1-3.刑事たちの宣告


一気に目を覚ますには並木と名乗った警察官の言葉は十分な効果がありすぎた。

 雅彦は家の中に二人の警官を招き入れた。

「心中ご察ししますが・・・」

「いや、ちょっと待ってください」

 応接セットに座るなり並木が一方的に口を開いたため、雅彦はひとまず会話の主導権を握ることに努力した。衝撃的な言葉を受けても冷静な自分がいる。それはもちろん並木たちの訪問の目的が的外れだという確信があったからだ。亜美は沖縄どころか真逆の北海道にいるはずだ。沖縄で亡くなったなんて到底信じられない。

 それに亜美が旅行に出かけたのは昨日の朝のことだ。昨日までこの空間にいた人間が突然亡くなったなんて言われても、いくら警察の話とはいえ受け入れられなかった。

「亜美は昨日、友達と旅行に行くと言って北海道へ行きました。沖縄で死んだなんてあり得ない。人違いだと思いますが」

「北海道に?」

 雅彦の言葉に少し驚いた様子の並木刑事は隣の橋本刑事の顔を見るや「例の物を」と促した。隣にいた橋本刑事が鞄から何やら書類らしきものを取り出している。

「三浦さん、これは沖縄県警から届いた遺体の画像です。ご確認を」

 まるでこの非日常的なやり取りが、当たり前のやり取りのように並木は淡々と言葉を述べ、橋本がテーブルの上に一枚の用紙を置いた。そこに写っていたのは、青白い皮膚の色をした亜美の顔だった。

「あ・・・亜美・・?」

「検死解剖の時に撮ったものです」

「検死解剖?」

「はい。亜美さんは胸部、腹部を刺されています。直接の死亡原因は刺殺。殺人事件として警察は捜査を進めています」

 一瞬にして頭が真っ白になる。

「昨夜、アパートの一室で殺されているのを隣の住人が発見しました。こちらに辿り着いたのは遺体の所持品から佐藤亜美さんの運転免許証が発見されたからです。部屋の名義人である男は行方不明のままです。」

 男・・?亜美は男と一緒だったというのか・・・。まさか浮気相手?

 亜美は親友の奈津子と一緒だったんじゃないのか・・・。

「佐藤亜美さんでお間違いないですね?」

「はい。亜美です・・・」

「ちなみに仲尾誠なかおせいじ司という男はご存知ですか?遺体発見場所である部屋の借用名義人です」

「いえ、存じません」

「わかりました。それともう一つ本日はご相談があります」

「相談?なんですか?」

「任意でこの家を捜索させていただいてもよろしいでしょうか?」

「捜索?なぜです?」

 思わぬ並木の言葉に雅彦は顔をあげた。家の中を捜索される謂れもない。

「なぜこの家の家宅捜索まで行うのですか?亜美は被害者ですよね!?」

 雅彦は現実を受け入れられない怒りから少し声を荒げ、並木と橋本に尋ねた。しかし並木の言葉で、その思考はまた一瞬にして停止させられた。

「地元沖縄の報道では伏せていますが見つかった部屋の中から麻薬が発見されました。そして佐藤亜美さんの遺体からも麻薬物質が検出されました」


「とりあえず何も無さそうですね」

 一時間ほど、簡易的な家宅捜索を行った並木と橋本が改まって雅彦と向き直る。

「遺体の発見状況から佐藤亜美さんは何らかの事件か犯罪に関わっていたと警察は見ています」

「犯罪・・・?」

「もし良ければ遺体の身元引受人として一度、沖縄へ行かれることもお勧めします。亜美さん、ご家族は?」

「いえ、特に家族の話は・・。結婚の挨拶をしたいと言っても両親は幼い頃に亡くしたと言っていましたから。身内らしい身内は私だけかもしれません」

「そうですか。本件は沖縄県警の仲間なかま刑事というものが担当しております。連絡先を伝えておきます」

 言いながら並木は橋本にペンとメモ用紙を取り出すよう指示し、自分の携帯電話の電話帳を確認しながら、その仲間刑事という人間の携帯番号らしき数字を書き並べた。

「心中お察しします。お気を強く持たれてください」

 そう言うと並木と橋本は頭を深く下げ、部屋を出ていった。

 一人取り残された雅彦は、ただただ並木たちが出ていった部屋の扉を立ち尽くして見つめることしか出来なかった。

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