第5話

王とコウは、兄弟とはいえ親子ほどの年が離れている。そのため話は合わなさそうだが、二人とも趣味である狩りの話や都の様子など話していると、時間が経つのも忘れてしまうほど気が合うのだった。


先王は、側室を多くもったため6男8女と多くの子供をもった。しかし、多くの子ども達も病気や事故などで亡くなる者も多く、成人したのは3人の王子と2人の王女のみとなった。公にはされていないが、病気や事故のなかには権力争いに巻き込まれ毒殺されたり暗殺されたりした者も居る。先王の子ども達のなかで長男であり、正室の息子である現王、王を補佐する大臣たちを統括しているイル、王の最後の側室の子として産まれたコウ。この3人が王子で成人できた者である。

イルは現王の実弟にあたる。そのため、権力争いに巻き込まれにくかったのであろう。現王の腹違いの弟として成人できたのは、コウのみであった。それは、母が身分の低い女官であったことで、王の後継者として考えられてはいなかったことと、権力争いの収束が見えてきた頃にコウが誕生したためだ。病に伏していた先王は、息子たちの権力争いに心を痛めていたが、コウという小さな王子の誕生を非常に喜んだと言われている。そして「光輝く子」という意味の「コウ」と王子の名を付け、その王子が1歳を迎える前に崩御したのだった。

そんな権力争いとは無縁のコウは、成人した後に緑宝宮で次期王の補佐として住むことも可能であった。しかし、良からぬ考えを持つものが近寄ってこないようにと、現王が即位する少し前から、都から離れた田舎で暮らしているのだった。その事について、「現王に権力が集中化している」と批判する高官もいた。

だが、コウは、現王の優しさで田舎へと移り住まわせてくれていることは、分かっていた。華やかな雰囲気の都から遠ざかり暮らしていることにつまらなさを感じることも正直あるが、緑宝宮で王子として暮らすよりものびのびと生活できることに満足している。都にも、少し足を伸ばせば来ることも出来るのだ。


田舎から緑宝宮に来る前に、都の人々の暮らしぶりや流行などを見て回り、王に話して聞かせることは、コウと王の恒例になっている。なかなか緑宝宮から出ることの出来ない王には、コウから聞く話は貴重な情報源なのだ。

役人や高官たちは、都の良い部分しか王の耳に入れたがらない。自分達の失政がばれたりでもしたら、たまらないからだ。

しかし、コウは、包み隠さず良いことも悪いことも報告してくれるのだ。コウから聞く都の様子には、暮らしている人々の息づかいが聞こえてくるようだった。これは、コウの鋭く細かい観察眼のなせる技である。また、人当たりの良いコウの人柄も、様々な人から話を聞くのに適しているようであった。そんな理由で、いつもコウと王の話は、何時間にも及ぶのであった。


「お二人とも、とても熱心にお話していますのね」

にこにことカヤは、王とコウに話し掛ける。二人とも話に夢中で、カヤが部屋に入ってきたのにも気が付かなかったようだ。ハッとした様子で、二人はカヤを見た。王は、その後すぐに笑顔になったが、コウは驚いた後に、何かが気になるようで、片目を少しつぼめ、考え事をしているようだった。

「そんなに驚かれましたか?」

ふふふっと、笑いながらカヤが言うと、王も笑いながら答えた。

「すまん、すまん。ついコウとの話に夢中になってしまったようだな」

座っていた椅子から立ちあがり、カヤに近づく王。カヤの前に立つと、肩を優しく撫でた。

「実家は、いかがであった?ゆっくり休めたか?体調は良くなったのか?そちらの娘さんは?」

「ふふふ」

矢継ぎ早に質問してくる王の様子が、子どものようで可笑しいとカヤは思う。思わず笑ってしまった。

「質問ばかりですのね。ゆっくり休ませていただいたお陰で、すっかり元気になりましたわ」

肩に置かれた王の手を、カヤは優しく握り返して王を見つめた。そして、フェイに目線を送る。それを合図に、フェイは王に挨拶した。

「初めてお目にかかります。カヤ様のご実家でお世話になっておりました。フェイと申します」

しずしずと挨拶をするフェイ。フェイを観察するように見ていたコウだが、フェイが挨拶すると、人懐っこい笑顔で椅子から身を乗りだし

「これは、これは。美しい娘さんですね」と、フェイを褒めた。王を直接見ることは失礼になるので下を向いていたフェイだが、褒められて恥ずかしくなり思わず顔をコウへと向けた。

その瞬間、コウと目が合う。驚いた表情のコウ。フェイは、慌ててまた下を向いた。一方、コウは驚いた表情など無かったように、すぐに人懐っこい笑顔に戻った。

「お世辞ではなく、本当に美しい娘さんですね」

コウが言うと、先程から顔を赤くしていたフェイが、ますます赤くなる。その様子をクスクス笑いながら、王とカヤは眺めていた。


思い出したようにコウは、カヤに聞いた。

「そういえば、カヤ様はお嬢さんの他に猫も連れて参ったのですか?」

はて?という顔でコウを見るカヤ。

「猫ですか?なんのことやら…」

そこで、コウはピンとくる。無礼な猫とは、この美しい娘のことか。さては、クムめ、娘さんと何かあったな。コウは、そう見当をつけた。しかし、言い淀んでいたクムを思い出す。クムは知られたくない何かがあるように思える。

「いえいえ。私の思い違いだったようです」

コウは、クムの名誉を守るため、カヤにそう伝える。そして

「随分と可愛らしい"猫"だな…」

と、呟いた。




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