第4話
「悪かったな」
フェイは、その言葉を聞き不本意ながら驚いてしまった。一国の王子ともあろう人が、自分のような身分の低い者に簡単に謝る筈がない、と思っていたからだ。だから、目を合わせないことで拒絶の意を示していたのに。
けれど、その後に言葉遣いについてチクリと嫌みを言ってきたことで、やはりクム王子の印象は、マイナスからプラスになることは無かった。『外見はともかく嫌味な王子様』というのが、フェイが感じたクム王子の印象だ。
そう。フェイの前に立っているクム王子の外見は、すこぶる良かった。すらりとした高身長で、細かな刺繍の入った高価そうな着物をキッチリと着こなしている。普通の人では、このような高価な着物は特別感を出してしまうが、さすが、王子だけあって普段着のように見えるほど、しっくりしているのだ。また、体格は細身ではあるが肩幅などはしっかりとしており、筋肉が付いていそうである。きっと日頃、護身術や剣技などの鍛練を積んでいるのだろう。身体つきだけでなく顔も、素直そうな真っ黒な瞳に高い鼻と顔も整っており、見た目はかなり素敵な王子様だ。それだけに、このひねくれた性格は、残念で仕方がない。
そんな値踏みをするようにクム王子をついつい見ていたフェイと、クムは一瞬目が合う。フェイは黒い澄んだクムの瞳に、人を値踏みするように見ていたことをに透かされたような気がしてしまう。フェイは後ろ暗いような気持になり、目をまた伏せてしまった。
そんなフェイの気持ちなど知る由もないクムはその様子に、残念そうな顔をする。そして、照れ隠しで言ってしまった自分の言葉に後悔した。だが、もう発してしまった言葉は撤回できず、クムは手を背中で組み、椅子へと戻った。
「男の様な言葉遣いは、この子を育てておりました者が男が多く、こうなってしまったのです。私もこの子を実家に預けて緑宝宮におりましたので、久し振りに会ったところ、その言葉遣いに驚いてしまったのですよ」
カヤは、眉を少し下げおどけた感じで話した。それに「そうですか」と頷き、クムはカヤに着席を勧める。
「さあ母上、そんな所に立っていないで、こちらで茶でもどうですか?母上の好みの茶を入れさせましょう」
すると、カヤは、その誘いを断った。
「いいえ。これで失礼させていただきますわ。これから、王様の所へフェイと共に挨拶に行くのです。長いこと放っておいたので、王様は妻の顔を忘れてしまっているかも知れませんので」
もちろん、王がカヤの顔を忘れてしまう筈がない。ともすると嫌味に聞こえてしまうような冗談も、カヤがとぼけた様子で言うと可愛らしく感じてしまうので、面白い。
「そうですか。では、またの機会に色々と話を伺いにお部屋に参ります。ご実家の爺殿のご様子など、お聞かせください」
カヤはクムの産みの母の妹なので、カヤの実家の父は、クムにとっては祖父に当たる。この祖父は、隣国と接している地方の有力者であり、建国の祖である先王の友人でもあった。性格もだが、することなすこと豪儀である祖父。小さい頃こそ、クムはそんな祖父を「怖い」と近寄りがたく思っていた。しかし、クムの母が亡くなってから何かと気にしてくれる祖父の優しい面に触れ、今では尊敬し大好きになったのだった。
「ええ。また、お話いたしますね」
「爺様」とカヤの父を慕っているクムを目を細めてみるカヤ。クムを見つめるその目は叔母というより、自分の息子を微笑ましく見る母のようである。
「それでは、失礼いたします」
そう言って部屋を後にするカヤ。軽くお辞儀をし、それに続くフェイ。二人が着ている艶やかな着物はゆっくりとした歩みに合わせて揺れ、まるで庭園を遊びまわる蝶のようだ。そんな二つの蝶が去っていく様子を、クムはぼんやりと見送ったのだった。
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