第11話 フェリク・ステラ①


 操作パネルと、百を超えるモニター。それ以外に目立ったものはない、殺風景な部屋。シェレンは、そこで天王レクス候補や能力者ブレストの動きを観測していた。


「遅くまでご苦労」

 シェレンはビクッと身体を震わせる。振り向くと、現天王レクスであるディバルが立っていた。いつの間にかこの部屋に入っていたらしい。


「ディバル様! ノックくらいしてください!」

 シェレンが文句を言う。

「ああ、悪い」謝るディバルに反省の色はない。「で、動きはどんな感じだ?」


 厚かましく隣に座るディバルに、シェレンはしぶしぶ説明する。

「ほとんどのフェリク人はパートナーの高校生に接触しました。四月が終わるまでにパートナーにブレッサーを渡せなかった場合は失格となりますが、おそらく出ても数名です。戦い全体に大きな影響はないでしょう」


「ふむ。能力者ブレスト同士の戦いも、すでに何件かあるみたいだな」

「そうですね。ついさっきも、一名が脱落しました」


 能力ブレスを悪用し通り魔的な犯行に及んでいた真川秀と、そこを偶然通りかかった峰樹健正との戦いを、シェレンは先ほどまでモニターで見ていた。


 能力ブレスに威力的な差があり、真川秀が有利かと思われたが、最後に峰樹健正が機転を利かせて逆転した形だ。


「おおむね順調といったところか」

「はい。ただ、いくつか気になる動きがあります」

「気になる動き……」

 ディバルは眉間にしわを寄せる。


「まず一つ目。戦わずにブレッサーを破壊する男がいます」

「戦わずに?」

「そうです。この男です」

 シェレンはあるモニターに映った映像を拡大し、指で示す。


 画面に映った少年は、キングサイズのベッドで優雅に読書していた。

「破壊された側は、ブレッサーを自ら進んで男に渡しているようでした」

「どういうことだ?」


「どうやら、金銭のやり取りが行われているようです。おそらく、この少年は金持ちの家の息子なのでしょう。すでに三人の能力者ブレストが買収されています。いかがいたしますか?」


「別にルール違反ではない。それに、金で釣られるようなら、これから先勝ち残ることは難しいだろう。放っておけ」

 ディバルは一瞬考えてから、冷たく吐き捨てる。

 たしかにその通りかもしれない。シェレンは納得した。


「かしこまりました。あとは、能力者ブレスト同士が接触したにも関わらず、どちらのブレッサーも破壊されていない事例がいくつか。お互いに気づいていないわけではなく、協力関係を結んだようです」


「ふふふ。面白い」

 不敵な笑顔で、ディバルは頷く。男性にしてはやや長めの、鮮やかな青い髪がなびいた。


「は?」

 ディバルの予想外の反応に、シェレンは困惑した。


「いや、そういう展開も予想していたからな。問題ない」

「そうですか……」

 相変わらず、この人の考えていることは読めない。


「他には何かあるか?」

「……いいえ。特には」

 シェレンは、もう一つ気になっていたことを言いかけてやめた。


 つい先ほどの戦い。モニターで勝負を見ていたのだが、何かが引っかかる。勝利した峰樹健正という高校生の方だ。


 言葉にできない何かが、もやがかかったような違和感となって胸中に居座っている。一体なんなのだろう……。


「それじゃ、俺はそろそろ寝るぞ」

 ディバルが椅子から立ち上がる。


「ええ。まだ起きている能力者ブレストも何人かいるので、私はもう少しだけここにいます」

「そうか。あまり無理はしないようにな」


「はい。ありがとうございます」

 心配してくれているのだろうか。普段は人使いが荒いので、そのギャップにシェレンは感動した。


「君が倒れてしまったら、誰が俺の部屋を掃除するんだ」

 ディバルは透き通るような青い双眸で、シェレンを見据えながら言った。


「私はルンバですか!」

 人間界で流通しているお掃除ロボットを持ち出して、シェレンはツッコミを入れた。


 ディバルは「ルンバ? ダンスでも始めたのか?」などと涼しい顔で言う。

 そうだ。この人はこういう人だった。気まぐれで自分勝手。

 でも――そんな彼に、シェレンは救われたのだ。


「おやすみなさい」とあいさつし、部屋から出て行く主人を見送った。

 シェレンはしばらく、ぼんやりとモニターを見ていた。しかし、何かが起こりそうな気配はない。


 時刻はすでに夜中の二時になろうとしている。大きなあくびが出た。

「そろそろ寝ますか……」

 そう呟くと、シェレンはパネルを操作して電源を落とした。

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