってから、体育の時間以外で運動してないからなぁ。
真川のブレッサーが光る。思いのほか近い位置に敵はいた。
もっと距離を取らなくては……。
しかし、地面を蹴った俺は、足元の小石に躓いてバランスを崩してしまう。蓄積した疲労と恐怖ゆえの焦燥。まずい!
鉛色の光で照らされた真川は、歯をむき出しにして、邪悪な笑みを浮かべていた。目は赤く血走っている。
「死ねええええええっ!」
飛んだストーブが大きな木に当たり、俺に向かって落下してくる。
ダメだ。間に合わない!
咄嗟に
胸のブレッサーが白く輝き、俺の左上に布団が出現する。
位置エネルギーを持ったストーブの衝撃を、厚みのある白い布が和らげる。
それでも、完全に衝撃は殺せなかったようで、頭をかばった左腕に痛みが走った。幸い、折れてはいないようだが、ズキズキとした痛みが継続的に襲う。
「その光……。そうか、お前も
真川がこちらへ歩み寄る。口元を大きく歪めて、嬉しそうな表情。
「だったらどうした」
「遠慮なくぶつけることができるってことだよ!」
先ほど俺の左腕を襲って地面に落ちていたストーブが再び光り、勢いよく飛来する。今までとは違い、直線的な軌道だった。俺は地面を転がって、どうにか避ける。
「僕の
最初に見たときから予想はしていた。俺の【布団が吹っ飛んだ】と同様、どうしようもなくくだらないダジャレだ。
本当にどの
「ああ、笑えるな」
俺の
まだ布団を出しただけだ。本質を悟らせるな。俺の
「でも、わざわざピンチになるまで隠してたってことは、お前の
俺の目論見は一瞬にして破綻した。
たしかに、俺の
見事なロジカルシンキング。さすが学年一位、なんて悠長なことを言っている場合ではない。
「さあ、どうだかな」
「布団を出したってことは、【布団が吹っ飛んだ】……とかか?」
「……」
「なんだ、図星か。もしかすると、僕の
真川はそう言って、
最悪だ。俺が
真川は、ストーブを何かに当てることなく、真っすぐに俺を狙ってくるようになった。
俺が
こちらも布団をぶつけることで、ストーブの速度や威力を弱めることはできるが、それでも質量の差は無視できない。
結局、防戦一方であることに変わりはなかった。
真川は見るからに弱そうだ。お互いに
しかし相手は、近すぎず遠すぎず、いつでも攻撃を加えられる距離を保っている。これ以上接近しようものなら、即座にストーブが飛んでくるだろう。
「一つ聞きたいことがある。どうして関係のない人まで巻き込んだ」
時間稼ぎを試みる。真川もかなり消耗しているようで、俺を見据えたまま答える。
「関係のない人たち?」
「だってそうだろ。これは
今さらこんなことを言ったところで、相手も、はいそうですかじゃあ戦うのやめましょう、なんて大人しくなるとは思っていない。
それでも俺は、真川秀という男が何を思って人々に危害を加えてきたのか、それを知りたかった。
「バカか! 力が手に入ったんだ! 使わなくてどうする⁉ それに、僕が今までされてきたことに比べれば、ちょっとの怪我くらいなんでもないじゃないか!」
「今まで……されてきたこと?」
「そうだ。僕は別に、四つ葉高校の生徒を無差別に攻撃しているわけじゃない! アイツらは……散々僕のことをバカにしてきたんだ! 勉強ができないからって、勉強しか取り柄のない僕のことをあざ笑って、下に見て、劣等感をぶつけてきたんだよ!」
友人とつるんで遊んだり、恋人を作ったり、そういった学校を謳歌しているようなタイプの同級生に、真川が冷笑の的になっていることは想像に難くない。
けれど、劣等感を抱いているのは、そのクラスメイトではなく真川の方なんじゃないか。そんな気がした。
それに、今の話には何か違和感がある。
「だから、僕はあいつにいなくなってもらわなくちゃいけないいんだ!」
あいつ……?
「生徒会長のことか?」
さっき追いかけられていた女子。今はオトハとどこかへ逃げているはずだ。
……いや、待て。それはおかしくないか?
抱いていた違和感の正体が判明する。
彼女は生徒からも、教師からも評判が良い。真川のような男子に対しても嫌な顔一つせずに接しそうな気がしていた。
裏では酷いことを色々と言っていたとか、真川の被害妄想だったとか、そういう可能性もある。それとも……また別の理由かもしれない。
しかし、真川の口から発せられたのは、予想外の言葉だった。
「あの女はいつも学年で二位なんだよ! だからあいつには、このまま高校にいてもらっちゃ困るんだ!」
今までで最も狂気に染まった声色だった。
「なっ⁉」
何を言っているんだ。そんなの、まったく関係がないじゃないか!
自分の発言がどうかしているということは、きっと頭では気づいているのだろう。しかし、増幅した他人への怒りで、憎しみは正当化されていた。加害者としての感覚が、完全に麻痺している。
「そんなことで⁉」
このままでは、そのうち誰かの命さえ奪いかねない。この男は、今日ここで止めなくてはいけない。危機感が高まる。
「そんなこと⁉ お前に僕のプレッシャーがわかるか! 学年一位をとって当然。そりゃそうだ! 勉強以外のことなんて何一つできないんだよ! 僕から勉強を取ったら、僕の存在価値はなくなるんだ!」
真川の表情はもはや、笑っているのか怒っているのかわからないほどに歪んでいた。
「だからっ! 今まで僕のことをさんざんバカにしてたヤツらを、病院送りにしてやったんだ!」
言っていることがめちゃくちゃだ。まともな思考回路はすでに失われている。
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