第2話 ジャパリまんと説教

何かを聞いている。どこかも分からない場所で1人きり。


「――――――――――――たく、どう――うもな―――――――つは…………」

「あ、あの、だい、じょうぶですか?」

「――、大丈――」


何かを見ている。どこかも分からない場所で1人きり。


「―――――部屋に地――――から―――を見ながら脱出し――か」

「地図、ってなんですか?」

「高い所――見下し――形―――書いたものさ。――――――

 初めての場―――迷わずに――――――道具だよ」

「そ、そうなんですか! そんな、便利なものがあるなんて……」


分かるのは俺じゃない誰かが俺の体でさっき助けた少女と話しているということ。でも、俺の体が何を話しているのかはノイズが入って途切れ途切れにしか頭に入ってこない。


「使え――――のはバックに―――――――ンとノ――に地図があれば―――――」


これは夢なのか現実なのか。

聞こえたものも、見たものも勝手に俺の中から流れ出て思い出せなくなっていく。


「私は、アードウルフのフレンズです。あなたは、何のフレンズさん、なんですか?」

「――はバーバリライオンの――――『レオ』だ。よろしく、アード―――――――」


記憶が一瞬の内に消え失せていってしまうのなら、

せめて、これだけは頭に焼き付けよう。


君が『アード』で俺は『レオ』だ。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「――――――――っ!」


まぶしい。目を指す日の光で途端にあいまいだった俺の意識が覚醒する。

どうやら俺たちはあの建物から脱出できたらしい。だが、どうやって脱出したのかは、その過程があやふやで思い出せない。まるで夢でも見ていたかのようだ。空腹のあまり意識を失ったのは覚えているのだが…………。


ふと右腕に視点を落とすとすこし膨らんだ手提げバックが目に入った。

俺こんなバック持ってたっけ…………? だめだ記憶がない。


「あの、だいじょうぶですか……?」

「あ、ああ、大丈夫だ、ちょっとぼーっとしてただけだから、うん。」


違和感をごまかすように辺りを見渡すとあちこちに植えられた木々や芝生とヒトが造ったと思わしき建造物や遊具が立ち並ぶ広場だった。中央と思われる場所にある噴水を中心に植物と建造物が調和した広場からは何者かがここを管理していること匂わせている。しかし、それに反してヒトの姿は見当たらない。あってもいいはずの多くのヒトの残り香すら拾えない。ついでに食い物になりそうな野生動物の匂いも。あー、腹減った……


「やっぱり調子おかしいですよ…………後はボスを、見つけるだけですから

 もうちょっとだけ、がまんしてください」

「おう………」

「あ! レオさん、いました、あれがボスです!」

「あれが、ボス…………?」


アードが指さす方を見ると、何かが盛られたカゴを頭と思われる部分の上に乗せてテクテク歩いているモノが目に入った。しかし、それはどうみても―――――


「ロボット…………?」


小さなロボットだった。

青を基調としたボディに動物の耳のようなパーツを携えた、俺の膝に届くか届かないくらいの大きさのロボットである。先ほどのアードの声に反応したのか、進行方向を変えてこちらにやってきた。


「……………………………」

「ボス、二つ貰いますね」


アードにボスと呼ばれたロボットが頭にのせていたカゴから青い表面に“の”と紋様があるものを取り出した。握りこぶしより一回りくらい大きいそれがアードの言っていたジャパリまんなのだろう。しかし、ジャパリまんというからに饅頭みたいなものを想像していたのだが実際はパンっぽい。


「レオさん、どうぞ」

「ありがとう」


一つ受け取り、暴走する一歩手前の食欲を抑えながら匂いを嗅いでみた。

食欲をそそる匂いから、やはり表面がパン生地でできていることが分かる。

試しに軽く表面を押してみると指の形にへこみ、少し時間をおいて元の形に戻った。程よい柔らかさと形を崩さない硬さを両立したパン生地に軽く感動を覚える。

少なくとも、このジャパリまんの生地は一流の技術で作られていると、心の中で得心し、口の端から出たよだれをぬぐいつつ恐る恐る一口かぶりついた。


「んじゃ、いただきます……………………!! うまっ!!」


うまい。

それがジャパリまんを始めて食った俺の忌憚なき感想だった。

程よい硬さのパン生地を噛み切ると、味付けのなされた具材で構成された中身が入っていた。想定外なうまさに驚きながら咀嚼すること数度。これがなぜジャパリまんと言われているかわかった。


「これは、にくまん……!?」


そう、肉まんであった。

ほのかな甘みのある小麦粉でできたパン生地。塩コショウで味付けされたひき肉をベースに細かく切り刻まれた人参やレンコンなどの野菜が入った中身。人肌程度の暖かさを保った肉の部分からはジュワっと手が汚れない程度に肉汁がしたたって食欲を増進させ、香辛料の塩コショウとシャキシャキしたレンコンがアクセントとなり、一噛みごとに微妙に味の変わる万華鏡のごとき味の彩を構成し、俺の食事スピードを加速させる。


