第287話 山は逃げない

 紅茶を飲んでいる辺りで、皆さんゆっくりと起きてきた。


「いい香りがしたので起きてきたのだ」

 昨晩の戦犯は元気いっぱい。


「ちょっと眠いのです」

 未亜さんは眠そう。

 それでも取り敢えず先輩以外は皆さん起きて、朝のティータイム。


「これで御飯食べたら撤収って、ちょっと勿体ないですね」

 美洋さんの言葉にうんうんと全員で頷く。


 でも。

「今日は帰ったら理科・社会対策が待っているのです」

 未亜さんがそう本日の予定を告げる。

 そう、帰ったらまた図書館でテストに向けた勉強会。

 既に問題も用意してあるらしい。


「美洋と亜里砂は、取り敢えず来年にはA組になってもらうのです。特に亜里砂に対しては昨日のお礼もあるので、厳しく厳しく指導する予定なのです」


「逆恨みなのだ!」


「昨日のお礼って何ですか」


「これは1年生の中での秘密なのです」


 うんうん。

 でも未亜さんは基本的に指導は厳しい派のような気がするけれど。

 お礼に関係なく。


「さて、そろそろスープを作りましょうか。御飯も火を止めて蒸らしておいて」


 御飯のフライパンを鍋置きの上に置いて、代わりに別の鍋でお湯を沸かして。

 スープは残りの野菜入りのコーンクリームスープ。

 これが冷めにくいし簡単だしアウトドア向きだからだそうだ。

 粉を入れてスープが出来たころ。

 まるでそれを見計らったかのように川俣先輩が起きてくる。


「おはようございます。そろそろ飯かな」

「ちょうど出来たところですよ」


 そんな訳で、それぞれの食器に炊き込み御飯とスープを盛って。


「いただきます」

と朝食開始。


 炊き込み御飯、御飯はピラフっぽく硬いけれど芯が無いタイプ。

 御飯とタマネギの甘み、鶏肉の自然な塩味とうま味、トマトの酸味で食べる感じ。


「この炊き込み御飯は始めて食べた味です。どんな感じに作るんですか」


「最初にタマネギを炒めて、色が変わったらトマトと鶏肉と御飯と水を入れて煮込むだけですね。水の量は炊飯器で炊く時と同じで、お米は炊くというより野菜やお肉の上で蒸す感じで。それなりの鍋でやらないと焦げ付きますけれど、ガラス蓋のフライパンで表面を見ながら、そして蒸らす時間を10分以上取ればわりと簡単ですよ。調味料は無しで大丈夫ですよ」


「美味しいですけれど、微妙にどこか既視感が……」


「実は川俣さんのビリアニを先生なりに解析した副産物ですよ。日本米にして、香辛料と調味料無しで」


「ベタなコーンクリームスープがなかなか合うのだ」


 そんな感じでのんびり朝食を食べて。

 一服したら撤収開始。

 と言っても食器や鍋を洗ったら、後は案外簡単。

 何せテントは登山用だし、テーブルや椅子も簡単に折りたためるし。

 そんな訳で10時ちょうどにキャンプ場を出発。


「何か名残惜しいですね」


 美洋さんの言葉に、先輩が頷きつつ口を開く。


「それでいいんだと思うな。楽しいという事と、どうすれば出来るかという事。その2つさえ忘れなければ、今後やろうと思った時にいつでも出来る。山もキャンプ場も逃げないしさ」


 山は逃げない、か。

 でも他の日程やら天気やらでなかなかうまく行かないけれどな。

 そんな事を思いながら、僕達の秋のキャンプは幕を閉じる事になった。


 なお当日午後と翌日朝から午後3時まで。

 亜里砂さんが容赦無い未亜さんによる穴埋め式暗記攻撃に襲われた事。

 それに美洋さんも付き合わされた事。

 それはまた、別の話。

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