第312話 戦い済んで山下りて

 下りは登りより遙かに楽だ。

 そう思っていた時期が僕にもあった。

 でも今は大変後悔している。

 下りの方が筋肉が辛い。


「こうやって後ろ歩きをすると少し楽になるのですよ」

 未亜さんが後ろ向きに歩いている。

 冗談では無く本当にそう歩いた方が楽だ。

 ただ、ここ丹沢の登山道はそう甘くない。

 急すぎて後ろ向きに歩けるところが少ないから。


「これはきっと、明日は筋肉痛なのだ」

「明日と言わず車の中で大変なのですよ」

「人の足はきっと登り用に筋肉が出来ているんだろ」

 先輩も含めてそんな事を言いながら降りている。


 でも、何故か登りが大変そうだった彩香さんはそんな感じでも無い。

「私はやっぱり登りの方が辛いと思うけれどな」

 そう言いつつ軽快に下りている。


「それにしても技術の進歩というのは残酷なのです。スマホで今どこを歩いているか、あとどれ位の距離があるか、空さえ見れればわかってしまうのです」


 そう。

 今の登山用スマホアプリはなかなか便利で、今どこにいるかがすぐわかる。

 あと30分以上今の急な下りが続くことまで良くわかる。


「黙って歩こう。歩いていれば何時かはゴールに辿り着く」

「そんなに大変かな」


 何か歩き方が違うのだろうか。

 人によってそんなに違いが出るのだろうか。

 先生と彩香さんだけは軽快に歩いて行く。

 そして残り5人はドナドナ状態。

 結局その後40分歩いて車の場所まで到着した時。

 もう膝がブルブル震えているとんでもない状態になっていた。

「これは膝が笑うという現象だ。もう休んでマッサージするしか無いな」


 それでも一応記念写真は撮る。

 先輩言うところの『使用後写真』だ。

 先輩の膝が笑ってうまく写真撮った後に動けないので、今回は無事な彩香さんのスマホで撮影。

 後で違いを見ると面白いかもしれない。


 さて、車に全員で乗ったところで。

 先生から悪魔のお誘いがくる。

「入浴料が900円くらいかかるけれど、帰りに温泉に寄っていきますか」


「お願いしまーす」

 彩香さんを含め、女子全員が速攻でそう返答。


 まあいざという時の為、本日は先生宅に外泊という計画になっている。

 だからいくら遅く帰っても大丈夫。

 ただ問題は……


「彩香さん、財布大丈夫?」

 確か山頂で山バッチを買っていたような気がするけれど。


「うん、こういう時の為に日々倹約しているから」

 力強く言われてしまった。


 そんな訳で車はあの酷い道を通って、30分ほど走って日帰り温泉に到着。


「どうせなら2時間はしっかり浸かっていたいな」

 そんなに長湯するんですか、先輩!

 ただ皆さんが当然という顔をしているので僕は何も言えない。

 そんな訳で僕は温泉に飽きた後。

 長風呂の女性陣を待って休憩所で独り。

 延々とスマホで時間つぶしをするのだった。

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