第7話

またか…。クムは、そう思った。このフェイという娘と関わると、ろくでもないことが起きる。


クムは、久しぶりに会ったコウと挨拶だけしか交わしていなかったことを思い出し、コウの部屋を訪れた。


コウは、緑宝宮に来た際には、昔住んでいた北側の部屋に滞在することが多かった。この北側の部屋へ行くためには、小さな池を越える。この池には観賞魚が群れをなして泳いでいる。まだクムが小さい頃、コウとこの魚を捕ろうとしてカヤから叱られたこともある。

「緑宝宮では、殺生は禁じられています。何の罪もない者の命を脅かすようなことは、してはいけないことですよ」

そうクムとコウに諭すカヤの手は、震えていた。今、思い返してみると王の側室となったばかりのカヤが、王子たちを諭すことは、恐ろしかったであろう。子供とはいえ、一国の王子なのだ。未来の王に物申すのは、勇気が要ったに違いない。見てみぬ振りも出来たであろうに、カヤの真っ直ぐな気性が、そうさせなかったのだった。産みの母の妹であるカヤのそんな所もクムは好感がもて、母のように慕うことができる理由だった。勿論、それはコウもである。


そんなことを懐かしく思いながら、コウの部屋へ入っていった。

「コウ!入るぞ」

そう言いながら、勢いよく扉を開けた。そこでまず、クムの目に入ってきたのは、椅子に腰掛け、顔を赤くしながら口を開けるフェイ。そして、机をはさみその正面に座って、嬉しそうに菓子を口の中へ入れてやるコウ。見目麗しい二人は、まるで以前読んだ大衆小説の中に出てくる恋人のようだ。勿論、そのような本は緑宝宮には無いため、コウがこっそり都から持ってきてくれるのだが。


クムが勢いよく入ってきたため、フェイとコウは、扉の方に向いた。フェイは、驚いたのか、菓子を喉に詰まらせたようで顔をしかめながら「むぐむぐっ」と言って、急いで茶で流し込んでいた。


「おぉ。クム!そんな所で突っ立っていないで、こちらへ来たらどうだい?」

呆然としているクムにコウは、声を掛ける。

「んなっ…何をしているのだ!」

思わずクムは、どもってしまう。

「ふ…二人は、そういう関係なのか?」

コウからの問いかけを聞き、フェイは、ゴホッと茶を吹いてしまう。「おやおや」と言いつつ、フェイが吹き出した茶で濡れた机をコウは、拭きながら言った。

「私は、そういう関係でも大歓迎なんだがねぇ。フェイは、どうやら私と恋人関係になるのは、茶を吹いてしまうほど不満らしいね」

ハハハと笑うコウ。しかし、笑っているのはコウだけで、クムもフェイも少しも笑ってはいなかった。

「では、何をしていたのだ?」

クムが聞くと

「まぁまぁ、こちらへ」

と、コウは言いながら自分の隣の椅子を、座ることを促す様に引いた。そして、クムにこう言った。

「さぁ、共にフェイの家庭教師になろうではないか」

訳の分からない誘いに、クムは眉を潜めた。そして、笑顔のコウと、困惑した様子でクムとコウのやり取りを見ているフェイを交互に見比べた。クムは、思う。

嫌な予感しかしない。やっぱり、このフェイという娘に関わると、ろくなことが無いのだ。

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