獅子の記憶
レオニス
第一章
第1話 誕生と邂逅と……
夢を見ていた。どこかもわからない場所で1人きり。
それは俺が四足の脚でもうどこにもない草原を駆ける夢だった。
前には逃げまどう獲物、後ろには沢山の仲間達。俺じゃない俺は獲物に飛び掛かり引き倒してトドメをさすべくその首に爪を立てた。
夢を見ていた。どこかも分からない場所で誰かの夢を見ていた。
それは毛皮を纏い、爪を持つ二本足につかまった夢だった。
俺の首にはなにかがはめられ、そこから延びるものが一匹の二本足につながっていた。逃げようとするたびに押さえつけられ、殴られる。そしてなにかの中に放り込まれ運ばれていく。後ろを見ても俺の群れはもうどこにもいなかった。
夢を見ていた。どこかも分からない場所で数え切れないほどの夢を繰り返し見てきた。
それは俺と二本足がたくさんの二本足に見られながら殺し合う夢だった。
俺の前に立つ二本足は固い毛皮で身を守り、長く鋭い爪を持っていた。
知っている。あの固い毛皮はこの俺の爪をはじくのだろうと。
知っている。あの鋭い爪が急所に刺さればこの俺は死ぬだろうと。
だが、それがどうしたのか。俺は高らかに吠え、二本足をにらみつける。
そうするだけで二本足は怯みその足をすくませた。
もう慣れた固い地を蹴って、固まってしまった二本足に襲い掛かり、突き飛ばし、その首を噛みちぎった。もう後ろは見なかった。
夢を見続けた。果ての無い時間の中、どこかも分からない場所でたった一人。
栄光の夢を見た。繁栄の夢を見た。勇猛に戦う夢を見た。二本足に捕縛される夢を見た。群れを襲う敵と戦う夢を見た。親に育てられる夢を見た。兄弟と喧嘩する夢を見た。そして、群れから追い出される夢を見た。群れが滅亡する夢を見た。
何度も、何度も、何度も、俺だけど俺じゃない俺達の夢を見続けた―――――――
ドオオーーーーン
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ドオオーーーーン
「うみゃっ!! なになに!! 今の!!」
「あら、火山が噴火しましたのね」
とあるサバンナの水辺にて火山の噴火に反応する者が二人。
ブロンドのボブカットに大きなけも耳を生やした少女と黒を基調にオレンジのラインが入ったライダースーツを着こなす、これまた頭頂部に短いけも耳の生えたナイスバディな女性だ。
「ねぇねぇ、カバ!! 火山が噴火すると新しいフレンズが生まれるんだね!!」
「ええ、そうですわサーバル。
もしかしたら、もう生まれているかもしれませんわね」
「そっかあ! じゃあ私生まれた子がいないかどうか見てくるね!!」
サーバルと呼ばれた少女はいてもたってもいられない様子で駆けだしていく。
遠くなっていくサーバルにカバと呼ばれた女性がその背に声をかける。
「セルリアンに気を付けるんですのよ!!」
「うん!! 分かってるよ!!」
岩場を駆けおり、乾燥した草に着地する。ふと、見上げればさんさんと照る太陽が目に映る。
―――そういえば、新しいフレンズにあった時に何を言うか決めてなかったなぁ。
そう思ったサーバルはニカッっと笑い、息を大きく吸って声を吐き出した。
「ようこそ、ジャパリパークへ!! 私はサーバルキャットのサーバルだよ!!」
それは、遠くない未来で出会う唯一無二の友達に送る言葉であり、
今まさに生まれんとする誰かへの祝福のようだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
永い夢を見ていた。
見慣れたものだったようなそうでなかったような、だが見飽きたとは断言できるそんな夢。何度も何度も見せられて脳裏に焼き付いたそれらのせいで、頭がすこしクラクラする。
もう二度と覚めることのない眠りについたはずなのに、こうして目を覚ましたのは多分そんな夢の繰り返しが嫌になったからだろう。今日も今日とて飢えと孤独感に苛まれる一日の始まりだ。そんな憂鬱な気分で久しぶりに瞼を開ける。
「……なんだこれ…………」
瞼を開けると目に入ったのはガラスに映る変わり果てた自分の姿だった。
すこし焼けた地肌に生前の体毛と同じ色の前髪に、
背中に届くほどのボリュームの黒茶色の髪。
頭頂部には側頭部についている者とは違う体毛に覆われたまるっこい耳が生え、
腰からは見慣れた自分の尻尾が生えていた。
黒いシャツに茶色のカーディガンを着用し、
紫のチェック柄の短いスカートを穿いて、
同じく紫のチェック柄のネクタイの上に髪色と同じマフラー、
そして足には白のブーツ。
なにより前はなかった胸のふくらみがあり、二本足で立っている。
明らかに今まで散々見てきた同族の姿ではなく、これではまるで―――――――
「俺がヒトになったみ『バリーさん!?』」
みたいだな―――――――と呟こうとした途端、傍から聞こえた誰かの声によって俺の発言はさえぎられた。
「誰だ!?」
慌てて後ろを振り返るが誰もいない。妙だと思いつつ感覚を研ぎ澄ませてみるが、目でも耳でも鼻でもここには俺以外誰もいないと告げている。もしかしたら夢から覚めて間もないから幻聴でも聞いたのだろうか。
「うむむ……やっぱりこれ、夢かなぁ…………でも腹は減ってるしなぁ」
永い夢から起きたらいつもまにか体がヒトになっていた!! しかもメス!!
