第4話 四角い資格はもし欠くと失格
「さて、そろそろコイツについて説明しよう」
オトハが俺の首にぶら下がったものを指さした。
「ああ」
たしか、ブレッサーとかいったっけ?
ついさっき、
ガラクタで作ったオモチャと言われればそう見えるし、古い時代から受け継がれる貴重なものだと言われればそう見える。
「これはブレッサーという、戦いへの参加資格だ。これを受け取ることによって戦いにエントリーされることとなり、壊されると脱落になる。つまり、他の
「なるほど」
壊されると負け。つまり、壊されなければ負けることはないということだ。
「着け外しは自由だが、身に着けている間、もっと詳しく言えば、体の一部とブレッサーの一部が触れている間しか
ずっと隠しておけば壊されないのでは……と思ったが、そう簡単にはいかないようだ。
「隠しておくと、いざとなったときに自分の身を守れない。常時身に付けておいてくれ」
俺の心を読んだかのようにオトハが言った。
「わかった」
「それと、もう一つ重要なルールがある。日本から出た場合、その瞬間に失格だ。海外旅行は我慢してもらうことになる」
戦いの場を日本に絞っているわけか。俺が思った以上に、色々と考えられているらしい。
「今のところ、海外なんて行く予定はないから大丈夫だ。……って、もうこんな時間か。そろそろ出ないとな」
時計はすでに八時過ぎを示しており、普段なら登校する時間だった。
「学校か」
「ああ、そうだ」
きっと、フェリク・ステラにも同じように教育機関があるのだろう。
「いいかオトハ。お前は家で大人しく待ってろ。くれぐれも余計なことはするなよ」
思考回路も行動原理も未知の異世界人に釘を刺しておく。
朝から色々あった。一日はまだ始まったばかりだというのに、すでに疲弊している。
今日くらいは休んでもいいんじゃないかと一瞬考えたけど、変なところで真面目な俺は普段通り高校に行くことにした。
学校の準備をして部屋を出ると、空腹を感じた。ああ、結局朝ごはん食べてないな……。
俺の部屋を出てすぐ向かい側には、もう一つ同じような部屋がある。
「ほら、ここがお前の部屋だ」
ドアを開けて、中を見せる。
部屋の中は、全体的に綺麗に整えられていた。淡い色の小物や、数個のぬいぐるみが目に入る。物が少ない女の子の部屋といった感じ。
それも当然だ。元々女の子の部屋だったのだから。
「生活感があるな。本当に誰も使っていないのか?」
オトハが訝しむように尋ねる。そもそも空き部屋があること自体おかしいのだ。
生活感があるのは、実際に三年前まで使われていて、ほとんどそのときのままになっているから。
「ああ。……今はな」
そう。今は――。
言いながら、心の底に痛みを感じた。
三年前、俺の妹である峰樹
そのことを今、オトハには言う必要はないだろう。
「そうか……」
そんな俺の態度に気づいたのか、オトハもそれ以上しつこく質問をしてくるようなことはなかった。
しっかり者の妹の顔が脳裏にちらついた。最後に見てから三年が経った今でも、はっきりと思い出せる。
「できるだけ、物は動かさないでほしい」
「ああ。わかった」
俺の真剣な声のトーンに、何かただならぬものを感じたのか、オトハは素直に答えた。
母親がオトハを我が家に招き入れた理由が、なんとなくわかった気がした。
もしかすると母親は、三年前に娘を失った寂しさを埋めようとしていたのかもしれない――。
玄関を出て、春の柔らかい日差しの中を歩き出そうとしたとき、
「おはよ、健ちゃん」
と、声をかけられた。
「おう」
俺は声のした方を向いて、手を挙げる。
幼馴染の
丸みのある輪郭に、パッチリした二重の目と小ぶりな鼻、薄い唇がバランスよく収まっている。
前髪は綺麗に切り揃えられており、セミロングの髪を高い位置でポニーテールにしている。
指定の制服を着崩すことなく身に付け、そのスカートからは白くスラリとした脚が覗いていた。
「いつもよりちょっと遅くない?」
姫歌がそう言いながら、歩き出した俺の隣に並んだ。
「まあ、色々あってな」
内容は言えないけど。
小学三年生のときに隣に引っ越してきたのが姫歌だった。学年が一緒ということもあり、俺と姫歌はすぐに仲良くなった。現在も同じ高校に通っている。登校時間が重なることもあり、そんなときはこうして一緒に学校へ向かう。
明るい性格で、誰にでも分け隔てなく接する姫歌。スタイルが良いということもあって、男子から絶大な人気を誇る。が、そのことに本人は気づいていない。
俺はよく、幼馴染という立場をよく羨ましがられる。
姫歌と、何でもない話をしながら駅までの道を歩く。日常を生きている安心感に浸ることができて、まだ頭の中がごちゃごちゃになっている俺としてはとてもありがたかった。
「ねえ、あれ。なんだろう」
ふいに、姫歌が俺の袖を引っ張る。
「ん?」
姫歌の視線を追うと、とあるマンションの前に人だかりができていた。
集まっている人たちの視線は、揃って上の方を向いている。
俺もそれに倣い、見上げるようにして首を曲げる。
「なっ⁉」
子どもが、ベランダの手すりに登っていた。五歳くらいの男の子だ。
そのベランダは四階で、下はコンクリートの道路。
ただ単に高いところが好きだから登ってみた。そんな感じで地上を見下ろしている。死という概念が彼の中に形成されていないためか、緊張や恐怖などは感じていないようだった。
「ぼく! 危ないから、部屋に戻りなさい!」
下から見ている三十代くらいの男性が、大きく、そしてなるべく優しい声で言った。
その言葉を理解したのかどうかはわからないが、子どもに動きがあった。
手すりに横にまたがっている状態から、外側に出ていた右足を手すりの内側に動かす。部屋の窓の方を向いて座っている状態になった。
そうだ。そのままベランダに降りて。ゆっくり、ゆっくりでいい。俺と同じ気持ちと思われる数人が、固唾を飲んで見守っている。最悪の事態にはならないでくれ。
しかし、その願いは届かなかった。
子どもはバランスを崩して、体をのけ反らせる。
人間は頭が重い。子供ならなおさらだ。体の重心が手すりの外側にくる。
「あっ‼」
隣にいる姫歌が短く叫ぶ。俺の制服の袖をギュッとつかんだ。
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