花束を君に(宇多田ヒカル)

 お母さんのことが、小さいときから嫌いだった。うちのお母さんは「特別製」だ。


 お母さんがふつうのお母さんじゃないことは、薄々感じていた。思春期になると、お母さんが病気だということがわかった。でも、それで納得できるわけじゃなかった。


 お母さんの病気は「双極性障害」。

 いわゆるうつであるときと、反対のそう状態が交互にやってくる。

 鬱のときは、「わたしは死んだ方がいいのよ」と大袈裟おおげさにすすり泣き、躁になると、「どこへでも飛んでいけそう」と、スーパーに自分の能力を奮った。


 鬱じゃないとき、お母さんはやさしくてスーパースペシャルな人だった。あまり寝なくてもクオリティの高い活動をし、母の掲げる理想を追求した。

 鬱になると、どこにも行けずにベッドから出ることもなく、ただ死んだように生きていた。


 でももう、そんなことはどうでもいい。

 わたしは確かに母を憎んでいた。

 だけど、こんなに早く逝ってしまうとわかっていたなら……。


 母の穏やかな顔には、いつもの目立つローズピンクの口紅はなく、今日はベージュピンクのささやかな紅を差した。

 綺麗にファンデーションを塗られた顔にも、ハリウッドスターのような目鼻立ちのハッキリしたメイクではなく、ほんのりとチークを施した。


 母の棺をわたしは見つめる。


 一緒にいたいと願い続けた、その願いがこんな形で叶うとは。

 本当は一緒にいたかった。黒い服なんか着ないで、花柄の服でも着て、一緒に街を歩きたかったけど……。


 棺を閉める。

 この後、棺に釘を打つ。

 参列者がそれぞれの想いを込めて花を投げ入れる。わたしも同様に。


 菊の花とは別に、小さな花束を入れさせてもらう。ほんのひと握り。母の日に贈るはずだった、赤いカーネーション。お母さんはその日、うちにいることは少なかったから。


 少しだけ。ほんの少しだけ。


 思い出の数は少ないけど、しあわせって言葉の意味はわかったよ。だから、「しあわせになるよ」って約束させて。


 わたしが本当はお母さんを愛していたってこと、上手く伝えられたかはわからないけど。言葉少なく、うまく伝わったかわからないけど。


 さようなら、お母さん。

 さようなら。


 この世に産んでくれて「ありがとう」。

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