なんてとてもじゃないが現実味が無さすぎる。見渡す限り食べ物でいっぱいという方がまだ信じられるくらいだ。しかし、体の隅々まで力が通うこの感覚が、夢を見続けた俺の経験が、だんだん自己主張し始めてきたうざったい空腹感がこれは夢ではないと告げている。
まあ、幻聴と幻覚なんてよくあったことだし今回もその類だろう。確かにまあ、とても大事なものだった者に会えたかのような、妙に耳にこびりつく特徴的な声音ではあったが。
ふと、この体になりたてでちゃんと動けるのかという疑問が浮かんだ。なにせ種族も性別も変わってしまっているのだし、できることできないことの把握は重要だ。それに空腹という死活問題もある。というわけで、新しい体の試験がてらこの部屋の探索をしてみることにする。天井付近にある割れた窓から差し込む光を頼りに辺りを探っていくと、色々なモノがあった。
“の”に似た模様がでかでかとプリントされた肩掛け式のバック、『ジャパリパーク』と書かれた地図付きのパンフレットが入った箱。鉛筆などの筆記用具にバックと同じ模様がプリントされたノート。その他、ぬいぐるみやバッチなどの雑貨が色々。残念ながら腹の足しになるものは無かったが。
「ここ、保管庫か? しかし地図とは便利なもんが落ちてるな」
結論として、どうやらここは何かの保管庫らしい。体の方としては探索の途中で手を握ったり、頭を回したり、足を動かしたりという動作を幾度となく繰り返したが何の不都合も違和感もなく動く。まるで昔からこの体でいたかのように。
「しっかし不思議通り越して、不気味だなこれ…………」
新しい体を違和感なく動かせるのもそうなのだが、見ただけで物の名前と使い方がある程度把握できたというのも大概おかしい。夢でも記憶でも使った経験がないのに知識だけがある状態、例えるならヒトの知識をそのまま頭に叩き込まれたような感じだ。
「これもヒトになった影響なんだろうか……?」
確かに知識が増えるのはいいことだ。この身体ならヒトの道具だって使いこなせるだろうから無駄にはならないだろう。だからといって俺のものじゃないもので俺が埋め尽くされていくのは正直気味が悪い。
ドッスーン!!
「きゃああぁ!!」
甲高い悲鳴。そう遠くない場所であがった切羽詰まった誰かの叫びを俺の耳が捕らえた。続いてドシン、ドシンと響く明らかに自然現象ではない地響き。しかもそれがだんだんこちらに近づいてくる……!!
