第29話 学園への基準値(5) そうだ、争おう




 ところで大きく話題が脱線していたが、俺とシュンがこの公爵邸に居たのはもっと別の用事があったからだった。

 そのことについて、シュンが詳しい話を聞いたのがつい先日。


 そして今、俺はシュンと決闘の場で対峙していた。




―なぜこうなる。


――――――――――――――――



 事の次第は至極簡単で、皆まで言うまい。誰だって理解できるだろう。俺がリィナの護衛であるから。


「よしレイ、決闘しようか」


 その一言から、俺はただ巻き込まれてしまった。



―――――――――――――――――



「それでは、リィナの護衛役を賭けて、両者の決闘を行う」


 審判は、またもや公爵様本人のようで。


―ああ、暇なんだな。


 凄いその気持ちは共感できるからこの不毛な争いを笑顔で楽しまないでほしい。どうせ子供心が疼いているんだと知ってる。

 思わず、嘆息。ホントに、どうしよ。


「ルールは、両者ともに剣技・魔法の使用禁止。そして建造物の破壊禁止とする、また、他方の了承を得られない戦闘を行った場合、永久的に再度執り行うものとする」


―えー。


 しかも、これ。手加減無しの能力は禁止とか、もう意味わからん。しかも破壊したり一瞬で終わらせてもやり直しとかどんな鬼畜だよ。

 気分が削がれる。これはもう、圧力()で脅すしか無いのだろうか。


 そんな俺を見て、クリスさんは口元を歪めて口を開いた。


「なお、特例として勝者には第二王女様の護衛へとなる権利も選択できるものとする」


―ほー。へー。


「よしシュン」

「な、なにかな? それよりもどうしてそんなに殺気が溢れ出てくるのかな?」


 何を恐れているシュン。俺はこんなにもだらけた顔をしているというのに。

 いや、まぁ違うな。


「なに、そう怯えるな。ただ――ちょっとだけだ」

「は、はははー……」


―楽しもうか?





「それでは両者、始め!」


 腕が降り下げられる。コイン開始のような方式は採用されない。それだと初動で決着が付くことが多いからだ。公平を規すほどに力量差は圧倒的なものになる。


―あー、ちなみに、禁止なのは魔法と剣技らしい。


 あの日の再現が、再び巻き起こる訳だ。


「【霊装:イツクサ】」

「【霊装:ウタカタ】」


 とある歴史上の、とある英雄を、我が身へと。

 魔法でも剣技でも無い、霊体の力。人は霊力と呼び、その力を操る者を陰陽師と言う。

 

 白夜の如く真白の衣がシュンの体を包み、イツクサの英雄を宿らせる。荒々しきも神々しい、戦の英雄。

 赤の線が衣を幾重にも練り上げ、腕の裾から自在に動き回っている。


 対して、俺の身も変貌を遂げた。


 流麗の様を体現したかのように蒼く神聖な霊気が身を包み、青峰の衣へ着飾る。ウタカタの英雄が迸り、衣全体を淡く水色に発光させた。

 緑の線が衣を幾重にも練り上げ、麗水のように体中を力付ける。



 直接戦闘型のイツクサと、強化戦闘型のウタカタ。形は違えど、歴史に刻まれる程の力だ。

 

「ふっ!」


 先手はシュンからだった。空手のような構えをしながら、拳で突きを放ってくる。しかし、その先は中空。何も無いただの空気。


――イツクサの力が働く。


 裾から自在に動いていた赤色の布が、目にも見えぬ速度で飛来する。これこそが、イツクサの英雄を英雄たらしめる能力。

 赤い布は鉄すら軽く切り裂く強度と速度を誇り、何よりもその長さは雲まで届くと言われている。


 高速で飛来した布は、寸分違わず俺の胸へと強襲する――。


――ウタカタの力が働く。


 淡い蒼の輝きが、スパークを放つ。身体能力を強化すると同時に、攻撃を霊力によって弾くというもの。その強度はイツクサの英雄が持つ赤い布ほどでは無いにしろ、を弾く程度は造作も無い。


 それはシュンもわかっていることで、だから布に隠れるようにして幾つもの布を放ってくる。一つ一つが余裕でも、それが何十も同じ個所へ当たれば辛い。

 それと同時に、シュンの体も移動を始めていた。俺へと迫って来ている。


 布の大半はスパークで弾かれ、幾つかの布を素手で跳ね返す。そうしている間にも、シュンの姿は迫ってきていた。


「ていぃッ!」

「ふんッ!」


 およそ数歩の距離までシュンが近付いてきた時、一際強い声と共に赤い布が放たれた。それを、俺は素手で跳ね返す。

 

「チッ!」


 しかし、次第にその数は増えてくる。イツクサの英雄は、身体能力へと繋がる強化は一切無い。得意とするのは、超遠距離からの質量攻撃と、中距離による消耗戦。


――【力奪布符チカラウバイノヌノフ


 布の触れた部分から、エネルギーを吸い取ることが出来る。俺のスパークに衝突すれば、その霊力を根こそぎ糧へと変えることが出来るのだ。

 しかし、その分霊力の消費も大きい。攻撃を常に当てることを前提として、中距離戦を行うことができるのだ。


 エネルギーを得られない今、確実に消耗するのはシュンだった。


「クッ!」

「はぁッ!」


 一瞬の隙を突いて、拳を布へとぶつける。

 強度が高いとは言え、元は布。そして長く伸びている状態は、酷く脆い。


―当たった!


 確かな手応えを感じる。ミシリと音を立てて、布の一部へとヒビが入った。これで、その布はもう使用出来ない。

 力とは魂であり、砕かれれば戻すことは出来ない。それを知っているからこそ、俺も破壊まではしないのだ。


 あと少し。そう意気込んで、仕返しとばかりに距離を縮めた。


「くぅッ!」


 連打連打連打! 近距離は圧倒的な身体能力を誇るウタカタの英雄の方が有利である。イツクサの布を操るにも集中力が必要だし、逃げるには速度が足りない。

 ほぼ無双状態、これがウタカタの強さだ。


 そのまま、シュンは挽回せずに霊力が尽きて降参。晴れて、俺の勝ちだった。


「勝者、レイ!」


 一泊を置いて、クリスさんの口よりその言葉が告げられた。


―ふぅ……。


 正直、ちょっと危なかった。一撃でも衣に貰ってたら負けてただろうし、結構危機一髪ではあったのだ。


 だがまぁ、こうして突発的な決闘は幕を閉じた。







「……」


 だがまだ、全てが解決した訳では無いのだ。幼き対抗心によって、再び幕が切られるのはそう遠くない。

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