「…………おかわりっ!!」


速攻でジャパリまんならぬ肉まんを完食した俺は『もっとよこせ』と叫ぶ食欲のままに本日二つ目となるジャパリまんに手を伸ばしていた。


「今度は……あんまん…………!?」


二個目にかぶりついた俺の口の中に溢れかえったのは、まぜこぜにされた肉と野菜の味の旨みではなく、均一な天然由来の程よい甘さ。いったん口から外して見てみると、青い色のパン生地の中に封入されていたのは暗い紫色をしたあまーいペースト状のもの……餡子であった。その餡は完全には形を潰しきらないタイプの俗にいう粒あんと呼ばれる状態のもので、歯の上でつぶれることで俺にさらなる甘さとなんともいえぬ食感を提供してくれる。



「……レオさん!? あの、ジャパリまんは皆のものなのでもうそこらへんで……」

「知るかぁ!! こちとら腹が減ってんだよ!!」

「……………!!…………!!」


これもまたすぐさま平らげ、3つ目に手を伸ばす。次の瞬間、口の中ではじけたのは肉の旨み。今度は肉まん味のジャパリまんだ。甘いものを食った後に塩コショウのスパイシーさが味のコントラストを生み出し、一度目に食べた時よりそのおいしさを一段階上に昇華させている。なんかボスが細かく震えてビービーと電子音をあげているが、この旨さには逆らえない。

食欲のままにアードの静止も聞かず4つ目のジャパリまんに手を伸ばす。



「……こらぁ!!!! そこの娘っ!!!! その手を止めんかっ!!!!!」

「いてっ!!」



が、ジャパリまんに手を伸ばしかけた俺の頭上に、ものすごいスピードで疾駆してきた何者かのげんこつが落ちた―――――――――――――――――





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「いてぇ…………」

「よいか、そこな娘!!!! ボスが配ってくれてるこのジャパリまんは、この周辺にいるフレンズの皆のもので大事な生命線じゃ!!!! 食うなとは言わんが、お主だけにそんなに食われては他のものが困る!!!! ボスだって怒っておるぞ!!!!」


アードの静止を聞かず、4つ目のジャパリまんに手を出そうとした俺にげんこつを落とし、現在進行形で説教を垂れているのは風呂敷包みを手に持った、とにかく白い奴だった。俺を射貫く爛爛と輝く黒色の眼のほかは、さわり心地がよさそうな柔らかく膨らんだボリュームのある白のロングヘアーに、耳も白、尻尾も白、肌の色も色白に近いと白づくめ。

服の方はどうかと言うと、これまた白色のTシャツ。そしてその上から灰色をベースとし、紫色がアクセントに入ったハーネスを連想させる留め具を装着している。

他の色といえば穿いているズボンと半分以上ハーネスっぽい留め具に埋もれてるネクタイに茶色が入っているくらいであった。

後、声がものすごくキンキンと響いて耳と心が痛い。


「しょ、しょうがないだろ……

 こちとら、腹が減って死にそうだったんだから…………」


そういいながらそいつから目線を外すと、こちらを見るボスが視界に入った。目に相当する部分を緑色に発光させ、ピロピロピロと電子音をたててボスがこちらを見ている。機械的な所作ながら、その視線に無言の圧力を感じずにはいられなかった。怒ってるなボス…………


「そ、そうなんです、先ほど私を助けるためにセルリアンと戦闘した時に、かなり消耗してしまって、意識を失って倒れたばっかりだったんです。食べ過ぎてしまったことは私も謝りますので……………」

「う、うむ。そうじゃったのか……それは災難じゃったな…………

 それならがっつくのも仕方ないのう。儂のはやちとりじゃったか…………」


アードの弁解にこちらの事情を察し、真っ白いそいつは申し訳なさそうな表情を浮かべた。俺の視線の先にいたボスも電子音のピロピロをやめてこちらの話を聞いている。


「じゃが、そういう事情があるなら先に一言ボスに申さぬか。それが分かればボスも怒らぬし、儂が出張る必要もなかったのじゃ。第一、周りから見れば今のお主はただの狼藉者じゃぞ。飯が無くなって困る気持ちは今のお主ならよくわかるじゃろう?」


だが、そういわれてしまうとぐうの根も出ない。

俺がこいつの立場ならまず間違いなく同じことしてるしもっと怒ってるだろう。


それによく考えると、ここには飯になりそうな野生動物がいない。

ということはジャパリまんがここに住む者にとっての生命線なのは間違いないし、それを大量に無断で食べられれば死活問題だろう。この姿になる前のルールなら『知るか、よこせ』で一蹴してもよかったんだが、ここのルールはどうやら違うらしいし、ボスの不興を買ってジャパリまん食えなくなるのは嫌だし、なにより心が痛むし…………うん、謝ろう。


「すいませんでした!! 次はしません!! だから許してください!!」

「ご、ごめんなさい!!」

「うむ、正直まあ、そちらの事情も聴かずに怒った儂も悪いとこあるしのう…… 

 儂もすまんかった。これで今回の件はおしまいじゃ、ボスもそれでよいか?」

「……………………………!!」


そうして、この場は事態の原因である俺と巻き込まれたアード、説教かましてきた真っ白い奴が謝り合うことで解決を見たのである…………

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