「何事!?」
そこまで思考を回すと既に俺の体は動き出していた。とりあえず疑問は棚に上げ、ドアを開けて部屋の外に出る。出口が一つしかない関係上、あのまま部屋にいるのは危険が高すぎるからだ。そうして出た先はこれまた薄暗い通路。左右を見渡すと双方向に曲がり角があり、行き止まりというわけではなさそうだ。
「―――■■―――――――――――!!」
「きゃあぁぁぁぁーー!!」
悲鳴とともに発信源がこちらに近づいてくるにつれて、背筋がぞわぞわするおぞましい匂いが俺の鼻に入り込んでくる。木々の匂いでもなく、人間の匂いでもなく、鉄の匂いでもないそれはこれまで嗅いだことのないものだった。好奇心半分、怖さ半分で通路の角に向かい…………
「な、な、なんでこんなところにセルリアンがぁー!?」
「なんだあれ!?」
角を曲がると、そこには目を疑う光景が広がっていた。悲鳴を上げて通路を走っているのは白絵を基調とし、ところどころ黒のアクセントが入ったシャツ、タイツと黒のパンツを穿いたポニーテールにケモ耳の生えたかわいい少女。彼女を追いかけているのは全身緑色に一つ目、至る所から細い触手が生えているという悪趣味な風貌の謎のまんまるな怪物。その大きさは俺より二回り程も大きく、もとより広くない通路をぎっしりと埋めていた。
「君、こっちだ!!」
「え、え!? だ、誰ですか!?」
「そんなことはどうでもいい、走るぞ!!」
まっすぐに走り抜けようとする少女の腕をひっつかみ逆方向に向かって走る。
「あれは?」
「セ、セ、セルリアンです!!
わ、わたしを、食べようと、追いかけて、きてるんですよ!!」
「……そうか、あれの倒し方は?」
「体の、どこかにある、石を攻撃すれば…………って、倒すつもりなんですか!?
自分より大きいセルリアンは、ハンターに任せないと、死んじゃいますよ!?」
「ああ、ここで倒す」
この少女は息が切れかかっている。おおかたあのセルリアンというやつと命がけの追いかけっこを繰り広げていたのだろう。ほおっておけば捕まるのは明らかだ。
それに俺はここの構造をよくわかっていない。腹も減ってきてるし、逃げ回ってスタミナを使う位なら戦った方がましだ。…………というか食えるかなぁアレ、あれだけあれば数日は食わずに生きられそうなんだけど。
「ここの通路は狭い。行き止まりに追い詰められたら俺たちは一貫の終わりだ。
だから、なんとかなりそうな今の内に対処する」
「そ、そうかもしれませんが、どうやって?」
問題はそこだ。肩越しに俺たちを追いかけてくるセルリアンを見ても、石なんて見当たらない。まあ、正面に弱点なんてある訳ないだろうし、恐らく後ろ側にあるんだろうけど、通路の幅の所為で後ろには回れない。さて、どうしたものか。
ふと、開け放たれたドアが目に入った。さっきまで俺がいた部屋のドアである。
そして、その通路の反対側には同じような半開きのドアがあった。
ああ、これならいける―――――――――――――!!
「任せろ、俺に策がある!!」
作戦はこうだ。俺がさっきいた部屋にドアをあけ放った状態で少女に入って貰い、通路を挟んで向かい側の部屋にドアを閉めて俺が入る。彼女がセルリアンの注意を引き付けている内に、俺が背後から奇襲し、石を叩くという戦法だ。
ドアの幅はセルリアンより小さいので、やつは部屋に入れず、彼女の安全性も保証できるし、『石』が上の方にあっても、ここなら三角飛びの要領で飛び上がって仕留められ――――――――――――――――――――
『不意打ちなどせず、真っ向から堂々と戦え』
――――――――――――――!?!?
「…………あの部屋に入ってやつの気を引いておいてくれ、
そのうちに俺がかたを付ける」
「あ、あの部屋に入っていればいいんですね、分かりました!!」
「ああ、頼んだぞ」
――――迫ってくるセルリアンを肩越しに見ながら、そう彼女に指示を出すとすんなりと了承してくれた。こちらも急いで部屋に入り、匂いが漏れないよう扉を閉める。
「――――――――――――――!!」
「っ、き、きました!! 作戦通りです!!」
ドンドンとセルリアンが壁にぶつかって跳ね返される音が響く。ということは作戦がうまくいっているということ。このまま少し待ち、後ろから奇襲してやればすべてはうまくいくはずだ。
……しかし、さっきの声は一体なんだったのだろうか。真っ向から戦えと言っていたが冗談じゃない。この体になったばかりな上に彼女の命もかかっている以上、あの声に従うわけにはいかない。
「きゃぁっ!? ま、まきつかないでぇ!!」
「っ!?」
そんな悠長な事を考えていた俺の耳をつんざくような悲鳴が貫いた。
壁を破壊するような音は聞こえなかったのに、なぜ捕まっている!?
あわてて扉を開けて状況を確認すると、セルリアンの触手という触手がドアの隙間に入り込み、彼女のいる部屋に侵入していた。
「それ、操れたのかよ!!」
くそっ! こいつのでかさばかり目が映ってそれ以外のことを考えて無かった!!
