第一話 過酷な世界

 なんとか魔物達の間をくぐって逃げられた。近くで魔物達の集会が始まったようで、その辺にいた魔物は皆そちらへ集まった。異様に魔物が多かったのも頷ける。今は洞窟どうくつの中だ。多分安全だろう。


 僕がこんな所にいる理由は、無理矢理むりやり安全地帯から逃げ出して来ただけの事だ。逃げ出した理由? ……両腕の無い僕に差別を繰り返す人間達が嫌になっただけだよ。両親もとっくの昔に戦争に出されたてて会えないし、もう失う物は何もないと思って逃げ出したんだけど……

 こんなひどい事になっているとは思わなかった。国のおえらいさん達は勝利に近付いているとか言っていたが、真っ赤なうそだったみたいだ。


 さて、いくら後悔しても自分でやったことだし、後の祭だ。とりあえず行動しなければ何も始まらない。洞窟の中に人がいる可能性もある。

 リュアルは暗くジメジメとした洞窟の中を、慎重に進んでいった。


 ◆


 今、リュアルは絶望的な状況にある。洞窟の中を、手が無いリュアルは何度も転びながら奥深くへと進んでいったが…… ここに魔物がいないなんて考えが甘かったようだ。


 目の前にいる魔物は、今こちらへ向かって来ている魔物は―― 例の目が全方位に付いている魔物程ではないが、実におぞましい。上半身は人間のようだが、下半身にはタコのような触手が無数に生えている。そして顔は…… 人間の目と口があるはえ。そして何より注目すべきは、『きばの色』だ。

 魔物はレベルごとに牙、と言うよりも犬歯の色が変わる。この半タコ人が威嚇いかくで大きく口を開けると、赤紫の牙が上下左右に六本ずつほど並んでいるのが分かる。学校では、大体赤がレベル70、紫がレベル80相当と習ったから…… 75前後、だ。

 対して、リュアルのレベルは、10程度。最後に測ったのは一ヶ月程前だから、ほとんど変わっていないだろう。

 レベル10とレベル75。誰がなんと言おうと……絶望的だろう。リュアルの勝率はゼロに等しい。逃げる?確かにタコ型は種族として足が遅いが、レベルにこれほどの差があればタコ型の方が圧倒的にスピードが速い。


「魔物!くっ、来るな!!」


 この状況にふるえるリュアルには上手く言葉が出ない。すると、半タコ人は口を開いた。話せるようだ。


「へ、へ、へ、へ、へ、へ、こ、こんな所に、に、に、にん、にんげん、ん、こども、か、か、かてる、し、し、し、しね、しね、しね、」


 人間の言葉は理解しているが、やはりまともに話せないらしい。それよりもその不快感極まり無い話し方で、リュアルは更に顔を青くし震え上がる。


「僕を殺したところで何も良いことは無いぞ!あっちへ行け!」

「に、にんげん、うまい、うまい、たべる、た、たべる、おまえ、よ、よわい、うまい、よわいうまい、」


 食べようとしているらしい…… こんな気持ち悪い奴に、食べられる。そんなのは嫌だ!


「喰らえ!『ファイアーボール炎球』!」


 リュアルが勇ましく声を上げると、左手に…… 左手があるはずの場所に、燃え盛る火の球ができた。火の玉は、リュアルの左手がある筈の場所で、徐々に大きくなっていく。そして半タコ人にヒットするが…


「ひ、ひ、よわい、よわい、」


 半タコ人は不敵にみを浮かべて佇んでいる。


 これはマズい。このファイアボールは、戦闘慣れしていないリュアルにとって最高火力だ。それを真っ正面から受けたのに、当たった場所には軽いげも見つからない。まあ、レベル差からすれば当然と言えば当然の話だ。

 すると、半タコ人が少し距離きょりをあけて、ニヤリと笑った。


「ふひ、ひ、ぜんぶ、よけてみろ、」


 すると、半タコ人の触手が一斉にこちらを向いた。攻撃体勢だろうか。そして、触手を一つ一つ物凄い勢いで付き出してくる。触手が壁に当たると、岩でできているのに砕けるから相当な威力いりょくがあるのだろう。今は辛うじてさけられている状態だが、こんな状態ではいつか当たってしまうだろう。リュアルが焦っていると、ふと逃げる方法が頭に浮かんできた。例の魔物の集会だ。


「それより、は、はやく集会行ってこいよ!早く行かないと怒られるぞ!早く!」

「しゅうかい、しゅうかい?、おこ、ら、れ、る、る、る、…………………………………」


 刹那せつな、緑だった半タコ人の顔が真っ青になった。文字通り、真っ青になった。半タコ人は赤紫の歯をガチガチと鳴らして震え出す。……どうやらヤバい事を言ってしまったようだ。


「しゅうかいいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」


 さけびだした。リュアルは何かを言いかけるが、それも『いやだ』の弾幕だんまくによって全く聞こえない。


「おこられるおまえおもいださせたしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね」


 タコ型の怪物は、触手をリュアルに巻き付け拘束こうそくし、顔に近づける。そして腹に思い切りガブリと噛みつき、

引きちぎる!そして、リュアルの横腹からはとどめなく血が溢れ出す。


「ぐあぁぁ!!!! いだあああああ!!!!」


『しねの弾幕』に負けない位の声で泣き叫ぶ。リュアルの横腹から帯の様に血が流れているのを見て、タコ型の怪物は触手をしまう。


「こ、こ、こ、こ、こ、こ、こいつじゃない、しゅうかいのまもの、き、きらい、ころす」


 半タコ人は無数の触手を地面から、恐るべきはやさで洞窟を飛び、上っていった。

 リュアルは地面に倒れ引きちぎられた腹を足で押さえ、全身を支配されるような激痛にうめいて転げ回る。

 

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両腕の無い魔法剣士 ぼくがかんがえたさいきょうのかんがえかた @gearbuutyan

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