第3話 布団が吹っ飛んだ
――【布団が吹っ飛んだ】
俺の聞き間違いでなければ、オトハはそう言った。
いきなり真顔でダジャレ? このタイミングで?
しかもクソ寒いし。真新しさの欠片もない。
今は俺の能力の話をしているはずだろ。どういうことだ。
「【布団が吹っ飛んだ】それがお前の
俺の、
「待て、それはどういう……」
「読んで字のごとく、布団を吹っ飛ばす力だ」
「はぁ⁉」
何だそれ。読んで字のごとく、じゃねーよ。
特殊能力って言うからには、手から炎を出すとか、身体能力が爆発的に上がるとか、時を止めるとか、そういう格好いいのを想像してたのに……。
布団を吹っ飛ばす力ってなんだよ。
そんな能力でどうやって戦えっていうんだよ。
「もしかしてお前、真顔で冗談を言うタイプか?」
一抹の期待を込めて尋ねる。冗談であってくれ。
「残念ながら違う。できれば私だって、もっと強い
「限度があるだろ。布団を吹っ飛ばす力って……」
思わずため息が漏れる。
「何で……」
「これも
さっきからそればっかだな。その
「試しに使ってみるか」
「……どうすれば使えるんだ」
期待を激しく裏切られた虚しさに、好奇心がギリギリ
「まずはこれを身に着けてくれ」
オトハから渡されたのは、首から下げるペンダントのようなものだった。
銀色のチェーンに、白い金属らしき四角形が付いている。トランプのダイヤのマークを横に寝かせたようなひし形で、大きさは名刺より少し小さいくらい。
「何だ、これは」
「それはブレッサーだ。詳しくはまた後で説明する。とりあえず、今は
俺はオトハの指示に従って、それを首から下げる。
おお、なんか選ばれし者っぽい。下がっていたテンションが再び上がった。本当に、男子高校生は単純だ。
「着けたぞ」
もう
「
俺の悪い予感はこういうところで当たる。
やりたくない気持ちが押し寄せるが、ここまできたら止めるとは言い出しづらい。
俺は、ベッドの上のタオルケットに意識を集中した。
「布団がっ……吹っ飛んだ!」
あまりの恥ずかしさに赤面しながら、半ば自棄になって叫ぶ。
胸の前で、ブレッサーと呼ばれていた物体が白く光った。
ほぼ同時に、タオルケットも同じような白い光に包まれる。お互い共鳴し合っているような、そんな感じ。
次の瞬間、タオルケットはふわりと宙を舞って、壁にぶつかると床に落ちた。
「……」
「ほう、なかなか筋が良いではないか」
筋も何もあるか! そりゃ確かに、触れないで物体を動かしてるわけだからすごいかもしれないけどさ!
「この力は、布団がなけりゃ使えないってことか?」
だとしたら本格的にしょぼい。
「そうか。説明を忘れていた。布団がないところでもこの力は使えるぞ。吹っ飛ばしたい布団に集中せず、ただ単に
質量保存の法則は無視か。今さらなところもあるが……。
「その分、タイムラグもあるし、体力の消費は激しいがな。野宿するときや遭難したときなんかは便利だ」
そんな場面がないことを祈る。
「一度やってみるか」
俺はしぶしぶ従う。
「布団が、吹っ飛んだ!」
ああ、恥ずかしい。
白い光と共に、何もない空間から旅館でよく見るような掛け布団が出現し、壁まで飛んで行った。
たしかに、元々存在する布団を飛ばすよりも時間が必要だ。体力の消費は……まだよくわからない。
何もないところから物体を発生させるわけだから、魔法と言っても過言ではないような、人智を超えた力ではあるんだろうけど、出現するのが布団なので素直にすごいと思えない。
「出てきた布団はどうなる」
俺はオトハに尋ねた。
「自分の意志で消すことができる。もしくは、一定時間経つと勝手に消える。それに、出現する場所や布団の種類はある程度制御が可能だ。色々と試してみるといい」
消えろ、と頭の中で念じると、先ほど俺の出した布団は消滅した。
たしかに、便利ではあるかもしれない。
文句も聞きたいこともたくさんあったけれど、とりあえず状況は飲み込めた。
俺はこの【布団が吹っ飛んだ】というふざけた能力で、日本中に散らばった高校生と戦わなくてはならないということだ。
「さて、私と共に戦ってくれるか?」
「断る」
即答。
「なっ!」
オトハは目を見開いた。まさか、良い返事をもらえるとでも思っていたのだろうか。
「断る、と言ったんだ。そんな危険なことしてられるか」
でも、危なかった。もし炎を出す力とか、空を自由に飛べる力とか、中途半端にカッコいいのだったらノリで頷いていたかもしれない。
布団を飛ばす、なんて戦闘能力ほとんどゼロの力が、俺を現実に引き戻した。しょぼい力でよかった。
「そうか……」
「力になれなくて申し訳ないけど、もし敵が襲ってきたら俺は目にもとまらぬ速さで降参する。それとも、俺じゃなくて他の高校生を選ぶか?」
「いや、すでにお前が私のパートナーになることは決まっている。しかし、もう少し頭が良いと思っていたのだがな……」
「どういう意味だ」
ムッとして聞き返す。
「よく考えろ。私は他にも
そうだ。候補者は全部で二百以上。つまり、俺以外にもフェリク人のパートナーとなる高校生、すなわち
「それがどうした」
「悪い人間が、強い武器を持つとどうなるか。ここまで言えばわかるか」
俺はその言葉の意味を少し考える。
「ああ、そういうことか」
理解した。
そう言えば最初に会ったとき、日本に危険が迫っている、みたいなことは言ってたな。混乱してて深く意味は考えないでいたけど。
「一般人に危害を加える
残念ながら、この世界には平気で他人を傷つけるような人間もいる。
「その通りだ。それに、フェリク・ステラも人間界と同じようなものだ。私のように善良なフェリク人もいれば、悪事をはたらくフェリク人もいる。意志の弱い人間を
自分で善良とか言ってしまうのはどうかと思う。
「脅しのような形になってしまって申し訳ない」
オトハの声のトーンが少し暗くなる。
実際に使ってみてわかったが、
「ただ、
「だったら大丈夫なんじゃ……」
「あくまで、直接的にという話だ。例えば、
「そうなのか……」
悪意を持った高校生が
「
それはまあ、そうかもしれない。ただ、大災害とかだと、俺の【布団が吹っ飛んだ】じゃ無理だと思う。いや、こんな
「少なくとも
親しい人間。両親や、仲の良い友人、学校のクラスメイトの顔が脳裏に浮かんだ。
「わかったよ。やれるだけやってみる。だけどあんまり期待はするなよ」
物体をただ飛ばす力。しかも布団限定。殺傷力はほとんどゼロ。おまけに能力名が最高にダサい。
期待しろという方がおかしかった。
「話のわかるやつだ」
オトハは満足気に頷く。
「マジで敵わねえと思ったらすぐに降参するからな!」
「それは構わん。命より大事なものなんてないからな」
あっさりその条件をのんだのは意外だった。
「ああ、それと最後に一つ。口に出さなくても
「なっ! ……てっめぇこの野郎! 騙しやがったな!」
能力名を口に出さずに、オトハに向かって布団を飛ばす。が、彼女はそれをひょいと避けた。
どうやらこの女、真顔で冗談を口にするタイプらしい。
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