何が『策がある』だ、この馬鹿!! 一刻もはやく『石』を探して壊さないと一生後悔することになるぞ!!
「ちっ、あれか!!」
急いで上を見ると、セルリアンのてっぺん近くに何やら硬そうなものがあるのを発見した。おそらくあれが『石』だろう。あそこまでの高さはだいたい俺の身長の2倍近くあるが、このセルリアンの表面はスライムみたいに粘性というわけではなさそうなので、問題ない。焦るなよ俺、落ち着いて、迅速に事を成すんだ!!
「はっ!! よっ!!」
まずセルリアンに向かって跳躍、そしてセルリアンを足場に通路の壁に飛びあがることで高さを稼いでセルリアンの頭上をとり、『石』に向かって再度跳躍。
勢いそのままに拳に全体重を乗せて撃ち抜く!!
「喰らええぇぇぇっ!!」
狙い違わず強烈な一撃が『石』に入り、バキィと拳が『石』を砕き割る音が当たりに響き渡る。繰り出した拳に抵抗があったが、それも一瞬のうちだけで『石』はあっけなく砕け、それに呼応するかのように、ぱっかーん!!とあれだけの図体があったセルリアンは跡形もなくはじけ飛び消滅した。
「えっ?」
「きゃあっ!?」
スタッ、と腕と足で衝撃を逃がしながら着地すると、部屋からドサッという音と短い悲鳴がした。拘束していたセルリアンが前触れもなく跡形もなく消し飛んだせいで支えを失って着地に失敗したのだろう。
「大丈夫か……!?」
「し、死ぬかと思いました…………で、でも、だ、だいじょうぶです…………」
声をかけると少しの間の後、少女がよたよたと部屋から出てきた。
疲れ切った様子だが出血もなく、見たところ命に別状はなさそうだ。
それを確認した途端、沸き起こった安堵に思わず壁に背を預けて座り込んでしまった。
「そうか、無事でよかった」
「は、はい、助けて頂いて、ありがとうございます!
…………あ、あの、辛そうな顔されてますけど、け、怪我を?」
「ああ、違う違う、倒せたのはよかったけど、
アレ食えなくなっちゃったから…………」
「ええ!? あのセルリアン食べるつもりだったんですかぁ!?」
そうだ、本当にそのつもりだった。明らかにうまそうには見えなかったが空腹には変えられなかったから。しかしアレは跡形もなく消えた。消えてしまった。
獲物が死骸なんて存在しない清々しいまでの完全消滅を遂げた。それは飯にありつけないということであるわけで、腹減ってる身からすると絶望するだろう!?
してしかるべきだろう!?
「だって、すきっ腹の状態で目の前の飯、取り上げられたようなもんだし」
「いや、まあ、そうかも、しれませんけど」
あ、こんなこと考えてるから忘れたはずの空腹感が戻ってきた…………
一狩りしたのと、緊張が抜けたのでさっきよりも断然酷い。
だんだんと意識が、遠く……なって……いく…………
「あ、あの、この近くの広場のあたりで、ボスがジャパリまんを、運んでるのを見 たので、ここから出れば、食事にはありつけるかと…………」
「ジャパリまん……!? 食えるのかそれ!?」
「は、はい、とっても、おいしいですよ」
一瞬で意識が覚醒した。
「よし、ならすぐここから出るぞ!」
「た、立ち直り早いですね…………」
「ここから出るだけで飯にありつけるとわかったんだ、立ち直りもするさ」
どうすれば飯にありつけるかさえわかれば、後はこちらのものだ。
ここから出るだけなら、狩りよりかずっと楽だろうしやる気を出るというもの。
まあ、俺はここのこと知らないから、道案内は彼女に頼ることになりそうだが。
「では、道案内よろしくな」
「じゃあ、道案内よろしく、お願いします……」
……………………………………………………………うん?
「え、ここに、住んでるんじゃないんですか?」
「違うぞ。君こそ外からここまで来たんじゃなのか?」
「あのセルリアンから、無我夢中で逃げてたので、道は覚えてないです……」
………………急速に意識が遠くなっていく。
お腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた
お腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた
お腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた、お腹が、すい、た…………
「もう、ちょっと、でいいから、肩かじら、せ……て…………」
「た、食べないで…………た、倒れないでくださいぃぃぃ!!」
『前』と同じような感情が募っていくのを感じながら、俺の意識は暗転した
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